第91話 姿無き強者
「陛下っ・・このような所へ」
狼狽えたように声をあげたのはユーフィン・ローリンだ。
数名の
「来ちゃった」
俺はちらと笑顔を見せながら、影から躍り出るとユーフィン・ローリンの近くへ駆け寄った。
「召喚、
俺の呼びかけに応じて、白い体に紅い線の入ったスズメバチが大量に出現する。
「我が配下を治療しろ!」
傷の重軽に関係無く、俺の妖精蜂が飛んでいって針を刺す。かなり大きな蜂なので、かなり痛いが、そこは我慢だ。
「召喚、
続けて、漆黒のスズメバチを喚び出した。
「我が敵を討て!」
命じながら、ユーフィンの傍らに片膝をついて、脇腹に負った傷を見る。
「魔瘴・・それも、新種か。呪い混じりだな」
でたらめに組まれた呪いでは無い。しっかりと論理的に練られた術式があり、変異させた魔瘴を内包させてあった。
(たいしたもんだ・・・けどね)
俺の指が触れた場所を中心に、ユーフィンの脇腹の傷が見る見る癒えていった。
ぐずぐずに腐り溶けていた傷口が元通りに綺麗な肌に戻る。
「御手を
ユーフィンが悲痛に見えるくらい思い詰めた顔で低頭した。
「何度でも治す。どんな傷も治す。安心して戦ってくれ」
「・・私は」
何か言いかけたユーフィンを抱き寄せて強引に口づけをした。抱けば折れそうなくらいに細い
こんな時は、理屈なんかいらないのだ!
気合いですよ!
うん、口づけはユーフィンの体から毒素を抜くのにやったんだけども・・。
お尻の方は勢い?流れ的なあれですよ?ほら、元気づけようと思ってさ?
もう思いっきり鷲づかみです。
「へ・・陛下」
呼気荒く、ユーフィンが身を預けたまま見つめてくる。
「何も怖れなくていい。俺がここにいるんだ。ユーフィンも部下のみんなも、誰1人として死なせやしない」
俺はもう一度熱烈に口づけをしつつ、抵抗しないことを良いことにお尻の感触を存分に味わってから、ユーフィンを地面へとおろした。
うむっ、治療は完璧だぜ!
心まで治す!これこそ完治っ!
「・・感謝致します!我が身、我が心のすべてを御為にっ!・・・回復した者から我に続けっ!第三皇妃殿下のお手を煩わせるな!」
ユーフィン・ローリンが闇妖精達に向かって勇ましく声を張った。
「法円展開・・舞陣っ!」
俺は無数の光り輝く魔法陣を宙空に舞わせた。
「聖女の癒やし手っ!」
治癒属性の白い霧がそこかしこで噴出し、晴れ渡っていた丘陵地を霧のように包み込んでいった。この白霧は
(ジルは・・あそこか。敵は・・かなり遠いなぁ)
背に蝙蝠の翼を生やした吸血姫が地上めがけて紅い槍状の炎を投げ打っている。こちらは、さすがに余裕がある。ユーフィン達を無事に撤退させるために細やかに目配りしながら、手傷を負った
俺は地を蹴って、ジスティリアの元へと跳んだ。
「お兄様、なかなかの相手ですわ」
笑みを浮かべる吸血姫を抱えるようにして、
「ども~、宅急便でぇす。愛をお届けに参りましたぁ~」
一言断りながら、俺は自分の唇を噛んで血を流すと、そのままジスティリアと口づけを交わした。
「もう・・こんなにして下さると、ジルは・・もう抑えきれなくなります。みなさん、避難してくれたのでしょうか?」
「魔瘴の傷は治した。ユーフィンも立ち直ったよ」
「なら安心ですわね」
にぃっ・・と笑みを深く、吸血姫が声なく破顔した。敵さんゴメンね?もう串刺し決定だから・・。
「ここは任せる」
俺はジスティリアから身を離して地面へと舞い降りた。
「・・おろ?」
それを狙っていたらしい、魔導の気配が感じられた。きっちりと俺に狙いを定めている。
「展開、清らかなる泉」
俺を中心に、一帯を清水で覆い尽くしていく。
「召喚、聖水の乙女」
俺の周囲に水の女人像が無数に出現する。
ほぼ時を同じくして、黒炎の奔流が横合いから噴出してきた。
(・・ふうん、闇属性?なんだっけ?)
