第72話 人形退治

「み・・右っ!ぁ・・や、やっぱり、左っ!」


『オヤブン ドッチ?』


「・・右でお願いします」


 高速で移動するアンコにぶら下がったまま、俺はぎゃあぎゃあと騒いでいた。


 平たく言うと、逃亡中である。

 追ってくるのは、やたらとデカくて硬い翼付きの巨人達だった。

 まあ、色々と段階はあった。

 最初の内は楽勝だった。

 途中、話し合いになりそうな瞬間もあったのだが、ちょっとした行き違いでなし崩し的に暴力での対話が再開してしまい・・。


『ビリムスゴッド レベル ナナジュウキュウマンロクセンヒャクサンジュウゴ』


 といった具合である。

 

 改めて言おう。

 レベルは飾りじゃないぞ?

 もうね、前々回あたりの"ゴッド"から、やたらと手強くなってきた。

 一体一体をたおすのに時間がかかる上に、結構な頻度で攻撃を受けてしまう。痛いし、熱いし、寒いし・・もう、何をやられているのか分からないくらいに色々な攻撃を浴びながら、ちょいちょい反撃をしつつ、距離をとろうと逃げ回っている。


 回復は出来る。死んじゃう感じもしない。

 でも、痛いものは痛いのだ。

 嫌なのだ。


「上ぇっ!」


『ハイ オヤブン』


 アンコが急上昇する。

 もう、吐きそう。

 酔ったみたい。


(じゃなくって・・しつけぇ~、どうすんの、これ)


 どこへ行っても次から次に何とかゴッドとかいう翼付きが出現して追いかけて来る。


 もう、うんざりだ。


「法円展開、小なる宇宙・・のぉ、散陣っ!」


 アンコに掴まって飛翔する俺の周囲に、小さな闇色の円陣が無数に浮かび上がってゆく。


「そんでもって、召喚っ、飽食の羽根蟻アーリーイーター!」


 俺の喚び声に応じて、ぬるりと白い表皮をした小さな羽根蟻が円陣から溢れ出て来た。一匹一匹は小指の先ほどしかない蟻だったが、こいつらはヤバイです。本当なら外に出しちゃ駄目な奴なんです。


 ・・でもね。


「我が名において命ずる!死ぬまで食い散らかせっ!」


 遠く飛び去りながらの号令に、白い蟻達が歓喜するように羽音を鳴らして方々へ舞い散った。霧が流れるように、空間を埋め尽くさんばかりの大群が拡散していく。


 もう後のことは知りません。


(だって、俺は悪くないしぃ?追いかけ回してくるデッカいのが悪いんだしぃ?)


 我が研究の成果を存分に味わうが良いのですよ?

 せっせと品種改良を重ねた虫達が外に出たがっていたんです。いや、本当にヤバイ奴等なので封印していたんだけども・・。


(仕方ないじゃん?俺、悪くないでしょ?)


 誰にとも無く言い訳をしつつ、俺はちらりと後方を振り返った。


 うん、見なくても断末魔らしき波動は感じていたけど・・。


 びっしりと蟻に覆われて生きながらに喰われる巨人達が炎を噴いたり、雷撃で薙ぎ払おうとしたり、文字通りに七転八倒をやっていた。


(御免ね・・火も水も効かないし、電気とかご褒美だから、その蟻さん達・・)


 我ながら怖ろしい奴等を創ってしまった。

 ふふ・・自分の才能が怖ろしいんだぜ。


(・・って、げぇっ!?)


 どこからともなく、純白の光が照射されて俺の蟻達がかき消されていった。ほぼ一瞬の出来事である。

 俺の蟻さん達を消滅させやがった。


(やべぇの来たぁ・・?)


 俺は慌てた視線を忙しく巡らせた。


『ミエナイ ブンセキデキナイ』


「アンコ?・・って、今のお前でも見えないのか?」


『オオキクナイ デモ マソリョウ オオキイ』


「うん・・なんとなく分かる」


 俺から見て斜め上、距離にして500メートルほどの場所に小柄な人影が浮かんでいた。誤解が無いように言っておくと、小柄というのは先ほどまでの巨人に比べて・・という事だ。実際には、5メートルほどの背丈がありそうだ。人のような目鼻がある訳では無く、つるりと白い陶器のような質感をした人形に見える。


「アンコ・・撃て」


『ハイ オヤブン』


 即座に熱線が放たれた。光ると同時に着弾しているという熱光線である。攻撃を予測して回避行動を取らなければ回避など不可能だろう?


