第93話 敵対者

 わずかな差で、相手側に俺達の急襲が知られたらしい。

 待ち伏せこそされなかったが、転移直後から敵の攻撃を受けることになった。

 魔界人とでも呼べば良いのか。攻撃してきたのは、白い角のある黒曜石のような肌色をした人間達だった。


「尋問用に3人残します」


 短く告げて、ヨミが両手に握った拳銃を乱れ撃つ。直後に、ジスティリアとレナン、ラージャが斬り込んだ。

 相手からの攻撃は、ウルの展開する防壁がすべて弾き飛ばしている。


 敵は射撃系の武器と大小の刃物といった装備類だ。

 着ている服は野戦服のようで、全員が防刃チョッキのような柔らかそうな胴衣を着け、釣り鐘状のミスリル製のヘルメットをかぶっていた。


 実弾と魔法弾が入り混じる。

 だが、ウルの防壁はそのどちらも防ぐのだ。


「尋問する」


 俺はレナンが捕らえた兵士に近付いた。

 自決できないよう、顎が打ち砕かれている。とても言葉が喋れる状態では無いが・・。


「お前達が捕まえた黒い球はどこだ?」

 

 俺は兵士の喉元に指を触れていた。もう片方の手は、男の前頭部へと伸ばされている。

「いいや、お前は知っている。知っていて黙っている」


 俺は首を振った。

 傍目はためには、兵士は何も言っていない。だが、俺の指は触れた者の意思すら拾う。

一切の黙秘も、嘘も許さない。


「・・そうだ」


 俺は次の兵士へと手を伸ばした。


「無駄だ」


 必死に別のことを考えようとしている兵士に告げた。

 容赦はしない。

 そう決めて来た。

 

「ふうん・・なかなか、しっかりした組織なんだな」


 最後の兵士に取りかかった。

 得られた情報は似たりよったりだったが・・。


「まあ、こんなものか」


「始末いたしますか?」


 ラージャが問いかける。


「うん」


 俺が頷くと同時に、ラージャが一呼吸で3人の兵士の首をねた。


「ウル?」


 俺が尋問している間、狐耳の美人さんが全周を探査し続けている。


「空間を遮断してありますが、7箇所・・それらしい場所があります」


「お兄様・・手分けして当たりますか?」


 ジスティリアが訊いてきた。


「いや、全員で一つずつ潰していく。ウル、何処でもいいから選んで転移してくれ」


「畏まりました」


 ウルが狐耳を左右させて何かの気配に聞き耳をたてつつ頷いた。


 こちらの動きが早ければ早いほど、相手が準備を整える時間が無くなる。

 時間を生み出すはずの魔術による空間遮断が、俺達には意味をなさなかった。ウルが監理者との戦いで、遮断され隠された空間をあぶり出す技法を身につけていたのだ。あの時は、連続して偽りの空間が生み出され、鏡間のような幻惑空間がいくつも重ねられていた上に、時間軸まで前後させるような罠が仕掛けられていたのだという。

 監理者との戦いにより、この手の空間戦においてウルは絶対的な経験値を得ていた。だれも、彼女を偽れない。


「召喚、黒の狩猟蜂イビルイェーガー


 俺もまた、この手の戦いの練達者だった。

 というか、こんな戦いにばかり巻き込まれてきたのだ。今となっては、こんなもの珍しくもない。


 重低音の羽音を響かせて数万という黒いスズメバチが乱舞し始める。

 そのまま、ウルの術によって先の空間へと転移させた。


「尖兵となりて狩り尽くせっ!」


 号令一下、漆黒のスズメバチが躍動して拡がっていく。

 今度の場所は、広々と天井高のある空間だった。先ほどはこの世のどこでも無い場所、空間だったのだろう。しかし、今度は場所は不明だが、何かの建物の内部だ。


「法円展開、多層円・・多重転っ!」


 水紋のように光る法円が幾重にも重なって出現し、くるりくるりと周りながら俺を中心に周回を始めた。


「顕現せよ、愛の唱歌隊っ!」


 俺の喚びかけに応じて、光る法円から次々に翼をもった美しい娘達が姿を現した。真っ白に光る長衣を着た華奢な姿の乙女達である。それぞれ、右手には銀色の錫杖を、左手には円形の楯をもっていた。

