第25話 南へGO~! その前に・・。

「あたし達の大隊でも意見が分かれちまってね・・命令すりゃあ済むんだけど、何ていうか帝国軍人としてって立場がもう嫌なんだ。軍を抜ければ、もう身分に上下は無くなるし・・後はみんなが自分自身で決めなきゃいけないだろうって・・」


 カーリーが溜め息をついた。

 横にシーリンが静かに座っている。黄金色の髪をした美人さんで、兎のように長い折れ耳をしている。腹に鉄骨が突き刺さっていたところを治療した人だ。


「カーリーとシーリンは残るのですね?」


 訊いたのは、ウルだった。

 年長ということで、場を仕切っている。


「ああ、あたしもシーリンも、ユート様には忠誠を誓う。でも、大隊の連中を放り出して行くわけにはいかないんだ」


 カーリーが小声で宣言する。横で、シーリンが申し訳無さそうに頭を下げた。


「説得すりゃあ、分かって貰えるとは思うんだけど。今すぐって訳にはいきそうもない」


「話を拡げると面倒になります。ユート様はただ旅をなさりたいだけなのですから・・ですよね?」


 ウルが上座でふんぞり返っている俺を振り返った。


「うむ・・ぶっちゃけ、獣人も平人もどうでも良い。俺は南へ行く。寒いのはもう嫌だ」


「・・だそうですよ」


 ウルがカーリー達を振り返って、にっこりと笑った。


「大将・・」


 カーリーが俺を見た。


「なに?おれ、大将なの?」


「いや、ユート様って呼んでも良いんだけど」


「大将で良いよ。なんか、格好良いから」


「じゃ、大将で・・ええと、空から落ちた小島はどうするの?」


「あっ!?・・あったね、そういうの」


 完璧に失念していたが・・。

 浮遊島から千切れて落ちた小島があった。確かに、あれには少し興味がある。さらに極北へ行かなくてはいけないのが難点だが、どうせ南へ向かうなら、その前に見に行った方が良いかもしれない。


「よし、行って調べてみよう。滅多に見れない代物だし・・面白い物が見つかるかも」


「出立は?」


 ヨミが訊く。


「すぐに行こう」


 俺はびしりと彼方を指さした。方角は知らん。


「では、すぐに支度をいたしましょう。カーリー達も、いずれ落ち着いたなら連絡を取り合いましょう。お互い、これが最期という訳ではありませんからね」


 ウルがみんなの顔を見回して告げた。


 カーリーとシーリンが無言で頭を下げて部屋から出てゆく。もう、建物の周囲には見張りがつき、俺の動向は監視されているらしい。当然、カーリー達の動きも捕捉されているのだろうが・・。


「あの子達に喧嘩を売る者などいませんよ。少なくとも、カーリーを知っている者ならね」


 ウルがお茶を啜りながら笑顔で言った。


「カーリーの獣祖は虎です。素体の資質に、軍隊の教練・・前線で戦い続けた経験が、あの子を一種の化け物にしてしまいました。少なくとも大隊には、近接戦闘でカーリーに敵う者はおりません。引き籠もって外との接触を逃れていただけの獣人など、何千人いようと物の数ではありません」


「へぇ、やっぱり強いんだなぁ」


 その辺、鈍感な俺でも迫力を感じるくらいカーリーには強者の雰囲気がある。


「それに、今はシーリンがカーリーの補佐として残ります。彼女が居ては、不意を突くことも許されませんからね。町ぐるみ、総出で包囲しようとしても、捉えようがありません」


「シーリンは部隊の耳なのです。どんなに闇に紛れても、どんなに気配を消しても、心臓の鼓動の音まで聞き分けてしまいます」


 ヨミが俺の湯飲みにお茶を注ぎながら教えてくれた。


「ちなみに、ヨミは部隊の眼を務めていたんですよ」


 ウルが微笑する。


「なるほどぉ・・」


 俺は熱いお茶をふぅふぅしながら啜った。


「そういえば、ヨミの獣祖って?」


 毛の無い獣人って何だろう?


「海蛇です」


「へび?」


 蛇って獣?そういう括りなの?そうなんだ?


