第105話 死闘の果てに・・

 青光を滑らせるように奔り抜けた刀身が、怪物の人面を下から上へと切り裂いて抜けた。人面の怪物は、頭部だけでなく、その蛇のように長い胴体までが青白い光に切り裂かれて動きを止めた。

 振り抜いたサーベルを引き寄せながら、ヨミが素早く距離を取ってさがる。


 戦いが始まってから、実に8日と数時間が経っていた。


「ラージャ、私の後ろへ!」


 ヨミの鋭い声がとんだ。


「は・・はいっ」


 石床に倒れ伏していたラージャが折れた剣で床を掻きながら這うように動いて移動する。肉体は不死でも、疲労は蓄積するのだ。ラージャが四肢に力が入らないようすで、のろのろと動いている。


「レナン?」


 動きの止まった怪物を睨んだまま、ヨミが背へ声をかけた。


「まだやれます」


 獅子種のレナンが右腕を無くし、鎧ごと胸元を引き裂かれた壮絶な姿で立っていた。

 こちらは相当な深手だ。戦力としては厳しいだろう。


「御師様?」


「ジルは大丈夫です。一時的に衰弱しているだけです」


 ウルが気を失ったジスティリアを抱いて座っている。

 ジスティリアは、床から突き出た金属の杭で怪物の巨体を縦横に貫き徹して固定させた時に、強烈な毒息を吹きかけられて気を失っていた。

 ウルはまだ余力を残しているが、石室全体を結界で覆い尽くした上で、ヨミ達に防護魔法や強化魔法を付与し続けている。攻撃に回せるほどの魔素は残していなかった。


「防護陣を私に」


 ヨミは、怪物を切り裂いたサーベルを床に突き立てた。


「そいつの息吹ブレスは防げませんよ」


 ウルが注意を促しながらヨミを護るための魔法の防護壁を展開する。


「ラージャ、私のサーベルを使いなさい!」


 床を這いずるラージャに声をかけながら、ヨミは両手の拳を握りしめた。拳を中心にして青白いスパークが明滅する。怪物は時間を与えると蘇ってしまう。今、ここで押しきらないともう後が無い。


「御師様っ、ユート様をお願いします!」


 前を向いたまま静かに告げて、ヨミは地を蹴って真っ向から怪物めがけて殴りかかった。防御を捨てて踏み込んだ足が石床を砕く。しなやかな全身を捻って拳を打ち抜いた、全力を注いだ一撃だった。

 そのヨミを待ち構えていたかのように、動きを止めていた怪物が最後の力を振り絞って、青黒い息吹ナスティブレスが吐き出した。


「・・ヨミ様っ!?」


「ヨミっ」


 ラージャとレナンが叫ぶ。

 ほぼ同時に、ヨミの光る拳が怪物へ叩き込まれていた。

 重々しい衝突音が石室の空気を揺らす。



 直後、


「展開っ、広域治癒の陣っ!」


 俺は続けざまに足で床を踏みつけた。


「秘密の花園っ!さらに・・召喚っ、白の妖精蜂フェアリーテイル!」


「多層法円展開っ!極輪っ、水鏡の陣・・・聖女の癒やし手!」


 ほぼ、地団駄じだんだを踏む子供のような姿で、両脚で石床を踏んで次から次へと法円を展開し、ありったけの回復術を重ねがけしていった。


 何しろ、眼が覚めたら、俺のお嫁さん達が傷だらけで半死半生の有様だったのだ。

 俺でなくても大慌てだろう。


「ユート様!」


 治癒術で回復したウルが、ほっとした笑顔を見せた。倒れていたラージャがバネ人形のように跳ね起き、綺麗に傷がえて元通りに腕が治ったレナンが床に落ちていた大剣を拾う。


「ちょっと寝坊した」


 ウルの背を抱くようにして床から立たせると唇を噛み切り、気を失っている吸血姫を抱き上げて強引に口づけをした。


「・・・ぁ・・お兄様」


 ジスティリアが薄らと目を見開いた。


「ごめん、待たせた」


 俺はみんなに声をかけながら、怪物の息吹でただれてけたヨミの身体を後ろから抱き締めた。

 そのまま、激しい治癒光で包み込む。


「頑張ったね、ありがとう」

 

