第17話 救出

 北の大地を照らす陽光はか細く儚い。

 その淡い陽の光が霊鎧の鈍色の巨体を滑り輝かせる。


(・・無念っ!)


 力が入りきらない両脚を叱咤しながら、ヨミはウル達を庇おうと長銃を握って霊鎧の前へと走った。

 どうにもならない。

 大鎚は防げない。長銃は間に合わない。

 それでも、ウルを護りたい!


「ヨミっ!」


「・・させません!」


 ヨミは仁王立ちに前に出るなり、ゆっくりとした動きで長銃を構えていた。

 大鎚に粉砕されるギリギリまで魔力を込めて撃つ。もう、それがヨミに出来る精一杯の抵抗だ。

 周囲で銃撃音がしていたが、まだ命中弾は無い。ウルの防陣が防いでくれているのだろう。


 ヨミは残る魔力のすべてを長銃の貫通術へと注ぎ込んでいった。

 もう、真に最期の一撃だ。させまいと、敵の歩兵から貫通術を使った銃弾が撃ち込まれてヨミの片足を吹き飛ばした。


「ヨミっ!」


 ウルが悲鳴をあげた。

 だが、ヨミは振り返らなかった。いや、振り返る力も残っていなかった。


 傾き倒れていく体をそのままに、長銃を構えて照門を覗いたまま霊鎧に狙いをつけている。

 霊鎧の戦鎚が唸りをあげて振り下ろされるのを酷くゆっくりした動きに感じながら、ヨミは引き金を絞る指先に神経を集中した。自分が叩き潰される寸前まで魔力を注ぎ込む。それでも、先ほどの半分の威力も出せない。


 冷え切った空気の中、ヨミは小さく息を吐いて人差し指の第一関節に引き金を掛けた。

 巨大な戦鎚が斜め上方から振り下ろされて視界いっぱいを圧迫してくる。

 じわりと人差し指が硬い引き金を絞り込んでいく。

 

(・・治癒師様、どうかご無事で!)


 ヨミの唇が小さく祈りを捧げた。

 

 長銃が青白い閃光を放った。ほぼ同時に戦鎚がヨミの胴体を圧壊させ廃墟を粉砕して地響きを立てていた。

 至近から命中した閃光は防護陣を破って霊鎧の胸甲を灼きはしたが、貫通するには至らなかった。それでも、装甲の表面を溶解させて煙をあげている。


「司令っ!」


 声をあげて大柄な歩兵が霊鎧に駆け寄った。ラストン軍曹である。歩兵で生き残ったのはラストンと他3名のみだった。大隊のほとんどを失い、霊鎧も1騎が討たれた。それを成したのは、わずか2人の獣人だった。


「司令っ!ご無事かっ!」


 片膝を着いて動かない霊鎧に向けて、ラストン軍曹が声を張り上げる。

 魔瘴を使った罠による獣人部隊の殲滅。北軍司令だけで企てるような作戦では無い。帝都の意志によるものだ。


「軍曹っ!開閉器具に損壊です!」


 動かない霊鎧によじ登って調べていた歩兵が報せて来た。


「器具の破砕は可能か?」


「できます!」


「なら、破砕しろ!司令をお助けするのだ」


「はっ!」


 軍曹の命令で、残る2名の歩兵と協力して霊鎧の背甲に取り付く。

 すでに2時間が過ぎている。連続行動の限界時間ぎりぎりだ。いくら適性の高い操者であっても、これ以上は危険だった。


 ラストンは霊鎧の戦鎚によって粉砕された廃墟を見た。

 地面が陥没したのか、獣人達は瓦礫ごと埋まって見えなかった。だが、術者らしい幼子には何発か命中弾を与えた。その後、短機関銃の掃射で血煙をあげて倒れたのを確認している。あの凄まじい貫通術を使う女兵士は霊鎧の振るう戦鎚の真下に居たのだ。最早、身体の原型すら留めていないだろう。


「軍曹っ!ご無事です!・・意識を失っておられるだけです!」


 振り返ると、霊鎧の背甲が大きく開け放たれていた。


「ここで野営だ!司令の回復を最優先とする!霊鎧の放棄は認められない!」


 ラストンの命令に、3名が敬礼で応えて機敏に動いて野営の準備に取りかかる。


(あいつは・・リュート軍医は見かけなかったな。他の獣人部隊に従軍して行ったのか?)


 短い付き合いだったが、どこか憎めない若者だった。

 ラストンの厳しい訓練にも耐え抜き、わずか2ヶ月で帝国の兵士として不足無い程度に仕上がった逸材である。あれほどの兵士を捨て駒にする今回の作戦には疑問も多かったが、将来、帝国にとって獣人達が脅威になるという点は大いに理解ができる。

 獣人達の行軍、軍事行動に、平人の兵士がついて行けないという事で、いつの間にか獣人だけの部隊が作られるようになっていたが、これは非常に危険な事だった。

 数が少ないからこそ、単騎の能力が優れていても抑えられるのだ。まとまった数の獣人が武器を手に部隊を作れば、いずれその牙は帝国に向けられる。平人が獣人達に行ってきた仕打ちの数々を考えれば、自明の理というものだ。


 獣人は殴られたまま温和しくしているような連中では無い。

 ラストン自身は、一対一なら遅れを取るとは思っていない。

 だが、先ほどの女兵士の銃を使った貫通術を見せられると、その認識も改めなければならないだろう。帝国戦史を紐解いても、長銃の貫通術で霊鎧を撃ち斃した事例など皆無なのだから。獣人が魔術を苦手とするという認識はもう通用しない時代なのだろうか。


(噂に聞く、近衛の・・宮廷騎士ならあるいは?)


