第73話 終わりの始まり
「まあ・・罠だよな?」
『ワカラナイ マソ カンジナイ』
「だから罠なんだ。ここまで、モリモリ魔素を持った奴らばかりだったろ?それが、いきなり居なくなるとか、どう考えても罠です」
『オヤブン カシコイ』
「むふふ・・」
俺は小鼻を膨らませつつ、黒い球をぺちぺちと叩いた。
円形の扉を前にしての会話だ。
ここへ辿り着くまで、道らしい場所も目印になるような何も無かったが、ちゃんと案内してくれる奴が居た。
そう、捕獲した白い人形である。
ここへ到着するまでにも、似たような人形の襲撃はあったが、この白い奴ほど手こずる相手は居なかった。まあ、こいつを操って戦わせていたからね。
そういう訳で、俺はネチネチと自分に強化魔法を重ね掛けし、防護オイルを塗りたくり、予防薬を飲んだり、虫を召喚したり・・・突入前の準備をやっていた。
白い人形に命じたのは、"おまえの親分が居る所へ連れて行け" である。
俺としては、頭が桃色な残念吸血鬼をお仕置きして以来、どっかんどっかんと戦いばかりさせられてウンザリしている。そもそも、翼付きの巨人と桃色吸血鬼が何の関係なのか、なんのつもりで襲い続けてくるのか、問い質したい気持ちでいっぱいです。
「よし、シロ君、扉を開けたまえ」
白い人形に命じた時、俺の周囲には蜂やら蟻やらを入れた球状のコロニーが無数に浮かんでいた。水鏡の陣も足下に展開してある。
不意打ちの攻撃を受けても、瞬殺は逃れる・・だろう準備は整った。
俺の命令を受けて、白い人形が円形の空間に向かって筒状の両手を差し伸ばした。
途端、
パフッ・・
どこか切なくなるような儚い音を遺して、白い人形が粉状に崩れて消えて行った。
「・・アンコ?」
『ジカイスル コマンド ナガサレタ』
「じか・・自壊か。なるほど・・」
俺は納得顔で頷きつつ、今度は自分の手を伸ばした。
(ぉう・・なんか、ピリピリくる)
だがしかし・・、自壊したのは扉の方でした。まあ、当然だ。
俺に効く訳が無い。
「よし、突撃っ!」
虫球を無数に従えたまま、俺は中へと飛び込んでいった。
(ぎゃぁぁ・・・)
果たして、内部は異様なほどに広く、薄暗い空間になっており、先ほど粉と消えた人形っぽい奴が無数に浮かんで待ち構えていた。筒状の銃器らしき物を構えて、俺に狙いをつけている。
「法円散開、水鏡の乱陣」
敵の魔素による攻撃を乱反射する防護陣を無秩序に展開した。その上で、最近お気に入りの汚泥の沼地を顕現させる。
「解けよ、虫球っ!」
号令一下、密集して球状になっていた虫達が一斉に羽根を開いて舞い散った。
(暗くてよく見えんけど・・ここは壁っぽいのがあるね)
包囲した人形達の向こうに、管やら容器やらが填まった壁がある。上も下も同じような感じだ。察するに、何かの重要な施設の内部なのだろう。
すぐに撃って来ないのは、迂闊な破壊行動が許されない場所ということだ。
「喰らい尽くせっ!」
俺の命令で、虫達が羽音を鳴らして散開し始めた。
それでようやく、人形達が発砲を開始した。
(うひひ・・)
ごく消極的な、虫達を狙って威力を抑えた攻撃をしているのが分かる。
「召喚、餓鬼の呪腕!」
さらに状況を引っかき回すべく、呪いの腕を喚び出した。
「アンコ!」
『ハイ オヤブン』
俺の声に応じて、どこからともなく声が応じ、熱線が乱射された。何も狙っていない、文字通りの乱射である。着弾地点に炎が点り、薄暗い中に華が咲いたようだった。
(・・ん)
アンコの熱線が当たらない場所があった。当たるはずの熱線が屈折されて周囲へ逸らされている。淡く光を帯びた半球状の珠だった。
(あそこかな・・)
虫達に襲われて狂乱状態の人形達を後目に、俺は疑わしい場所へ向かって真っ直ぐに飛翔した。阻止しようと動く人形が居たが、アンコの援護射撃で射貫かれて落ちる。
