第67話 お口は禍の門

「え・・・生き残りがいない?」


 見えない吸血鬼を退けた俺達のところへ、ジスティリア達が戻って来た。

 ヨミが撃ち落としたハリボテの浮き船だったが、墜落時の備えは何も無かったらしい。魔導具も、魔法も無いまま、穴が開いたら墜落する乗り物で、ふわふわ空を飛んでいた事になる。恐ろしい勇気だ。


「アンコさんにも来て頂いて調査したのですが・・」


 ジスティリアが言うには、非常に弱々しい肉体をした人間・・それも平人ばかりだったそうだ。着衣は旧時代の軍服そのままで統一されていて、生地の状態、縫製の具合も良かったらしいから、軍隊か、それに準ずるような組織だろう。


 散乱していた金属は、アンコの分析で、銅と銀だと判明した。かなりの量の銅材、銀板を使ってあったが、ミスリルは極少量しか見つからなかったそうだ。


 鉄を失った世界だとは言え、他にも強度の高い金属は沢山あるはずだが・・。


「あの巨大な岩・・メタゼーレナイトだっけ?あれは・・あれとの関係はどうだったんだろう?」


 追われていたのか?護衛のように連れていたのか?


「あれほどの魔物を従える方法を知っているなら、危険な風船を飛ばさずとも、魔物の体に工作すれば船室など造れたのでは?」


 恐ろしく真面な事を言ったのは、まさかの残念少女であった。


「・・ぇ」


 俺は絶句した。言葉を失ったまま、まじまじと残念少女の顔を見つめた。


「な、なんでありますか?何かおかしな事を申しましたでしょうか?」


 ラージャがキョトンと眼を見開いている。


「いやぁ・・何というか、ちょっと驚いたなぁ」


 まさか、ラージャの頭脳のうみそが、こんなにも真面な事を考えているとは・・。


「陛下?」


「ああ・・いや、おまえの言うとおりだな。ただ、攻撃を受けている様子は見られなかったが、その辺りはどう考える?」


 俺はもう少し会話を続けてみることにした。怖い物見たさと言うか・・。


「・・逃れていた・・いえ、それにしては速度が・・・もしや、同族に模していた?メタゼーレナイトという魔物は、他者をぼんやりとした形状でしか識別できないのでは無いでしょうか?」


 小首を傾げるようにして思案しながら、ラージャがぽつりぽつりと考えを口にする。


「ほう?」


 俺の困惑はいよいよ深まった。


「つまり、おおよその球状をした物が空に浮かんでいれば、同族であると・・そう誤認していた可能性が・・」


「ふむ?」


 こいつ、本当にちゃんと考えてやがるぞ?あの頭は飾りじゃ無かったのか!?


「で、ですから・・もちろん、可能性であります。ア、アンコ殿っ、いかがでしょうか?」


『ワカラナイ メタゼーレナイト レナンガ フンサイシタ ジョウホウ ナイ』


「そ、そうでありますか・・」


「おまえの推論は正しいかもしれないし、間違っているのかもしれないが・・驚いたな」


 俺は正直な感想を述べた。まさか、ちゃんと理屈立てて思案できる脳味噌を所持していたとは・・。


「陛下?」


「いや、おまえって、案外考えてるんだなぁ」


「陛下っ!?」


 ラージャの眼がきりきりと吊り上がった。まあ、元々、少しばかり吊り目なんだが・・。


「あぁ・・いや・・うん、見直したぞ」


『キュウケツキ アモン タオシタ』


 アンコが何やら褒めている。


「アンコ殿のお導きのおかげであります」


『ラージャ ケン ジョウズ』


「ほう・・皆伝とか言ってたのは本当だったのか」


「このラージャ、誓って、陛下に嘘は申し上げませぬ!」


 ラージャの鼻息が荒い。


「うん、そうだったな・・・レナン?」


「ここにっ!」


 獅子種の美人さんが、急ぎ足で近づいて来て跪いた。


「俺達の船はいつ頃になる?」


 エビルドワーフに建造させた船の艤装を改良中のはずだが・・。


「明後日を予定しておりましたが、先の魔物を見るに・・十日ほど頂きたく」


 レナンが硬い顔で低頭した。


「うん、ゆっくりで良いよ。ついでに、ラージャ用の武具を一揃え発注しておいて」


「畏まりました」


 獅子種の美人さんがほっと安堵の表情で首肯した。


「陛下・・も、もったいなき・・えと・・ご配慮いただきまして・・その」


 自称、剣の皆伝持ちが何やら騒ぎ始める。


「無理するな。何言っているのか分からん」


「と、とにかく、恐悦至極・・であります」


「うん、感謝の気持ちは解ったから、今後もしっかり働け」


「はっ!身命を賭してお仕えいたしまする!」


不死身イモータルに、身命を賭されてもなぁ・・」


「陛下ぁっ!?」


「いや、まあ良いか・・おっ?」


「お兄様、ただ今戻りました」


 ジスティリアがシュメーネと共に闇妖精ダークエルフの女達を従えて近寄ってきた。アモン何某なにがしという吸血鬼の素性を調査するために、ジスティリアとウルが識っている吸血鬼達の所在を洗い出していたのだ。


