第26話 落ちた小島

 獣人の隠里を抜け出してから1ヶ月。


 極北の不毛な光景に見飽きてウンザリした頃、ようやく俺達は墜落した浮遊島の残骸に辿り着いていた。


 岩塊だと思っていたけども、下側は見たまんま岩だったが、上側には真っ白な不思議な材質の構造物が乗っかっていた。石でも無く、木や紙でも無い。金属でも無ければ、硝子や陶器とも違う。白磁器のような質感だったが、もっと軽くて硬い感じの物質である。


 大きさは、上空遙かな雲を突き破るほどに高く、氷原のただ中にあるというのに、ヨミの目でも、北端も南端も目視出来ない。こんな巨大な物が、浮遊島のほんの先端部だとは、あの時見ていなければ信じられないほどだ。


「中は、なんだか暖かいね」


 俺達は、裂けていた隙間から内部へと潜り込んでいた。

 裂けた壁の内側は狭い空洞になっていて、もう一枚、内側に壁があったのだが、ヨミが叩き斬った。


 入った先は通路になっていた。ただ、やたらと幅も高さもある大きな通路である。


「霊鎧が歩けますね」


 ウルが呟いた。


(・・って事なんだろうな)


 この狐耳の美人さんは、非常に頭がよろしいのだ。知識や理解力だけでなく、洞察力というのか、直感力が鋭く、ほぼ的を外さない。


『オヤブン』


 偵察に行っていた黒い玉が帰ってきた。


『アタマ ナランダヘヤ コノサキ』


「頭?・・ああ、そんなこと言ってたな。敵っていうか、動いてる奴は居た?」


『イナイ』


「そうか・・」


 頭だけの奴に会っても困るんだが・・。見た目で吐いたら気を悪くするだろうか。


「頭だけじゃ無い奴は居ないの?」


『チカク イル』


「おっ!そいつ、こんな・・俺達みたいな姿か?」


『アタマ ノセテ ウゴク ヒト』


「・・・何だか、気持ち悪そうな感じだなぁ。まあ、とにかく見に行ってみよう。そいつの所へ案内頼む」


『ミチ ワカラナイ ホウコウ ワカル』


「うん、それで良い」


 人のような姿をした何かが居るというなら一目見ておきたい。言葉が通じる奴なら良いのだが、問答無用で攻撃される可能性もあるだろう。


「・・頼むよ?」


 ヨミ達を見る。荒事は、ヨミ達に任せるのが一番だ。いや、俺自身の名誉のために言っておくけど、俺も一応は戦えます。あの鬼軍曹から直々に兵士教練を受けたし、銃器の扱いも一通りは出来る。俺だって、そこそこ戦えるのだ。ただ、一番得意なのは治癒なのですよ。


「お任せを」


 ウルが先頭へ、俺は中央に、後ろをヨミが護る配置になった。


 視覚を阻害する幻術を使用しつつ、ウルが円周状に防護陣を展開しているそうだ。


(うむ・・まったく分からん)


 どこに、どんな術が展開されているのか、残念ながら俺には何も見えないし、何も感じられなかった。


 まあ、細かいことは有能な部下に任せておけば良い。

 俺は大将なのだから。


『オヤブン アッチ ウエノホウ』


 アンコが言うには、上方の天井を突き抜けて斜めに進んだ場所に"居る"らしい。

 通路を歩けば、どこかで上にあがる階段か何かがあるのだろう。


(めんどいなぁ・・)


 俺はしばし熟考した。考える事は大切だ。考え無しの行動は馬鹿のやる事だ。


「アンコ、頭を載せて歩く人の場所を正確に教えろ」


『オヤブン コノサキ』


 アンコが形を槍のように変じて斜め上方を示した。


「ヨミ、人が通れるくらいの穴を開けられる?」


「出来ます」


「当てないでね」


「はい」


 ヨミがアンコの槍の角度、方向を確かめながら長銃を構えた。じわりと銃口の向きをずらしたようだ。


 すぐに青白い光が長銃を輝かせる。時間にして3秒ほど待っただろうか。

 一瞬、周囲を閃光が瞬かせたと感じた直後、天井に大きな穴が開いていた。人どころか、霊鎧が通れそうな大口の穴だ。遙か先まで続いているのが見える。


「アンコ・・?」


『オヤブン ヒト ウゴイテル』


「ようし、よくやった、ヨミ!」


 俺は、ヨミの華奢な背中をぽんぽん叩いて、


「アンコ、ハシゴになって」


 黒い玉にお願いした。


『ワカッタ オヤブン』


 黒い玉がみるみる形を変じて、天井へ届くハシゴになった。


「先に上がって安全を確保したいと思います。お許し頂けますか?」


 ウルが訊ねてくる。

 もちろん、お願いした。世の中は、俺の安全第一なのだ。


 ウルがふわりと宙へ浮かんで上にあがって行った。浮遊術というやつだろうか。


(えぇぇ・・・まじですかぁ)