「とったぁっ!」
俺は両手でツルリとした珠の表面を掴んでいた。
途端、とてつもない大爆発が起こった。辺りが純白に染まり、空間そのものが溶鉱炉と化したかのように灼熱の暴流が荒れ狂い、虫も、餓鬼の腕も、展開されたいた法円も、人形達も・・・すべてを呑み込んで灼き尽くしていった。
はい、爆破の罠でした。
(メデタシ、メデタシ・・と)
俺は外から眺めていた。
そもそも内側に入っていません。中に入れたのは幻影ですから・・。
ボク、そんな勇気無いんで・・。
「よし、行け」
俺の周囲に群れていた紅蓮のスズメバチ達が喜び勇んで、灼熱が荒れ狂う中へと飛び込んで行く。この筒状の空間は罠なのだろう。しかし、つい最近まで動いていた痕跡がある。まったくのハズレという訳じゃ無いのだ。
物理的に、かなり近い場所に人形達の親玉が潜んでいる空間が存在しているはずだ。
(う~ん、まあ、俺の攻撃力じゃあ、ちょっと届かないんだよなぁ・・)
やられる事が無い代わりに、相手を仕留めることも難しい。単調な大きな攻撃をしてくれれば、それを反射してやるつもりだったのだが、どうも簡単な事はやってこない。相手も、俺と似たような感じなのだろうか。
じれったいような思いで待っていると、
『オヤブン ジュンビデキタ』
優秀な子分の声がして、黒い球が浮かび上がってきた。
「おっ・・ようし、偉いぞアンコ!」
俺は破顔しつつ、ペチペチと表面を叩いた。
『モウ ゲンカイ アブナイ』
「そうなの?」
俺は声を潜めた。
『キケン キケン キレル スンゼン』
「・・はは、ちょっと時間掛かったもんなぁ」
俺はそっと手を伸ばして黒い球を抱きかかえた。いや、逃がしませんよ?
『アンコ イソガシイ キケン アブナイ』
何やら球が焦っている。ちょっとしたパニックだ。
「まあ、落ち着きたまえよ、アンコ君」
俺はちらっと上方から迫る気配を見やった。これまでの、どちらが上だか下だか判断ができない空間とは違う、はっきりとした形を持った物が近づいて来ていた。
形状も大きさも違っているが、かつて北限地帯で遭遇した空を飛ぶ島を想わせる創造物だった。大きさは、あれの数十倍以上あるだろう。とてつもなく巨大な構造物が、まっすぐに俺をめがけて近づいて来る。
(お・・きたこれ?)
巨大な構造物の中央辺りから光る帯状のエネルギーが撃ち放たれた。
御褒美である。
念入りに埋設した法円により、俺を呑み込むはずの光エネルギーが屈折し、乱反射しながら方々へと飛び散って空間を灼き、その幾つかは巨大な構造物めがけて返された。あちらも、何かに覆われているらしく、反射した光エネルギーは衝突直後に霧散したようだ。
(半分・・やられたか)
準備した法円の半数近くが力によって破壊されてしまったようだ。
あと一発くらいは防げるが、それ以上は厳しいか。
(・・頃合いかね?)
俺は抱えていた黒い球を見た。
その時、
"異邦の侵入者よ・・"
どこからともなく声が聞こえてきた。
"我が世界の理を乱す者よ・・"
「監理者さんかな?」
俺は、ほっと息をついて体の力を抜きつつ周囲を見回した。
"我を
「なぜでしょう?」
"なぜ、我が世界を乱すのか?"
「売られた喧嘩を買っただけ。あの頭のおかしい吸血鬼は、あんたの作品なのか?」
"あれは、先々の監理者の遺物である。我に恭順せし者なり"
「・・・ふうん」
"我が理を乱す者よ・・いずこから生まれ出でたのか?"
「まあ、その辺を話すと長くなるんだが・・・それより、監理者が出てきちゃ駄目でしょ?自分の失敗を認めるようなものだよね?」
"我は完全なる監理者なり・・我が世界は完全なる調和にある"
「へぇ、そうなんだ」
俺達の長くて噛み合わない対話の始まりであった。
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