第71話 神殺し

「法陣展開・・夢幻の帳っ!」


 掛け声と共に、足下を中心点にして二重三重に魔法円が拡がる。


"小賢しい虫けらめ・・我が世界でそのような陳腐な術など・・"


 漆黒の翼を大きく拡げた巨人が、腕組みをしたまま小さく笑ったようだった。真っ黒な長衣らしきものを身につけているだけで、これと言って身を護るような物は持っていなさそうだが・・。


 俺の方は、相手の反応などお構いなしである。

 準備の時間をくれるなら、その間にたっぷりと準備をするだけだ。


「舞い散れ、氷鏡の吹雪・・」


 俺の呟きを受けて、小指の先ほどの氷の鏡が空間を埋め尽くさんばかりに舞い散り始める。


"ここは我が世界・・異なる法則に拠る貴様達の魔術など通じぬ。世界の理を知らぬか?矮小なる虫けらよ"


「アンコ、撃て」


『ワカッタ オヤブン』


 巨人の言葉など無視して、俺はアンコに指示した。即座に、アンコから深紅の熱線が放たれ、避ける素振りも見せない巨人の胸元を穿ち貫いていった。


 直後に、空間が異様な音を鳴らして震動した。


「・・効くじゃん」


"ば・・馬鹿なっ・・なんだこれは・・貴様、この技は・・なんだっ!?"


「じゃんじゃん、撃ちまくれ」


『ハイ オヤブン』


 俺の命令と共に、黒い球体から次々に熱線が撃ち放たれて巨人を襲った。


"おのれ、虫けらめがぁっ!"


 余裕を失った怒鳴り声と共に、巨人が襲いかかってきた。

 何かをしようとしたのだろうが、すべてが遅すぎた。俺に準備する時間を与えた時点で終わっている。俺の得意とする法陣の術は、重ね掛けが出来る。


 アンコの撃った熱線は、無数に舞い散る氷鏡で屈折反射し、ありとあらゆる方向から巨人を撃ち貫いていた。巨人の手の辺りに魔素が集まりかけていたようだったが、何をする事も出来ないままに無数の穴を灼き穿たれて原形を失ってしまっていた。


(再生でもするんかね?)


 俺は次の法陣を拡げながら巨人だったもの様子を眺めていた。

 つい先ほどまで、しつこく再生し続ける奴を相手にしていたのだ。巨人が復活しても別に驚かないが・・。


『シルカスゴッド レベル ロクマンナナセンキュウヒャクニジュウイチ』


「ほほぅ?じゃあ、やっぱり蘇るの?」


『シンダ』


「・・そうなんだ」


 弱いだろっ!弱すぎるだろっ!レベルとか、意味ないじゃん!六万とか・・。

 ほぼ秒殺とか、どうすんのこれ?俺、阿呆みたいに法陣の重ね掛けしちゃってんだけど?ほぼ無駄だったじゃん!


『カミ シンダ』


「かみ?・・かみって・・かみ?」


 ボケたくなるのを必死に我慢した。


『カンリシャ ダイコウ セカイヲ チョウセイスルヒト』


「調整・・監理者の代行か。それが神?なんだか、妙な話だな」


『オヤブン ムカエキタ』


「迎え?ヨミ達?」


『カンリシャ ダイコウ』


「・・・死んだんだろ?」


『ベツノ ダイコウ』


「あ、そう・・」


 別の代行が居るんだ?というか、いったい何人居るの?監理者って、あの頭でっかちな奴の言ってた後任者だよな?今の奇妙な世界法則を創った奴だろ?完全なる何とかって・・。


 待つことしばし・・。


(また巨人じゃん・・しかも、翼付き)


 見事にソックリな巨人が姿を現して、また同じように翼を拡げて見せた。

 何となくだが、先の展開が読めるようである。


(まあ、あれだ・・次から次に、ソックリさんがやって来るって流れだな、これ・・)


 俺は、無言でアンコをペチペチと叩いた。

 深紅の熱線が巨人をズタズタに引き裂いた。


『シルカスゴッド レベル ロクマンナナセンロッピャクジュウハチ』


「ふうん・・」


 また来るんだよね?


『シンダ』


「・・で?」


『ムカエキタ』


「ソックリさんだな?」


 率直な感想を述べつつも、ちゃんと理解しましたよ。つまり、完全なる監理者とやらが、まったく同じ姿の奴をズラリと創ったんでしょ?


