第90話 強者の影

 一騎討ちによる決着を提示すると、ハイアード国王が大はしゃぎをして何だかんだと条件を出し、囚われていた自分の息子達、護衛長、さらにはジスティリアの連れて来た龍人の3人まで参加させ、龍族対クロニクス代表での決闘を・・・と吠え立てた。

 自分の立場をまったく理解していない、ほほ狂者の弁舌をまくしたてて威張っている。真性ほんものの阿呆だった。


 ちなみに、一騎討ちの話を持ちかけるところからウルさんの幻影術によって魔界中に映像と音声が届けられている。一対複数の戦いをハイアード国王が持ち出した経緯は、魔界全土へ音声付きの映像となって届けられたわけだ。


「では、ハイアードの4名、龍人3名の7名との決闘を受けよう」


 俺は平然とした顔で頷いた。

 可能性の一つとして、ウル達から提示されていたことだ。


 元ハイアード国王がぎゃあぎゃあと興奮して悦び騒いでいたが、正直どうでも良かった。


 俺はつまらなそうに居並ぶ面々を見回した。

 ぶっちゃけ俺には蜂さんが居るから、相手が7人とか、むしろ逆ハンデだし・・。


 そして、


「・・弱すぎる」


 戦いが終わって、俺は小さく呟いた。

 そう、一瞬で終わったのだ。

 それはもう、あっ・・と言う間も無い出来事だった。


 とりあえず頭にきていたので一発は殴っておこうと国王以下、馬鹿息子達をぶん殴って回ったら粉々になって散乱してしまった。

 龍人の3名も似たりよったりだ。

 何とか腕をあげて防ごうと動いたのが1人。龍人の護衛役だったか?しかし、それも俺の拳が頭部を粉砕した後の動きだった。

 不死者も殺す。そういう気持ちで殴ったのだ。

 7名共、二度と起き上がることはなかった。


「これ・・どうすんの?」


 大々的に魔界中に喧伝したのはいいが、あまりにも短い決着である。掛け値無しの秒殺劇となった。

 いくらなんでも短すぎる。

 ちょっと何か言って盛り上げないといけないんじゃないか?


「あぁ・・なんというか、つまり・・龍って弱すぎるな。何て言うの?生ゴミ?便所の蛆虫と変わらんよね?龍人?龍族だっけ?まあ、もう何でもいいけど、雑魚過ぎて哀れになってきちゃった」


 俺はやれやれと溜息をついて痛ましげな表情で首を振った。


「軽く小突いたら死んじゃいましたとか・・これじゃあ、俺が弱い者虐めしたみたいじゃん?絵面的にマズイよね?こんなんで、クロニクス皇帝に喧嘩売るとか、馬鹿なんじゃないか?俺・・その気になったら、今から行って何処の国でも3秒で消滅できるよ?ああ・・面倒だから全世界を消し飛ばしちゃおうかなぁ」


 俺は、ゆっくりと歩いて設えられた玉座へと腰を下ろした。

 その姿をウルがじっと眼で追う。瞳に映したままを魔術で全土へ投影させているのだ。


「田舎に興味無かったんだけど・・とりあえず、俺宛てに偉そうな手紙を送った奴等・・諸王国連合だっけ?王族、貴族は皆殺しね。それから龍人なんとか会議?身の程を知らない奴ってウザいから処分します。後は俺に向かって暗殺の脅しをしてきた頭に蛆のわいた暗殺教団。君達は一族郎党まとめて漏れなく殺処分です。さようなら!」


 俺は、ウルの方を見ながらにこやかに手を振って見せた。



***



「なんというか、本当に残念な国王だったんだな」


 俺は心底がっかりしていた。

 何かあるだろう?あるよね?まさか何も無いのか?

 最後まで、こちらが気を揉むくらいに頭の悪い王と息子達だった。

 そして何も無かった。

 ひたすら弱かった。


「龍人達も脆弱でしたね」


 どうにも理解し難いのだろう。ウルが戸惑い顔のまま首を傾げている。彼女には理解出来ないのだ。底の抜けた阿呆という存在が・・。幼児もびっくりな知能しか無いくせに、自分が偉いと信じ切っている生き物が・・。


