第66話 見えない襲撃者

『オヤブン クウキ アブナイ キケン』


 不意に、足下からアンコが飛び出してきた。


「くうき?・・空気か?」


 ほぼ反射的な動きでアンコを抱えながら後ろへと飛ぶ。直後、何かが鼻先を奔り抜けて行った。


「陛下っ!?」


 慌てた声をあげたのは、ラージャだ。

 腰の剣を抜いて周囲へ視線を巡らせているが・・。


「下だっ!」


 俺は声を掛けながら、アンコと共に右へ左へ立ち位置を変えて、何かの攻撃を回避した。


 視界の隅で、ラージャが血煙をあげて昏倒していった。

 

「ユート様っ!」


 久しぶりに、ウルの慌てた声がする。

 ほぼ同時に紫の雷光が放たれて蜘蛛の巣のように宙空へ拡がった。やったのは、ヨミだろう。


 形あるものなら、すり抜ける事は不可能な雷撃の網だったが・・。


「よく見えませんっ!・・ただ、切断をしてくる時のみ、わずかに塊が見えます」


 ヨミが俺を庇う位置を取ろうとしながら忙しく立ち位置を変え、雷光を纏わせた拳を振っている。


 俺には何も見えない。ただ、攻撃をしてくる瞬間の嫌な感じだけは察知できている。それだけを頼りに少しばかり大袈裟な格好で回避をやっていた。ちょいちょい斬られたり、抉られたりしていたが、即座に回復している。


「こいつも魔物?」


『キュウケツキ アモン ノーラン』


「きゅうけつ・・吸血鬼か?レベルは?」


『ジョウホウ ナイ カクシテル』


「・・ちっ・・色々と器用な奴なんだな」


 アンコの探査から情報隠蔽するとか・・・どうやってるのか理屈は分からないがとにかく相当な奴だ。


「空気と同化しても・・私の結界を抜けられるはずは無いのですが・・」


 ウルがその音を聞き取ろうとするように、三角の獣耳を動かしながら何も無い空間を見つめている。


「この辺かね?」


 俺は振り向きざまに拳を振った。

 適当な動作だったが、何かに当たったらしい。

 ほんの僅かに、硬いものに触れた感覚があったが、それだけだった。襲撃者の姿は見えず、何の音も聞こえない。


 ただ、警戒心でも湧いたのか、そいつは動きを止めたようだった。


(面倒な奴・・)


 不意に、


「痴れ者がっ!」


 やたらと元気な大音声が響いて、蘇った少女が剣を地面めがけて叩き付けるように打ち振った。自慢するだけあって、なかなか堂に入った打ち込みだったが・・・。


「おのれっ!どこだっ?姿を現せっ!」


 ラージャが怒声をあげて周囲を見回している。


(・・・今、なんで地面を切ったの?何か見えてたんじゃ無いの?)


 俺は、心底がっかりした。もう、本当にがっかりした。

 一瞬、出来る娘なんじゃないかって見直しそうだったんだが・・。


(まあ、こいつだからな・・)


 ちびっとでも期待した俺の方が間抜けなのだ。

 

『ブンシレベルデ サンカイト シュウゴウ クリカエシテイル』


 アンコさんが訳の解らんことを言っていますが・・。


(ブンシって、なに?サンカイ・・散開?)


「アンコちゃん、全ての位置が見えますか?」


 ヨミさんが冷え切った双眸で周囲を警戒しながら囁くように訊ねた。相当にヤバイ眼です。これ、まずいやつです。


『チカクマーカ ツイビチュウ ヨミ ウルニ シカクデンタツスル』


「ありがとう」


 小さく唇を綻ばせたヨミの両手から豪奢な長銃が消え去り、替わって2丁の拳銃が出現した。


 どことなく見覚えのある感じがする軍用自動拳銃である。


 あ・・・と、思う間も無く、ヨミの手元で立て続けに銃声が鳴り響いた。

 時間にして十秒間くらいだったろう。


 周囲一帯で微細な命中音が鳴り続ける中、俺はラージャの身体のあちこちが爆ぜる様子を眺めていた。つまり、ヨミの撃った銃弾がラージャに当たりまくっていた。


 恐らく・・。これは推測なのだが・・。ラージャを楯にしようとして、そのブンシ何某が、ラージャの身体に潜んでいた・・のかな?