以前に似たようなのを浴びた覚えがあるが、まあ今となっては気になるようなものでは無い。
俺が召喚した水の女人像が平然と佇んだまま、黒い炎を受け止めて霧散させていた。
"これはこれは、クロニクス皇帝陛下が自らお越しとは・・"
姿は見えないが、どこからともなく初老にさしかかったくらいの男の声が聞こえてきた。
どこか、反響しているような遠く聞こえる声だった。
「こんにちは・・たぶん、初めましてかな?」
俺は、にこやかに応じた。
これはなかなかの相手だ。久しぶりに緊張が背をはしる。
"そうですね・・初めてとも言えますし、そうで無いとも言えます"
「ナゾナゾかな?あんまり得意じゃないんだけど?」
どうやら断裂した別の空間から声を届けてきている。俺じゃ、相手の場所は掴みきれないかな。
"まあ答え合わせは後の楽しみに致しましょう。我々の力はまだまだ及ばない・・ですが少し慌てていただける程度には力をつけたようです"
「少しどころか、かなり慌てたけどね?」
"・・ですが、この場には金の君もお見えにならず、白銀の君も御出になっていない。つまり、その程度という事でしょう?"
ウルとヨミの事を言っているらしい。
しかし、ジスティリアやレナンの話が出ないのはなぜだろう?
「う~ん・・そちらさんも、これで全力って訳じゃないよね?魔瘴をちょっと弄ったくらいでお終いとか?」
"・・・なるほど油断なりませんな。会話による魔素の流れを辿っておいでか"
「あ、バレちゃった?」
俺は曖昧に笑いつつ頭を掻いた。
"金の君の他にも、我等の隠蔽魔術を読み解ける方がいらっしゃるようですな。あるいは、皇帝陛下・・貴方のお力か?"
「うふふ・・どうなんだろうねぇ?」
"少し喋り過ぎましたかな・・失礼ながら、貴方の御力を侮っていたようです"
「君達、どうやって、その力を手に入れたの?」
"・・力とは?"
「だって、君達の魔瘴の弄り方に覚えがあってさぁ・・なんか、そっくりなんだよねぇ」
帝国ほど稚拙では無い。以前に監理者が準備していたモノに非常に性質が近い。
独自に辿り着いたのか。あるいは、何らかの現物に触れる機会があったのか・・。
"・・・やれやれ、まったくもって油断なりませんな。どうやら、真っ先に斃すべきは・・・金の君でも、白銀の君でも無く、御身でしたか"
男が苦笑したようだった。
「ふうん・・意外なくらいに知られてないんだな」
やはり、ウルとヨミの他には注意を向けていない感じだ。
確かにあの2人は総合力では図抜けている。でも、ジスティリアとレナンは単純に戦力として凄まじい力をもっている。とうてい無視できるようなものでは無いのだが・・。
ちょっと理解に苦しむ。
"いずれお目にかかる事もありましょう。次は総力にて・・お相手させて頂きますよ"
「良いの?迂闊に動くと、痕跡を辿っちゃうよ?」
俺は出来るだけ会話を引き延ばそうと声をかけた。
"怖いことで・・ですが、例え追跡されようと我等が居城には辿り着けないでしょう。いかな金の君であろうと・・我等は探知の外におりますゆえ"
「お兄様、終わりましたわ」
吸血姫が舞い降りて来た。
「とはいえ・・そちらさん、無駄に兵を散らしちゃったんじゃない?」
"誤算でした・・さすがに良い戦力をお持ちだ。いずれ相まみえる時までに、我等も力を蓄えねばなりません"
「・・どなたかとお話しに?」
ジスティリアには聞こえていないらしい。
「うん、どっかのおじさん」
「捜し出します?」
「それより、ユーフィン達と合流して暗殺教団の生き残りが居ないか調べてもらおうかな」
どうやら、暗殺屋とは別組織だ。
「お兄様は?」
「う~んとね・・あぁ、待ち人きたる」
「あらっ・・」
吸血姫が嬉しそうに声を弾ませた。
遙かな遠方から放たれたのだろう白銀の閃光が上空を貫き去って西の空へと消えて行った。それから遅れること数瞬、長銃を手にした
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