 ・・・マジかぁ


 腕の辺りを掠めただけで、ほぼ完全に避けられてしまった。


 アンコが続けて熱線を放つ。

 しかし、いずれも、ぎりぎりで回避されてしまっていた。


「法円展開・・汚泥の坩堝!・・でもって、顕現せよ、怨花の蕾っ!」


 アンコに狙い撃たれつつ回避行動を続けている人型の何かを見ながら、俺は赤黒い花弁をした巨大な花を次々に召喚していった。


「汚泥障壁っ!」


 続いて泥の壁を召喚して俺の前に浮かべた。

 わずかに遅れて飛来した光の帯が泥壁を直撃して凄まじい熱風を巻き起こした。間一髪である。直撃は防げたが、熱風は防ぎきれなかった。


「アチ、アチ・・ちょっ・・」


 大慌てて氷雪の法円を多重に張り巡らせる俺に向かって、白い人形が突進してきた。無数に放たれるアンコの熱線の隙間をまるで瞬間移動でもしているかのように回避行動をとりながら襲いかかって来た。


「アンコ、影から狙い撃て」


 小声で命令しながら、俺は黒い球体から手を放した。


「召喚、餓鬼の呪腕っ!」


 汚泥の沼地から呪われた餓鬼の腕が伸ばされ、白い人形めがけて鉤爪を振るう。

 しかし、アンコの熱線を回避したのと同様、瞬間移動でもしたかのように位置を転じて呪腕に空を切らせていた。


(・・つうか、避ける隙間が無いはずなんだけどなぁ)


 白い人形が安全に身を置いておける空間が無いのだ。アンコの熱線と餓鬼の呪腕がほぼ隙間無く攻撃の網をかけている。それなのに当たらない。アンコの初撃以降、かすりもしない。


(妙だな・・幻でも見せられてる?)


 俺は眼を眇めてジッと見つめてみた。

 

(・・そうは見えんけどねぇ)


 花瓶をひっくり返したような頭、大小の筒を継ぎ合わせたような手足、幼児っぽい微妙な曲線をした胴体・・。


 今は一体のみだが、これまでの巨人達のように群れて湧いて出たら大事だ。

 延々と殺され続けるとか洒落にならない事態に陥ってしまうだろう。


「仕方無い・・引っ込んでろ、餓鬼共っ!アンコ、待避だっ!」


 別のヤバイ時に使うつもりだったが、まあ、今も十分にヤバイ感じだ。


「舞い散れ、豊穣の綿毛っ!」


 俺の静かな掛け声に応じて、汚泥の沼地に生え繁っていた赤黒い花々が一斉に花弁を開いた。内側に、綿毛状の物がびっしりと包み込まれている。その綿毛が宙空へと舞い散り始めた。

 すべての綿毛がバラバラに、ふわりふわりと無秩序に舞い散っていく。

 俺の爪の先ほどしかない小さな綿毛だ。

 それが空間を埋め尽くさんばかりに次から次へと漂い放たれていた。


(・・どうかね?)


 もちろん、ただの植物じゃない。

 召喚者を除く、触れる総ての物に反応して爆ぜる種をぶら下げた極小の風船爆弾だ。その威力は、召喚時に込めた魔素量に比例する。


「かくれんぼとか、通じないからね?」


 俺は胸の前で大きく柏手を打ち鳴らした。


「法円展開、多層円・・・多重転・・」


 拡げた両手に魔素を凝縮していく。俺の体を中心点として、幾重もの法円が水紋のように輪を拡げていき、さらに輪が転ぶようにして角度を変え、向きを変えて法円の輪が拡散していった。


 俺の左右の五指を眩い光の帯が結んで激しい雷鳴のごとき音を鳴らし始めていた。


 その時、どこかで小さく爆ぜた音がした。

 俺から見て右下方、距離にして700メートルほど。

 

(あれは・・違う)


 人形が放つか、投げるかした囮だ。


 続いて、後背でも小爆発が起こった。


(・・これも違う)


 俺の口元に皮肉な笑みが浮かんだ。


 どうやら綿毛の対応に戸惑ってくれている。俺の召喚物を警戒するということは、これまでの巨人達に使った技などを見て、それなりに脅威に感じているということだ。


「・・ぅひぃ!」


 思わず悦びの声を漏らし、俺は弾かれたように真上を振り仰いだ。

 そこに、青白い魔素の雷蔦に絡め取られた白い人形が居た。

 わずか数メートルの位置だ。

 何らかの方法で綿毛の中をかいくぐって接近をしてきたのだろうが・・。


「惜しかったねぇ」


 にんまりと笑みを浮かべながら、俺は人形の頭部を右手で掴んだ。

 ほぼ同時に白い人形が青白い炎に包まれたようだったが・・。


「・・ちょい遅かったねぇ」


 爆発を予感させる魔素の暴流を、俺の指から纏わせた雷蔦が巻き取って強引に収縮させる。自死も、自爆も許さない。俺の指に掴まれた時点で人形の末路は決まってる。

 左手を人形の胴体に当てると、バターでも溶かすようにして指を内部へと突き入れていった。

 俺の両手に掴まれたまま、身の丈5メートル近い白い人形が総身を震わせて小さく暴れ、そして動かなくなった。

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