第94話 裁定者

"とうとう、ここまで来られたか。魔界の皇帝よ・・"



「今度は操り人形じゃないのか」


 俺はゆっくりとした足取りで水面を歩いて近づいて行った。

 俺を先頭に、右にヨミ、左にウル。ウルの隣にジスティリア、そしてラージャ。ヨミの隣にレナンが並んで歩く。


 本来なら静謐な空間であろう澄んだ水に満たされた世界のただ中に、ぼんやりと光るようにして小島が浮かび、懐かしい巨樹がそびえ立っている。生命樹だ。



"この度は、金の君、白銀の君をお連れですか・・・御国の方を手薄にし過ぎではありませんかな?"



 小島の巨樹の下には、小さな円卓があり、対面するように椅子が置いてあった。

 その片方に、語りかけてくる声の主が座っていた。


「監理者・・まだ居たんだな」


 俺はのんびりとした足取りで小島に踏み入れると、まっすぐに歩いて円卓を挟んで立った。


 大きな球状の頭部と、それを載せるための機械仕掛けの体・・。

 極北の島で見た連中とそっくりだ。わずかに形状や大きさなどが異なるくらいか。

 いつぞやの赤頭とは違い、頭部は真っ黒に塗られていて継ぎ目が判別できない。金属か何か硬質な物で出来ているのだろうが・・。



"監理者では無いのですよ・・"



「・・そうなのか?」



"さて・・こちらの概念でどう表現したものか・・そうですね、裁定者とでも申しましょうか"



「裁定者?」


 俺は無遠慮にじろじろと黒頭の姿を眺め回した。


 立ち上がれば俺より少し背丈が高いだろうか。樹上生活をしている猿のように腕が長く、脚は短めだ。尻尾は無いようだが・・。

 首から下は、光沢のある黒いツナギのような物に包まれていて、中に生身があるのか、全体に作り物なのか分からない。



"監理者とは権限が異なるのです。と申しても、ご理解は頂けないでしょうが・・・"



「ふうん・・?」


 脅されたわりに、簡潔に理解しやすい内容だったが・・・つまるところ、理を設け、それに沿った形での生命の盛衰を誘導するのが『監理者』であり、理を外れた生命体の出現、予定調和を乱した監理者への裁きを担当するのが『裁定者』だという話だ。


 そして、今回は、理を外れた生命体と、予定調和を乱した監理者が同時に出現してしまったわけだ。おまけに、本来は裁定の内で行われるはずの生存を賭けた闘争が、裁定者が割って入る間もなく当事者間で早期決着してしまったと・・・。



"裁定者の記録を調べましても過去に事例が無く、改めて双方に事情をお聞かせ頂こうにも、現世の理を策定した監理者が不在・・困りました"



「ふうん・・」


 俺は軽く鼻を鳴らした。



"・・ですので、理を外れた生命体を参考人として招致とすることに致しました"



「なんというか・・言葉が上手いね?前に会った奴、まあ・・あんたが言うところの監理者なんだけど、かなり下手くそだったよ?」



"誤りの無い意思疎通ができなければ、誤りの無い裁定は実現できませんからね"



「・・なるほど」


 伝わってくる音声に、どこか自慢げな響きがある。そういった感情は持ち合わせているらしい。

 だが、ここまでの会話で、こいつが裁定未経験者シロートだと確信した。

 当然と言えば当然のこと。監理者があれこれ失敗したり、俺のようなのがポコポコ湧いて出るような事は、なかなか無いだろうから・・。



"さて・・まずは、理を外れた存在である識別名称ユート・リュートについてですが、この度の裁定において、我が方の裁定行動に対する著しい抵抗・・理性無き破壊行動を繰り返し行っており、これを無実とするわけには参りません"



「へぇ・・俺のどの辺がその理ってやつを外れてるんかね?」


 俺は不思議そうに訊ねた。

 実に意外な指摘である。青天の霹靂というか・・まったくの予想外ですよ。



"まずは生物の能力限界を超えた知覚能力です。肉体の末端器官による接触で、ありとあらゆる情報を読み取り、解析ファイナルアナライズを可能とする能力は、当該世界において存在が許されておりません"



「ふむ・・」


 確かに、俺の指はびっくりするくらいに便利だよな?