 ハシゴを用意した意味はどこに・・。

 俺は何とも言えない敗北感と共に、独り寂しくアンコのハシゴを登って行った。


 ヨミが身軽く跳躍して上がってくる。

 ハシゴは要らなかった。


「大丈夫です。敵はおりません」


 ウルが斜め上方を見たまま呟いた。金毛に包まれた狐耳が細やかに動いて音を拾っている。

 外壁と同じように天井は厚板の上に空間があり、上にもう一枚の厚板があった。その上は倉庫のような大きな部屋になっている。大きな透明な円筒が壁際に並び、中は薄黄緑色の液体に満たされている。すべての円筒が同じ物だった。壁際に全部で24本、柱のように床から天井付近まで聳えている。


「ふうん・・?」


 俺は部屋に並んだ円筒の容器をじっくりと観察してから、


「ちょっと調べるから警戒よろしく」


 頼もしい2人の護衛に声をかけて円筒に手を伸ばした。


 何かは知らないが・・。


(水ものは得意なんだけども・・)


 指を円筒の容器に触れさせて、じっと意識を集中する。たちまち、俺の眉間に皺が寄った。詳しく調べるまでも無い。


(何だ・・殺す意思を持った液体?これって、生き物なのか?)


 魔瘴とは違う。手当たり次第に周囲を巻き込むような物では無く、生き物を狙って、その血を吸い取ろうとする、強い意思が円筒の容器内に渦巻いている。血が吸いたい、肉を喰わせろ、臓腑をくれ・・・そんな飢えた思念が容器の中で滾っていた。


(気味が悪いけど・・でも、これって呪いみたいなもんか)


 俺は隣の容器に移動して調べてみた。

 こちらは、何となくだが、女性的な声も混じって聞こえてくる。


(なるほど・・)


 つまり、1人か、複数人かは知らないが、この容器の液体は元々は別の形をした生き物だったのだ。それを液体のようにして血を求める思念だけを凝縮して残したものが、この黄色い液体というわけだ。


(この容れ物は檻?・・いや、液体が檻なのかな?監獄みたいな?)


 それにしては無防備に並んでいる。


(・・ぁ・・これを浴びせて人とか攻撃するのか!武器かも、これ・・)


 俺は、寒気のような嫌悪を覚えて奥歯を噛みしめた。


(酷ぇことしやがる)


 俺は両手を容器に触れさせた。

 奇妙な話だが、この液体はもう生きてはいないのだ。血を吸おうが吸うまいが死ぬ事は無い。永遠に出番があるまで、この容器の中で吸血やら食肉を夢見て悶えているだけの存在なのだ。


(・・・可哀相な奴らだな)


 飢えを消してやるくらいは出来そうだ。ついでに、この液体そのものを弄って調べ尽くしてやる。じわじわと魔力と思念を注ぎ込み、俺は液体を改変していった。


「まあ・・こんなもんか」


 黄緑色の液体は、透明に澄み切っていた。もう飢餓の思念も鎮静化している。

 俺は24本すべての容器を巡ってすべてを浄化し尽くした。


「割れる?」


 ヨミに訊ねると、ヨミが手の平を軽く容器の表面に叩き込んだ。それだけで、透明な容器の壁が粉々になる。

 透明になった液体は、容器から床にこぼれ出るなり、湯気を立てるように気化して消えていった。すべてから解放されたのだ。どこの誰さんだか知らないが、心安らかに天へ召されたことだろう。


 とっても良いことをした。俺が死んだら天国行き確定だろう。


「・・さて、上に行ってみようかね」


 俺は一仕事終えた顔で、話を続けようとした俺を、ヨミがぐいっと手前に引き寄せた。

 俺の鼻先を緋色の光線が奔り抜けて床を黒く焦がしながら溶解させて穴を開けていた。


「防陣を侵食しながら貫通されました。私の識る魔法ではありませんね。今の攻撃に合わせて防壁種を組み直しますので、しばらく回避して下さい」


 ウルが幾重にも魔法陣を浮かび上がらせながら注意を促してくる。


「上からか」


 天井の穴から狙って来たようだ。

 目を凝らして、俺はわずかに顔をしかめた。


 小さな玉だった。

 小指の先くらいの玉が、ふわふわと宙に浮かんでいた。


「来ます」


 ヨミの声と同時に、空飛ぶ小さな玉から赤い熱線が放たれて俺を襲った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る