「どうしたの?」


 吸血姫の表情が青ざめて暗い。思い詰めているような雰囲気である。


「お兄様っ・・申し訳ございません!」


 いきなり、地面に跪いて項垂れてしまった。


「ちょ・・ど、どうした?ジル?」


「アモンなる者を寄越した相手が判明いたしました」


「そうなの?それが?」


「わたしの・・旧知の者でした」


「ジルの知り合いか・・まあ、とにかく立って」


「ごめんなさい!どのような罰もお受け致します!」


「とにかく落ち着いて・・意味が解らんから」


「一族の中に、わたしの婚約者を自称していた者が居るのです。無論、こちらは認めた事はございません。一方的に申し入れを行ってきた無礼者めが・・」


 ジスティリアが俺に従って魔界に居た時には、魔界の皇城にまで使者を送ってきたそうだ。

 祖に近しい者同士で血縁を結び、血の濃さを保とうという誘いだったとか。吸血鬼だけに、血には五月蠅うるさいのかもしれないが、ジスティリアの性格なら、きっぱりと素気なく断っただろう。


「・・なるほど。つまり、俺に嫁を盗られたと怒って暗殺しようとした訳か」


 それで、うちの女性陣では無く、俺ばかりをしつこく狙ってきたのだ。


 そう、あの不可視の暗殺者は、俺ばかりを狙って攻撃を繰り返してきた。おかげで、俺の柔肌は切り傷やら刺し傷やら派手な事になってしまったのだ。まあ、襲撃を受けると同時に呪毒で全身を覆っていたので、中に入り込もうとしたはもちろん、体表に触れた奴も即死したのだが・・。


「アモンなる者は知りませんでしたが・・不可視の技を使う暗殺者の存在を耳にした事がございます」


 そう呟いたのは、黙って話を聴いていた狐耳の美人さんである。


「ふうん・・なんだか必死だなぁ」


 まあ、吸血姫さんは近い将来、極上の美人さんになる逸材だ。色々と必死になるのも、男として理解出来ないことも無いんだけど・・。


「わたしは、もうお兄様のものだと何度も突き返したのですけど・・認めないとの一点張りなのです」


「う~ん、そういう話なら、なかなか諦めそうにないねぇ」


 これからも、しつこく刺客を送り込んで来そうだ。よほど、ジスティリアに惚れ込んでいるのかな。


「なんと・・お詫びを申し上げれば良いか・・」


「あああ・・ちょ、大丈夫だから!」


 今にも泣き崩れそうな吸血姫ジルを前に、俺は大慌てで宥めにかかった。

 ちびっ子だけどお嫁さんだし、とっても綺麗な子なんだからね。

 もうね。こんな子を泣かそうとしてる奴とか許せんよね・・。ぶん殴ってやろうか?


「あ・・?」


「・・お兄様?」


 小さく声をあげた俺を、ジスティリアが悲痛な眼差しのままに見つめた。


「いや、そいつって、俺を殺そうとしたんだよな?つまり、敵じゃん?」


「はい」


「ええと・・そいつも、吸血の?」


「はい、わたしと祖先を同じくする者です。すでに、8千年を生きていると・・我らが種族において、伝説となっている魔人です」


「わはは・・」


 さすがにそれは盛り過ぎだろう。


「本当の話ですよ」


 ウルが吸血の一族について、ざっと説明をしてくれた。

 

「・・・へぇ、そんなに長生きしてて・・えっ?そんな爺さんが、ジルを嫁にくれって言ってんの?」


「・・えと・・はい」


 ジスティリアが俯いた。


「なんつう桃色頭をしてやがる。色呆け爺エロジジイめ!首を差し出せ、介錯してやるっ!」


 俺は地面を踏みつけて吠え立てた。


 その時、


「陛下っ!お気を付け下さい!」


 側に控えていた獅子種の美人レナンさんが短く声を掛けて俺を背に庇うようにして立った。


「・・呪門・・禁呪を使用した者がおります」


 狐耳の美人さんが俺の左へ身を寄せながら押し殺した声音で呟いた。ちらと横顔を見ると、狐耳は伏せ気味に、双眸は細められて、術の展開に集中している様子がうかがえる。


『キケン アモン バイタイ シガイ バイタイ』


 珍しく、アンコが忙しい動きで周囲を飛び回る。


「ばいたい・・媒体?」


『クウカン ダンレツ イソウサレル キケン キケン』


「・・む?」


 不意に陽が陰ったような気がして、俺は反射的に上空を見上げた。


 そこに、少年の顔が浮かんでいた。魔術による投影だろうと、すぐに見当はついたが・・。


”貴様が、我が花嫁を汚辱した愚か者か・・・”


 十歳前後にしか見えない少年の口から、ずいぶんと生意気な言葉が紡ぎ出された。

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