"前任の監理者により分析に必要な情報を与えられ、生命維持能力に必要なあらゆる知識を有しています"



「へぇ、そうなんだぁ・・」


 何をどう治療すれば良いのか、すうっと理解できちゃうのは、そういう事だったのかぁ・・。



"さらに、伐られて封印されたはずの生命樹の芽を与えられた上、監理者にしか閲覧が許されていない記録媒体から数多くの知識を得ている"



「そうなの?」


 そんなの聴いてないけどね?誰か言ってたっけ?



"金の君、白銀の君・・双方共に失ったはずの肉体を生命樹の芽によって再生している。加えて、識別名ユート・リュート自身も多くの芽を宿している"



「ああ新芽だろ?あれはくれるって言うから貰ったんだけど・・その記録媒体がどうとかってのは?」



"識別名ユート・リュートが法円魔術と呼称する魔素の操作技法は、現在の理においては存在を認められていない。別世界の監理者による別の理の中において使用されていた技法である"



「おおぅ・・どうりで、なんかみんなと違うかなぁって、思ってたんだけど・・そうだったんだ」



"現世において、識別名ユート・リュートが築いてきた全ての事は、理を外れた経路によって取得し、あるいは与えられた知識、能力によるものである。裁定者として、これは見過ごすことができない"



「ふうん?・・あれぇ?」


 俺は黒頭を見ながら首を捻った。



"異議を唱える余地があるか?"



「異議っていうか・・この指の知覚?あと、治療の技っての・・俺、最初からあったよ?生命樹に会う前から、じゃんじゃん治療してたし」



"・・有り得ない事である"



「いやいや・・本当だって!おまえ、裁定者だっけ?ちゃんと俺の事を見てたんだろ?きちんと昔まで遡って調べてくれた?」



"我々の記録には、当該惑星における生命の能力について全て網羅されている。識別名ユート・リュートの超知覚は存在しえない"



「いいえ、ありました。だって、俺は小っちゃい頃から立ちんぼの腰とか・・まあ、色々な所を治療して生きてきたんだぜ?あん時は、樹にも球にも頭でっかちにも会ってねぇよ?その辺、どうなの?本当に調べてんのか?ろくに調べもせんで罪人扱いとか、でたらめだろう?おまえ、もっと真面目に仕事しろよ?仕事ってやつをなめてんのか?ああん?」


 腹立つなコイツ・・。

 俺の事、全否定か?ガキの頃は結構苦労して生きて来たんだぞ?もう、ぎりっぎりで生きてたんだからな?



"・・・監理者の交替前後において記録媒体の一部欠損が認められる。しかし、識別名ユート・リュートの特殊な能力については過去5億年までさかのぼるも該当する情報が見つからない"



「馬鹿じゃないの?欠損した記録なんか、もう何の証拠にもならんじゃん?そんな不完全なもんを持ち出されて、証拠だの根拠だの言われても迷惑なんですけどぉ?恥ずかしくないの?ねぇ?それで仕事したって言えるの?ねぇ、ねぇ?情報が不確かなのに、裁定とか言っちゃってるわけぇ?その、おっきな頭は大丈夫ぅ?中身は入ってますかぁ?」


 俺はもう喧嘩態勢だ。頭にきたんで、とことんゴネてやる!



"識別名ユート・リュートの超知覚ならびに生来のものだという治癒能力については証拠不十分につき、一時保留としよう"



「・・で?」



"生命樹の芽を受け取ったことは否定できまい?"



「うん、もらったよ?治療の対価だけどな?俺も、無料じゃ治療とかやらんからねぇ」



"生命樹の芽は当世の監理者ならびに裁定者による厳正な審査の末に渡されるものだ"



「どうもありがとう。感謝感激でっす。とっても助かってまぁ~す」


 俺はひらひらと手を振った。



"監理者も裁定者も審査を行っていない!"