「はい」


「それで、尻尾とか無いのか」


「理屈は分かりませんが・・そのようです」


 ヨミが笑顔を見せる。


「ウルさん・・じゃなくて、ウルは狐?」


「ええ・・正解です」


 ウルが言うには、獣祖が狐系や蛇系の者は術者として優れた資質があるのだと言う。


「ヨミの資質は非常に高いのですよ。やや系統が偏っていますけど・・」


「へぇ?」


 貫通術のように何かに力を付与する魔術が得意なのだと言う。


「今更なのですけど、霊鎧を長銃で撃ち抜くなんて、あってはならない事ですから」


「そうなの?」


 ヨミはあっさりと撃ち抜いてたが・・。


「長銃や火砲では太刀打ち出来ないからこそ、霊鎧は脅威なのです。ヨミのような術者がたくさんいたら、霊鎧はただの的になってしまいます」


「・・そりゃそうだ」


 霊鎧くらいの大きさで脆かったら、被弾面積が増えるだけの棺桶になる。


「まあ、ヨミと私は・・もう、おかしくなっています。獣祖の適性など・・もう関係無い感じですけどね」


「どういうこと?」


「帝国の霊鎧に襲われて、死んだはずの私達をユート様に蘇らせて頂いた時・・・あの時から、この体にはおかしいくらいに魔力が充ち満ちています」


 感覚的には以前の倍近い魔力がある上に、魔力の流れを感じる感性が怖いくらいに高まっていて、魔力を無駄なく使えるために、おなじ術を使っても効果が高まり、消耗を物凄く抑えられるという。


「それに、なんと申しましょうが・・ユート様と繋がっている感覚があるのです」


「俺と?」


「魔術的なものかもしれません。こう・・よく言い表せないのですけど」


 ウルが困り顔で説明する。うん、だから、そうやって胸元を指で撫でるの止めようね?俺の視線がね・・。指先と一緒に動いちゃうよね。


「あぁ・・・」


 俺には思い当たる事があった。たぶん、いや絶対に間違い無く、生命樹の新芽が原因です。ヨミ、ウル、そして俺には生命樹の新芽が身体に混ざっている。繋がりがあるというのなら、原因はそれしか無いだろう。


「俺の治療が原因だなぁ・・あの時、ぎりぎりだったんで、その・・ちょっとした秘術を使ってね。あれをもう一度やれと言われても無理なんだけども」


「その秘術に・・ユート様に繋がる何かをお使いに・・分けて頂いたのでしょうか?」


「うん・・まあ、そんな感じ」


「・・そうでしたか。それで得心がいきました。私は・・私達はユート様に命を分けて頂いていたのですね」


「ぇ・・えぇと、それはちょっと大袈裟かなぁ?」


 何だか重たい感じである。命を分けたんじゃなく、生命樹の新芽を植えただけなのだが・・。新芽は貰っただけで、俺は何の代償も払って無いんですよ?でも、生命樹の事は言えないから、その辺は黙っているしか無いか。


「ユート様、今後どのような命令をなさろうと、ウル・シャン・ラーンに否はございません。貴方様の総てを受け入れ総てに従うことを、ここにお誓い申し上げます」


 ウルが俺の目を見つめて宣誓するなり、絨毯の上に両手を着いて深々と低頭した。お尻で金毛の尻尾がふわりふわりと大きく揺れている。


「え・・いや、ちょっと激しすぎるんじゃ・・」


 くっ・・何だ、この甘美な心地は・・。跪く美人さんを見下ろすことが、ここまで俺の男の子を刺激するとは!


「ユート様」


「はいっ?」


 呼ばれて振り向くと、今度はヨミが強い眼差しを向けていた。


「ぇ・・と?」


「ヨミも、ユート様の総てを受け入れ・・総てを捧げます。どうぞ、これからもお側に置いて下さいませ」


「あぁ・・うん、嬉しいような、恥ずかしいような」


 俺は2人の美人さんを前に焦り顔で狼狽えていた。

 いきなりの総てを受け入れます宣言だ。


(総てって・・何でもってこと?)


 いや分かってますよ。言葉の綾ってやつですよね。総て(無茶な命令を除く)ってやつですよね?分かっていますとも・・。


 俺もね、それなりに世間ってやつを知ってますからね?社交辞令とか得意分野ですし?


 しかし、もしかすれば、俺が頼めばこの美人さん達はずうっと一緒に居てくれるという事だ。さすがに何でも従うってのは言い過ぎだろうが、それでも、結構ぎりぎりなお願いでも、受け入れてくれちゃったりするかもしれない。甘えてお願いすれば、あのしっとりと柔らかな太股で膝枕とか許してくれるんじゃなかろうか?

 

「ようしっ、その誓い受け入れた!」


 俺は胸を張った。

 ここで腰が引けるような男では無いのだ。

 そして、悪ノリするのも、俺の美点といって良い!


「これよりお前達の主人は、この俺、ユート・リュート唯一人だっ!誓った言葉のとおり、どんな命令にでも従ってもらうからな!」


 俺は両手を腰に当てて立ち上がった。自分に向かって頭を下げている人間を見下ろすのは実に気分が良い。しかも、相手はとびっきりの美人さん達だ。

 美人さん達が喜色で目元を和ませて、改めて深々と低頭した。


(これが権力かっ!王様って、毎日、これをやってんのか!?)


 人生で初めて、権力に興味が湧いた瞬間であった。

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