「申し訳ありません。仕留めきれませんでした」

 

 ヨミがか細い声で謝罪を口にした。


「いいや、もう・・こいつは逝ったよ」


 俺は動かなくなった怪物を拳で軽く叩いてみせた。それだけで、埃が散るようにはかない音を残して怪物の巨体が崩れて消えていった。

 ヨミの最後の一撃が怪物の歪んだ生を刈り取っていたのだ。


「アンコ」


『ハイ オヤブン』


「大丈夫か?」


 アンコも昏睡する俺を護ってかなりの攻撃を浴びたはずだ。


『イタクテ ナキソウ アンコ カワイソウ』


 くるくる回りながら、上下に乱飛行する。なんかたくましくなったなコイツ・・。


「・・・平気そうだな」


 俺は黒い球を軽く叩いていたわると、周囲の惨状を見回した。


 壁際に折り重なるように倒れているのは、カーリーとシーリンか。息はしているようだから、まもなく完全回復するだろう。レナンの欠損部位も復元できた。ラージャは・・まあ、大丈夫だ。


「みんな、お疲れ様・・おかげで、こいつに溜まって凝り固まっていたうみをすべてはらうことができた」


 俺は砂のように山盛りになった木粉の中から、小さくなった樹の幹を拾い上げた。

 俺の命力をたらふく喰って満足してしまった怨念が生命樹としての本身を捨てて外へ出たものが、たった今、ヨミ達がたおした怪物だったのだ。

 生命樹を助けようとしたからこその大苦労だ。これで、生命樹が枯れていたりしたら目も当てられない。


『オヤブン セイメイジュ シンダ?』


「・・寝てる感じだな。ちゃんと生きてる」


 俺は、やれやれ・・と安堵の溜息をついた。


『オヤブン アリガトウ ミンナ アリガトウ ダイスキ ミンナ ダイスキ』


 くるくる回りながら光を明滅させる黒い球を、俺はぺちぺちと叩いた。


「むふふ、さすが俺様、さすがは俺様のお嫁さんなんだぜっ!」


 俺は鼻高々に胸を張った。

 なにしろ、俺の極上の命力をたらふく喰らった化け物だ。たぶん・・いや、きっと凄まじく強かったに違いない。すやすや寝てたから分からんけども・・。


 周囲の惨状を見れば、どれほど激しい戦いが繰り広げられたのか理解できる。

 まあ、俺が寝てた周囲は、たぶんウルの結界かな?完璧に護られていて石片の一粒も入っていなかったが・・。

 その防護された場所の後背に、カーリーとシーリンが寝かされていた。

 カーリーとシーリンも参戦したらしい、胴の辺りの衣服が引き裂けて無惨なことになっていたが、俺の治癒法円がぎりぎり間に合ったようだ。肌の傷は潮が引くように消え、胸がゆっくりとした呼吸に合わせて上下しているのが見えた。

 

 うむ、なかなか見応えのある美しい隆起物・・・。


 じゃなくて、見所のある戦士達だ。

 正直、うちのお嫁さん達に比べれば、まだまだ脆弱なのだが・・。

 そんな二人が参戦しなければいけないほどの戦いだったということか。


「さて・・」


 俺は手にした小さな樹の幹に意識を戻した。


 こびりつき、蝕んでいた"負"のすべてを魔物に変異させて外へ招き出したのだ。

 今持っている樹は、完全に無垢むくの状態だった。


(俺の声が聞こえるかい?)


 指を通じて語りかけてみた。

 まだ無理かな・・と思ったら、



"だぁれ・・?"


 やけに幼い感じの声が頭の中に聞こえてきた。



(全世界の王様だ)



"おうさま・・?"



(そう、名前はユート・リュート。すべての世界の王様だ)



"・・おうさま、ゆーと?"



(そのとおり、一番偉い人だぞ)



"いちばん・・えらい・・ゆーと"



(うむ、なかなか見所のあるやつだ。おまえは、俺の子分にしてやろう)



"こぶん・・なに?"



(俺を護る仕事をするやつのことだ。とっても良い仕事なんだぞ)



"わかった・・こぶん・・なる"



(おまえの名前は?)



"なまえ・・ない"



(なら、俺様が名前をつけてやろう!)


 俺は尊大に言い放った。思念の中で・・。

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