第95話 代理戦争

 ヨミの狙撃銃が閃光を放った。

 俺が声をかけてコンマ2秒ほど後のことだ。

 さすがの速さである。


頭部命中ヘッドショット・・何らかの防護壁で減衰処理をされました」


「あいつは?」


「頭部を三分の一ほど削りましたが・・」


「上出来っ!」


 俺はヨミを抱き寄せて頬に口づけをした。


 さあ、ここからは時間との勝負だ!


 屁理屈たれて時間稼ぎしながら相手の本当の居場所を特定し、ヨミの一撃で決着、あるいは動揺させるだけの手傷を負わせる。思い描いていた最初の一撃は決まった。


「レナンっ!」


「はっ!」


 獅子種のレナン。その最大の脅威は、吸血鬼を殴り殺す腕力でも、呪法弾を弾き返す頑健な肉体でも無い。視覚で捉えた獲物を強制召喚する狩技こそが、敵対者にとって最凶の脅威となるのだ。

 そして、この獅子種の美人さんは、俺の妃となったあの日を境に、とんでもないくらいに力を増していた。


 唐突に、俺達の目の前に、大きな黒い球状の塊が出現した。

 頭部だけだが、複製だと言っていた先ほどの黒頭を二回りも大きい。



『・・・どうしたっ!?生命維持装置が作動していないぞっ?』



 状況の変化に認識が追いつかないまま、黒頭が何やら騒いでいる。

 その時、先ほどまで立っていた人形が黒々とした爆風となって爆ぜ散った。

 こちらは、ウルの展開した防壁によって護られている。

 損害を受けたのは、レナンによって強制召喚されてしまった黒頭だけだった。


『な・・なぜ、ここに・・?どうなったのだっ!?』


 黒々と視界を覆った爆煙の中から"裁定者"の狼狽えた声が聞こえてくる。

 理由は知らないが、この黒頭のやつ、ヨミとウルは強敵として認識していたくせに、ジルやレナンについては全くと言っていいほど意識を向けていなかった。

 


「なるほど・・これまでの魔瘴とは桁違いだねぇ」


 俺は爆煙に混じった魔瘴の分析を終えた。


「これが切り札って事は無いんだろうけど・・」


 法円を展開させて、妖精蜂を召喚すると、新しい魔瘴の耐性を付与した。すぐさま白い蜂達が飛んで行って、ヨミやウル達に針を刺す。

 これで、もうこの新種の魔瘴は効かない。


(何種類用意したのか知らないけど、まあ、こいつは俺を見ていたんだ。魔瘴なんかで斃せるとは考えて無いだろう?)


「仕留めろっ!ジル、レナン、ラージャっ!」


「はいっ!」


「はっ!」


「御覧あれっ!」


 ジスティリアとレナン、ラージャが待ってましたとばかりにそれぞれの武器を構えて斬り込んだ。


『なぜだっ、ここは・・・おのれ、小賢しい劣等種めがっ!』


 何やら罵りながら"裁定者"が黒頭から幾重もの光輪を放った。

 しかし、ジスティリア達は構わずに走る。


「・・裂断防壁」


 狐耳の美人さんが、穏やかな声音で呟く。


 瞬時にして、光輪に向かって飛び込むように走る3人の眼前に半球状の魔防楯が出現していた。

 光輪がそれぞれ命中し、激しい閃光を残して消え去っていく。

 ジスティリアのサーベルが、レナンの大剣が、ラージャの長剣が、突進した勢いのまま黒頭めがけて突き出された。かなりの硬さらしく、激しい衝突音が鳴ったが、3人とも弾かれることなく切っ先を突き入れていた。


『おのれ・・・裁定者の権限において、生命樹の強制活動停止を申請するっ!凍結せよっ!』


 叫びながら大きく震動させて刀剣の切っ先から抜け出すと、いくつにも分裂したかのように数を増した。その時になってようやく、白い角のある黒曜石の肌をした兵士達がどこからともなく転移して乱入してきた。


 いや、数百人単位で乱入して来たかに見えたのだが、ほぼ一瞬にして、青白い閃光に撃ち抜かれて消えていった。


 さすがの白銀の君ヨミさんである。


『だが・・すでに凍結プログラムは実行処理された。惑星上の全ての生命樹が活動を停止する。小賢しい劣等種達よ・・裁定者をここまで追い詰めたことを誇りながら死に絶えるがいい』