 俺とアンコは、それから延々と監理者の代行を滅ぼす事になった。

 いったい何時間が経過したのか。完全な流れ作業である。

 何しろ、相手に工夫が無い。

 来る奴、来る奴がまったく同じような態度をとり、まったく同じように無防備に攻撃を受けて、同じように死んでいくのだ。


 さすがに気味が悪くなってくるが、こちらとしても対応を変えるつもりは無い。

 

『シルカスゲート ザヒョウ カクニン』


 ついに、アンコが相手の出所を突き止めた。さすがは、俺の子分だ。


「よし、行こう」


『ツギノ シルカスゴッド ドウスル?』


「幻見せてあるから、そのまま放置で」


 そのための夢幻の帳だ。しばらく、俺の幻を相手に対談でもしておいてもらおう。


『ゲート モグル ツカマッテ』


「うむ、頼むぞ」


 俺はアンコを両手で抱えた。


 直後に俺の周囲にあった闇が消え失せ、キラキラと妙に明るい場所へと移動していた。闇中からの移動だ。眩しくて眼を開けていられない。


「法円展開・・召喚、悪戯蜂っ!」


 眼を閉じたまま、護衛役に召喚蜂を周囲に舞わせる。場所は分からないが、法陣は特に阻害されることが無く展開できていた。


(俺の術が使える場所なら・・まあ、何とかなる?)


 そうっと薄目を開けつつ、周囲を見回すが、眩い光ばかりで、これといった何かを見て取ることは出来なかった。


 いや、俺のすぐ右手辺りで、召喚した蜂に何かに当たったらしく、羽根を散らせて消滅していった。まあ、数千匹と舞い飛んでいる内の一匹だけだが・・。


『ブリストゴッド レベル ハチマンサンゼンハッピャクキュウジュウイチ』


 アンコが相手を教えてくれた。


「8万ねぇ・・」


 もう数字を聴いても何の感慨も湧かない。意味ないもんね・・。


『イッセイコウゲキ クル』


「えぇ・・っと?」


 問答無用ですか?そうですか?

 まだ俺には何も見えないけど、囲まれてんのかな?


「法円展開っ、墓守の慨嘆!」


 俺は防御に適した防陣を埋設した。法術よりも、実弾を防ぐことに適した防御陣だ。


「展開っ、広域治療の陣!」


 いつもの回復陣を展開しつつ、ブリスト何とかの攻撃に備える。

 まあ、うちの悪戯蜂を突破できたら・・の話だが。


「・・って、あれって銃じゃない?鉄砲だよな?」


 光に慣れてきた俺の眼に、どこか懐かしい気すらする銃火器を構えた巨人達が見えた。厳密には大きさは大砲みたいにデカイし、造形は色々と違っているようだが、どうみても機関銃です。


(あれで、延々と撃ち続けてくるって・・そういうこと?)


 何というか、俺の勝手な感性で言わせて貰うと、剣とか槍とか使ってくれた方が神様らしくて良いんだが・・。


「これだから、作り物は・・」


 俺は嘆息した。

 それが合図かのように、全身に光を纏った巨人達が機関銃っぽい武器を乱射し始めた。


(おぅ・・)


 まさかの実弾射撃・・。すべてが何かの金属弾頭である。

 俺を護って飛び交う悪戯蜂達が片っ端から飛び散って消え始めた。今のところ、俺まで届いた銃弾は無いが・・。


「法円展開っ、汚泥の坩堝!」


 俺の足下に無数の円が拡散していく。

 たちまち、悪臭漂う泥の沼地が出現した。


「・・からのぉ~、召喚っ、餓鬼の呪腕!」


 掛け声を待ちわびたかのように、痩せこけた細長い灰色の腕が次から次に泥沼から突き出されて周囲を取り囲んで大砲まがいの機関銃を撃っている巨人達に襲いかかった。


 これで、巨人達の包囲網が乱れた。


「さらに、オマケで・・もう1回召喚っ、悪戯蜂っ!」


 呼びかけに応じて、無数の蜂が湧いて出た。ブンブンと羽音を鳴らして気合い十分である。


 掴みかかる灰色の腕を振り払おうとする巨人が、手足を鉤爪のついた灰色の腕に捉えられ、引き毟るように骨肉を蝕まれる。巨人の何人かは、それでも回避しつつ大銃を連射していたが、それも次第に散発化していった。


「アンコ?」


『ツギ チガウノ ハチタイ コモドールゴッド レベル ニジュウナナマンヨンセンゴジュウキュウ』


「八体?やけに少ないな?」


 首を傾げつつ、俺は右手を振って蜂達に合図を送った。


 応じて、ブンブンと賑やかに飛び交っていた悪戯蜂達が、一斉に動きを止めて白黒に明滅を繰り返し始めた。


 その時、


"待つが良い・・旧世代の人種よ。我らは話し合いに来たのだ"


 八体の巨人達が何やら話し掛けてきた。


 予想外の展開に、


「ぇ・・あぁ、ちょっ・・」


 慌てる俺の前で、明滅していた悪戯蜂達から、一斉に金属弾頭の銃弾が撃ち放たれてしまった。

 そう、つい先ほど、巨人達が撃っていた大きな銃弾である。

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