 帝都で帝を守護しているという超人部隊ならば、同様のことを成せるのだろうか。

 ラストンは獣人の死骸を呑み込んだ瓦礫を一瞥し、部下達が行っている野営の手伝いへと向かった。



 *****



『ショユウシャユートノジュウシャヲツレテキタ』


 喋る球体が訳の分からないことを言っていたが、俺はそれどころでは無い。

 目の前に、いきなり、ぼろぼろになった知り合いの獣人達が出現したのだ。多くの重傷者を見てきた俺でも、思わず息を呑むほどに悲惨な状態をしていた。


『キンキュウノセイメイイジヲスイショウスル』


「体の損壊が酷い・・手や指・・臓腑も無くなってるぞ」


 身体の欠損は俺にはどうしようもない。治しようが無い。


「・・とにかく、刺さった石だの木片だのを取り除く。砂とかも洗い流したい」


 このままでは、あまりにも惨すぎる。


『セイメイジュノイズミニアンナイスル』


「急いで頼む」


 俺は、喋る球体に頭を下げた。ヨミのあまりに痛ましい姿に、かつてない感情の高ぶりが胸を灼く。ウルはほぼ全身に銃弾を浴びたような無惨さだ。だが、ヨミは胸から下がほぼ圧壊してしまい、軍服によって辛うじて形が残っているだけになっていた。


「こんなの・・どうすりゃ良いんだよ」


 ヨミの引き裂けた胸へ手を入れて、ゆっくりと動きを止めようとしている心臓に付着していた衣服を取り除いた。


「む?」


 辺りが光に包まれたと感じた瞬間、周囲の景色が一変して、唐突に水の中に落下していた。腰ほどの深さの青々と光る泉の中に立っていた。不思議と濡れたような感覚がない。慌てて見回すと、ヨミもウルも不思議な水に浸かっている。


「ここが・・生命樹の泉か」


 俺は静寂に包まれた空間を見渡した。

 泉と呼ばれているらしいが、俺の感覚からすれば湖と言っても良いくらいの大きさだ。ただ、あくまでも何処かの地下らしく、見上げる上方には空が無い。淡く光っている水のおかげで近くが見えるだけの暗闇の中だった。


 泉の中央にある白砂の小島近くに、水に浮かんだままのヨミとウルを引っ張って移動した。どちらも微弱ながらも心臓が動いている。本来の生命力の強さもあるのだろうが、この不思議な水のおかげかもしれない。


『セイメイジュノイズミニイルカギリイノチハイジサレル』


「・・ありがとう」


 俺は喋る球体に心の底から礼を言った。


『エイジャノタテハショユウシャユートノジョウケンヲミタシタ』


「ああ・・分かってる」


 俺は、白砂の上に見える巨大な朽ち木を見た。

 巨樹の幹が根元近くから切られて無くなっていた。幹の太さは、大人が50人くらいで手を繋げば囲める程度だろうか。誰がどうやって切ったのか、見事に平らな切断面をしている。


「これが生命樹・・」


 喋る球体は、この樹の"治療"を俺に依頼してきたのだ。

 樹の治療なんか出来るかと断った代替案として、この喋る球体は、俺の心残りになっているヨミ達の救出を提案してきた。俺が言葉にした訳では無かったが、どうやら球体は俺の考えが読めるらしい。

 危機に瀕しているだの、今にも死にそうだの・・と、俺の不安を煽るような事を言いつのる。さすがの俺も心配になって、とうとう喋る球体の提案を受け入れることにした。


 その途端の出来事だった。

 まさに、瀕死の・・いや、死体も同然のヨミ達が降って来たのだ。

 どうやったのか、理屈は分からない。喋る球体は召喚したのだと言っていた。


「まず、生命樹の治療をする。それから、ヨミ達の治療だ。それで良いな?」


『ジュウシャノアトデチリョウヲオコナッテモカマワナイ』


「いや、あの水・・あれに浸かっている間は死なないんだよな?それなら、先にお前との約束を果たしたい。その方が落ち着いて治療に専念できる」


『リカイシタ』


「さて・・おまえの話だと、これをぶった切った奴の呪いで、命が芽生えないんだったな?」


 俺は、つるりとした樹の切断面に手を触れながら訊いた。

 不思議な話ばかり聴かされたが、今となっては疑う気も起きない。そもそも、浮かんで移動している喋る球体そのものが謎の塊だ。


 打算もある。

 俺の治癒では失われた身体は治せない。だが・・。


(こいつなら・・この不思議な力をした玉なら?)


 どうにかする方法を知っているのでは無いか?


(そのためにも、生命樹を治療しなくちゃ・・ってか、俺にそんなの出来るのか?)


 生命樹は何かの事象で折れたりする事はあるが、必ず次の新芽が芽吹いて新しい樹として成長するらしい。その新芽が出てこないままに、永い時が過ぎているのだという。


(呪いだと言っていたけど・・)


 俺は両手の指で、巨樹の幹を触り、切断面を指先で調べて回る。年輪にそって調べるために、巨樹の上によじ登って丁寧に慎重に診断をしていった。

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