 その数、数万・・。


「刻めっ、我が愛を注ぎし者は、我が妃達・・・そして、我が子分アンコである!」


 俺は純白の乙女達に向かって叫んだ。


「刻めっ、我が想いをかけし者は、我が妃達・・・そして、我が子分アンコである!」


 乙女達の視線すべてが俺を見つめたまま、召喚者である俺の言葉を待つ。


「我が子分を掠った者がいる。我が子分を幽閉した者がいる。我はその者達を赦さない!」


 俺はゆっくりと純白の乙女達を見回した。


「我が子分アンコを救い出し、我が敵を討ち滅ぼす。そのために、お前達の力を貸してくれ!対価は先にくれてやるっ!」


 俺は総身から魔気を噴き上げた。真っ白に光り輝く霊力の光が周囲を覆い尽くして暴流となって所狭しと吹き荒れた。


 やがて光が鎮まった時、


「断罪せよっ!」


 俺は号令を下した。

 応じて、錫杖を高らかに振りかざし、幾重にも光輪を顕した純白の乙女達が溶けるように大気に姿を消していった。


「行こう」


 俺はヨミに向かって頷いて見せた。


「はい!」


 ほぼ同時に、立て続けに閃光が放たれて、行く手に聳えていた巨大な扉が撃ち抜かれて崩れ去った。

 獲物にあぶれていた狩猟蜂が嬉々として飛び込んで行く。

 しかし、その直後に中へ入った蜂達が姿を消してしまった。


「転移系の罠ですね」


 ウルが何処かを見つめながら呟いた。


 ややあって、再び広間の中へ狩猟蜂の大群が出現した。今度は転移させられることなく、室内狭しと飛び交い、潜んでいた何者かに襲いかかっていった。

 すぐに、そこかしこで悲鳴、苦鳴が聞こえ始めた。


「良い腕です。転移罠といい、ここまでの空間のずらし方といい・・」


 ウルが手放しに褒めている。


「この先、転移罠はありません」


「では・・」


「参ります」


 レナンとラージャが斬り込んで行った。


「私達も参りましょう」


 先ほどの魔光にあてられたのだろう、頬を紅潮させたジスティリアが俺の手をひいて歩き出す。


「ジル、しばらく防御を任せます」


 不意に、ウルがジスティリアに声をかけた。


「はい、小母様」


 なぜとも問わず、ジスティリアが即応する。


「ウル?」


「アンコちゃんを見付けました。空間を固定します。逃しません!」


 そう言ったウルの体から黄金の光粒が噴き上がり始めた。ピンと尖った耳からも、猛々しく膨らんで揺れる金毛尻尾からも綿雪のように黄金粒が舞い上がっていく。まさしく、金の君といった荘厳な美しさである。

 

「あちらも、何か始めたな」


 裁きの乙女達が戦闘を始めたらしい。どことは分からないが、俺が召喚した純白の乙女達が何者かと戦闘を開始していた。


「アンコさんと・・同じ?いえ・・存在感は違う何かがいます」


 呟くヨミの眼が遙かな前方に向けられていた。


「・・・アンコと似た奴か」


 俺は軽く鼻を鳴らした。


 そういうことなら、敵対者が透けて見えてくる。


(・・あいつか)


 そう、アンコと同種の存在・・。

 アンコを分体として俺にくれたのは、極北で巡り会った英者の楯エイジャノタテだった。


「樹を伐ると、アンコの奴が悲しむんだけどなぁ」


 俺は小さく嘆息した。


「陛下・・?」


 ヨミが狙撃銃で狙いをつけたまま射撃許可を求めてきた。


「撃て」


 俺は頷いて見せた。

 俺の子分に手出しをした以上、何者であろうとも、例えそれが生命樹や英者の楯エイジャノタテであっても容赦はしない。


「敵は討ち滅ぼす」


 そう決めて来たんだ。

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