「あららん?」



"審査なく生命樹の芽が移譲されることは重大な罪となる"



「・・ってか、それって審査しなかったお前の罪じゃん?ああ、監理者ってやつは審査してたのかも知れないけどさ?仕事サボったお前が悪いんじゃないの?」


 この辺で蜂の一刺しいっとこうかね・・。



"なにを言っている?識別名ユート・リュートの発言は論理性を著しく欠いている"



「生命樹の新芽が俺に渡される・・その前に、お前達の審査という過程があるはずだって、そういう話だろ?」



"その通りだ"



「だったら、審査をサボったお前の罪じゃん」



"審査とは、まず生命樹から我等に対して申請をあげ、しかる後に監理者と裁定者、申請者による会合を持ち・・"



「うんうん、だからさ?その大事な過程をやらないで、俺に芽をあげちゃったのは、お前の罪だよね?」



"・・違うだろうっ!許可無く新芽を移譲した生命樹、そして勝手に受領した貴様の罪だろうがっ!"


 とうとう、裁定者がブチ切れました。

 派手な音をたてて、椅子を蹴倒して立ち上がる。


 ふっ・・場末の口汚い口入れ屋の女将から、口から先に生まれたクソガキだと罵られ、生まれついての詐欺師だと褒められた俺のドブ川流を見せてやるぜ!

 

「なんで?どうしてぇ?そもそも、監理だの裁定だの言ってる奴等が、知りませんでしたぁて言えんのか?全部を見てるんだろう?全部知ってんだろう?それがお前の仕事だろう?なのに、生命樹から俺に芽が渡るときは見てないの?知らなかったの?その時は何してたの?クソでもしてたの?馬鹿なの?」


 負けじと俺も円卓を回り込んで詰め寄った。

 こういうのは気合いだ!理屈じゃ無いんだ!



"おのれ・・ああ言えばこう言う!どこまでも薄汚い劣等種めが!"



「それは俺の台詞だろ?てめぇの不始末を、俺様に擦り付けようとかおかしいだろうが?ああん?どうなってんだぁ?てめぇの脳味噌はよぉ?」


 

 俺と黒頭が顔面をすれすれに接近させて睨みあった。

 ぎりぎりに近付いて見れば、黒いツヤツヤな容器の向こうに、昆虫のような複眼が四つ並んでいるのが透けて見えた。どうやら、虫的な人種らしい。獣人ならぬ蟲人だろうか。



"・・・裁定者に逆らうと、現世に居場所はなくなるぞ?"



 黒頭が額をぶつけて押してくる。

 なんてチョロい奴なんだ。もう腕力解決ですか?望むところですよ?とことん、受けて立ちますよ?


「つい先日、監理者面してた奴をあの世へ送ったばかりだぜ?てめぇも仲良く後を追ってみるかい?」


 俺はにんまりと笑いながら額で黒頭を押し戻した。



"これまでの戦闘行為はすべて分析済みだ。すでに対策も済ませてあるのだよ。ああ・・ここに居るのは複製品だ。攻撃してもらっても構わないがね"



「自爆するってんだろ?」



"ふむ・・記録を読まれたか。指で触れさせた覚えは無いんだがね?"



「うん、カマかけただけだから」



"・・・どこまでも腹立たしい劣等種めが・・"



「俺は複製じゃねぇよ?さっさと攻撃してみたらどうだ?」



"無論、裁定を拒否する相手は滅せねばならん。極めて異例なことだが、過去に例が無かったわけでは無い。まったくをもって残念だ。良い成長をしつつあった星だったのだが・・・"



「まあ・・そろそろ、俺の裁きを受けろや」


 俺は会心の笑顔を浮かべた。



"・・なに?"



 戸惑う裁定者の声が微かに緊張した。



「ヨミ、俺の視界を預ける!ウル、この人形が炸裂するぞっ!ジスティリア、レナン、ラージャ、追撃に備えろ!」


 俺は、黒頭を睨み付けたまま命令を下した。

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