 レナンによって宙空から叩き落とされながら、裁定者が勝ち誇ったように告げた。レナンの大剣が振り下ろされ、ラージャが腰だめに長剣で突くが、表面こそ削り、浅く傷は入るものの、なかなか奥まで攻撃がとおらない様子だ。


「裁定者だけでは、その命令は発令できない。決定の権限?・・っていうのが無いんだろ?」


『・・・どこで・・どうやってそれをった?』


 勝ち誇っていた黒頭の声が、一転、恐れを帯びた不安に彩られる。


「今ここで、こうやって」


 俺はにんまりと笑いながら、ジスティリアが手にしているサーベルを指でなぞっていた。外形こそ修復されていたが、初撃でヨミに撃ち抜かれた部分は脆かった。そこを吸血姫が狙い、サーベルを奥まで突き入れていたのだ。切っ先がほんの僅かに届いた程度だったが・・。


「忘れたってんなら、改めて劣等種様の力を教えてやろうか?でっかい頭ちゃん?」


 この裁定者が超知覚と称した俺の特殊能力が、わずかな体液から情報を吸い出していく。こうなるまで、もう少し苦労するかと覚悟していたが・・。


(うちのお嫁さん達、ほんと物騒だよねぇ・・)


 力を読み誤ったのか、理解していても対抗準備をする時間、あるいは能力が不足していたのか・・。


『だが・・だが、もう止められんぞ!判っているのだろう?識ったのならば、もう生命樹の枯死は止められぬと理解できたのだろう?哀れんでやろうか劣等種よっ?』


 裁定者が俄に元気づいて騒ぎ立てる。

 実に耳障みみざわりだ。


「レナン、もう手加減無用だ」


 俺は獅子種の美人さんに声をかけた。


「承知っ!」


 男前な美貌に獰猛な笑みを浮かべたのも一瞬、長大な大剣が霞と消えて重々しい音を残して足元深くまで斬り割っていた。無論、黒頭は両断されている。


「ウル、自爆くる」


「畏まりました」


 狐耳の美人さんが静かに頷いて手早く防陣を構成する。

 直後、裁定者の残骸が激しい爆発を起こした。


「これで・・あとは複製が残ってるだけだ。まあ、時間を与えると増殖するから面倒なんだが・・」


 俺はヨミとウルを両手に抱き寄せた。


「あと40秒ちょっとで生命樹が停止する。そうなると、生命樹の新芽で体を蘇らせた二人は、かなりの影響は受けてしまう。たぶん、思うような力も出せなくなるだろう」


「この場に捨て置いて下さい」


「どうか、ご存分にユート様」


 即座に、ヨミとウルがこの場に放置するよう申し出た。


 俺はそれには答えずに、二人のほっそりとした柳腰を抱き締めた。


「アンコを連れ去った理由・・生命樹の停止を発令するための緊急コード?・・というやつの疑似権限を生み出すためだったらしい。ああ・・言ってて、俺にもよく分からんけど、本来は裁定者だけでは発令できないものを、偽物の監理者を使うことで可能にしたっぽい」


「お兄様・・」


 ジスティリアが心配そうに俺を見上げた。


「角付きの兵隊は、今も俺の蜂が狩ってる。まあ、罠はそこら中に用意されていたんだけど、もうタネも仕掛けも識っちゃったからねぇ」


 そして、弱まってきているヨミとウル、白銀の君と金の君の能力は・・。


「祝福せよっ、愛の唱歌隊っ!」


 俺は声を張り上げた。

 途端、それまで姿を消して多重空間の方々で断罪行為に励んでいた純白の乙女達が姿をあらわした。数万という純白の乙女達が、錫杖を振りかざして無数の魔法陣を宙空に顕現させ始める。


「我が愛を注ぎし者に祝福を・・・我が想いをかけし者に祝福をっ!」


 俺の掛け声に応じて、眩い聖光が粉雪のように舞って降り始めた。一時的だが、能力全てを飛躍的に引き上げる神呪なんだぜ。


「まだ、行けるだろう?」


 俺の声に、ヨミとウルが陶然と頬を染めて微笑した。


「十分です」


「まだお役に立てます」


(くっ・・お、おぉぅ・・)


 このまま、この場に押し倒したい衝動で暴走しかけた俺だったが、


「おぉぉぉ・・な、なんです、これぇ!?」


 興奮したラージャの声によって、現実へ引き戻された。


(ちっ・・・)


 舌打ちをしつつ、俺はしぶしぶ2人の素敵な腰から手を離すと、裁定者の遺した施設について説明を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る