 うん、無駄でした。


 ヨミさん、一片の躊躇いなくトリガー引いちゃいますから・・。もうね、逆鱗に触れちゃってますから・・。

 

(うわぁ・・)


 某残念少女の名誉の為に、視覚による説明は控えよう。

 さすがに不憫である。

 

「なるほど・・」


 ウルが双眸を細めるようにして小さく唇を歪めていた。

 その双眸が俺の方へ向けられた。


「結界の組み替えを終えました。もう侵入は許しません」


「お・・おう」


 底光りする狐眼が怖いんだぜ。ちびりそうなんだぜ。こっちの美人さんも、相当にきてますよ・・。


「吸血の一族に・・・このような者が居りましたか」


「きゅ・・吸血?」


「・・ええ、ジスティリアと祖を同じくする者達・・・わたしの知識にはありませんから、かなり若い世代でしょう」


「ふうん・・吸血鬼ねぇ」


 アンコの情報によれば、アモン・ノーランだったかな?


『ジョウホウデタ アモン ノーラン レベル サンゼンニヒャクナナジュウイチ』


「見えないのが厄介なだけで、弱いんだな」


 空の岩とか、レベル九千とか言ってたじゃん?


『スベテノ ブンタイガ ショウメツシタ』


「ぶん・・分体?」


 散開してたとかいうブンシの事だろうか?


「アンコ殿っ、本体はどこでありますか?」


 おっ、残念少女が復活した。本当に不死身らしい。あれだけ粉々にされたのに・・。

 着衣はボロボロになったままだったが、体はすっかりと元通りで、抜き身の剣を手に、忙しく周囲へ視線を巡らせている。


『ラージャ スコシミギムク』


「こっちでありますか?」


 ラージャが素直に右へと体を向けた。


『ソノママ キュウジュウイチ アルク』


「はっ、ご支援感謝します!」


 数を数えながら歩いて行った。後ろを、ふわふわと浮かんでアンコがついていく。


(・・何かの遊びみたいだな)


 分体を滅したから、残った本体を退治に行くのだろう。そのくらいの華は、ラージャに持たせてやるべきだろう。


 俺は大きく伸びをしながら岩の魔物を追ったレナン達の方へ視線を向けた。


 遠目で見ても巨大な岩の塊が地表に転がっているのが見える。

 その辺りから、地響きのような重たい衝撃音が何度も聞こえていた。


(ジル達は・・?)


 ハリボテの風船の方は、ここからでは見えない。さしたる動きも感じられないから、特に戦闘などは起きていないのだろう。かなり広域に降り注いだようだから確認に時間が掛かっているのかもしれない。


「ヨミ?」


「わたしの視覚でも捉えきれないほどに小さな粒に変じていたようですが・・・大きさに合わせて、吸血鬼としての能力も減じていたようです。有効な攻撃手段をとるためには、ある程度の数が集合して刃物などの形状をとらなければならなかったのでしょう」


 まだ青白い怒気を宿した双眸のまま、ヨミが呟くように説明してくれた。


「う、うん・・まあ、ええと・・全部、撃った?」


「はい」


「・・そうか」


 俺はそっと自分の拳を指で撫でた。


(目に見えないほど小さい粒・・ねぇ?)


 なるほど・・。


 俺は指の腹に感じる微細な粒子を肌の上で転がしながら、にんまりと相好を崩した。

 まぐれ当たりで殴った俺の拳・・・ここにも分体の残骸が残っている。


(これって、新しい香油に使えるんじゃね?)


 意思を持って動いてくれる微細な粒子を練り込んだ油・・。


 何だか素晴らしい物が作れそうな気がするじゃないですか?

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