「お兄様、どうなされます?」


 ジスティリアが見上げて来る。


「暗殺教団狩りはどうなったかな?あれは徹底しておきたいんだけど」


「でしたら、ユーフィンさんを手伝って参りましょうか?」


「ジルが?ちょっと過剰かなぁ?」


「私は血を追えます。血筋・・血統を追尾する能力がありますから役に立てると思うのですけど」


「凄いな・・そういう事ならユーフィンを手伝ってもらおう。嫌な役目ばかりやらせてゴメンね」


 俺は身を屈めて吸血姫の幼い肢体を抱き締めた。もう、ちびっ子な姿も気にならないんだぜ。ちょっと可愛らしい俺のお嫁さんなのさ。


「お任せ下さい。お兄様のためですもの。ジルはお役に立てることが嬉しいんです」


 ジスティリアが微笑みながら霞となって姿を消して行った。


「そうなると・・ヨミには諸王国連合の城潰し。ウルには龍人なんと会議に行って少し脅してもらおうかな」


「すべての城を撃ちますか?」


「まずは適当に間引く感じで」


 その後の話し合いが簡単になるだろう。


「承知致しました」


 ヨミが一礼をして控えている闇妖精の方へと歩いて行く。潰す城を選定するのだろう。


「龍人は臣従ですか?それとも隷属させましょうか?」


「そうだなぁ・・まず脅して、無条件に降伏するなら臣従、抵抗するなら隷属させる」


 このままでは、本当に龍族を絶滅させてしまう。それはしない。いや、やっちゃおうかと思った瞬間は何度もあったんだけど・・。


「畏まりました。では早速・・・」


 と姿を消しかけて、ウルが何かに気付いたかのように動きを止めた。

 狐耳が左右へ向きを変え、金毛尻尾がゆさゆさと揺れる。


(・・何か起きた?)


 あれは、やや離れた場所で、想定外の出来事が起きたのを感じ取ったという顔だ。


「ヨミ、出掛けるの待って!」


 俺は闇妖精ダークエルフと打ち合わせをしているヨミさんに声をかけた。


「・・陛下?」


 急ぎ玉座へと寄りながら、ヨミもすぐにウルの様子に気がついた。


「陛下・・」


 双眸を半眼に、何かに集中したまま、ウルさんが俺を呼んだ。


「ユーフィンが手傷を負いました。配下の者達にも負傷者が出ているもよう。現在、ジルが応戦しつつ負傷者の退却を助けております」


「えっ?・・ユーフィンが?」


 俺はぎょっと眼を剥いた。

 ここ最近では初となる負傷者だった。それほど、クロニクスの女性陣は強い。

 諜報が専門のユーフィン・ローリンだが、ハイアードの国王と一騎討ちをさせれば、俺と同じ事をやってのけただろう。つまり、平手一発で即死というやつだ。

 まぐれではユーフィンに手傷は与えられない。かなりの難敵か、そうした武器があるということになる。


(どうやら、暗殺教団ってのがくせ者だったか?)


 闇妖精ダークエルフの調べでは、そこまでの強敵ではなさそうだったんだけど・・。

 ハイアードやら龍人の会議とかが弱すぎて油断してしまっていた。

 こういう敵も居るということだ。


「腕の良い術者がいますね。遠距離では、こちらの術が完全には浸透させられません」


 ウルの声音がいくぶんか冷静さを取り戻している。

 ジスティリアが食い止めてくれているのだろう。

 すぐにでも駆けつけるべきなんだが・・。


「・・・陽動って事もある。ウルは城を護れ。ヨミ、俺と一緒に来てくれ。アンコ!」


『ハイ オヤブン』


「向こうに、影使いはいる?」


 相手陣営には、ウルと術比べをやるほどの術者がいるのだ。アンコのように影を移動する奴がいても不思議じゃない・・・そう考えたんだけど。


『ナナニン イル』


 まさかの複数人である。

 ただの殺し屋養成組織では無いらしい。いや、そもそも、殺し屋教団なのか?まさかの別口が乱入した?


「アンコとどっちが上手い?」


『アンコガ イチバン』


 黒い球が光を明滅させた。


「よしっ、さすが俺の子分。ジルのところへ連れて行ってくれ!」


『アイアイサー』


「陛下」


 手を引こうとしたらヨミに呼び止められた。


「ヨミ?」


「私は術を使わずに参ります。相手の戦力が読めません。可能な限り距離を取りながら別動で参戦します」


「うん、じゃあそれで頼む」


 こうした戦いの勘所は、ヨミやウルには敵わない。

 任せるに限る。


「この敵は、暗殺教団とは別口かもしれません。数の不利があるとはいえ、ジルが手間取っています」


 ウルの金毛尻尾が大きくゆっくりと振られる。やっぱり、ウルも別組織の可能性を考えていたらしい。


「ジルは何人を相手にしてるの?」


「84人です」


「たった84人か?・・そんなので、ジルを抑えてるって?」


「・・はい。ジルも負傷者を庇いながらですので思うように動けないのでしょう。あるいは、相手の様子を観察しているのかもしれません」


「分かった。とにかく現場へ行ってみる。俺達の分断が狙いなら、ここにも来るだろうから気をつけて」


 まだ、みんなで出掛けるほど切羽詰まっては無いだろう。


「お任せを」


 微笑するウルの双眸に赤光が点っていた。久しく見ていなかった犬歯が鋭く伸びてきている。


(これは、なかなかだな・・)


 アンコに掴まって影へ潜りながら、俺は気を引き締めた。

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