第18話 生命樹の恩恵

『サイダイノサンジデカンシャヲツタエタイ』


「ふっ・・良いってことよ!」


 俺はやり遂げた顔で、ぺちぺちと喋る球体を叩いた。


 見つめる先で、巨樹の切断面から無数の新芽が生え伸びている。どれが成長するのか知らないが、喋る球体によればこれまでにない巨樹へと成長しそうだと言う。


『ジュウシャタチニセイメイジュノシンメヲアタエル』


「生命樹の新芽を?」


 俺は期待を込めて喋る球体を見た。


『ニクタイガサイセイスル』


「・・おお!」


 俺は生命樹の新芽を眺めてから、青白く光る水に浮き沈みしている2人を見た。これだっ!なんだか、そういうのがあるような気がしてたんだ。だからこそ、生命樹の治療を先に終わらせたんだ!


『セイメイジュノユルシヲエテイル』


「そうなんだ?・・よく分からんけど」


『セイメイジュノメヲシンゾウニウエルトニクタイガサイセイスル』


 心臓に植える?何だか奇妙な感じだが、あれだけ損壊した肉体を戻せるというのなら試すべきだろう。


「どれでも良いの?」


 俺はいっぱい新芽が生え伸びた切り株の上を見回した。

 実に壮観である。


『ゴホンエラブトイイ』


「ん?・・5本?」


『ショユウシャユートニタイスルカンシャ』


「俺、体は壊れてないけど?」


『カラダノゼンブガヨクナル』


「ふうん?・・まあ害が無いなら良いのか」


 俺は喋る球体の気が変わらない内にと、いそいそと5本の新芽を選んで引き抜くと、大急ぎで泉の中へ入って、まずはヨミの剥き出しの心臓へと新芽の根を当てた。たちまち根が心臓に貼り付いて血管のように脈打って同化をしてゆく。俺は、ウルの衣服を脱がせ、胸元に新芽の根を押し付けてみた。これで駄目なら切って心臓を出すしか無いと思っていたが、すっと沈み込むようにして新芽が体の中へと潜ってゆき、溶けるようにして消えて行った。


「これで体が治るなら・・俺の治療とか要らないなぁ」


『ソレデハキニナッテシマウ』


「え・・樹になる?」


『ショユウシャユートガツレモドスヒツヨウガアル』


「ええと・・とにかく俺が治療すれば良いんだな?」


『コウテイ』


「良し・・って、俺はどうなるの?この芽で樹になるんじゃ?」


『セイメイジュノシュクフクガアル』


「祝福?」


『チカラトチシキガフエル』


「そうか・・それなら」


 俺は、軍服の胸元を寛げて肌を出すと、手に持っていた残る3本の新芽を心臓の上辺りに押し付けた。


「ぉ・・おぉぉ」


 熱い塊が胸内に染みいって心臓を包み込んでいくのが感じられた。すぐに、心臓から全身へと熱が駆け巡っていくのが分かる。


(なんか・・凄いぞ、これ)


 瑞々しい生命の躍動が身体全体を高揚させ、例えようのない爽快感に全身が震える。


『ショユウシャユート』


「お・・おう?」


『エイジャノタテハココヲウゴケナイ』


「うん?」


『ブンタイノドウコウヲキョカシテホシイ』


「分体?」


『セイメイジュハナガクイキテイル』


「・・そうなんだろうね」


『エイジャノタテモナガクイキテイル』


「ふむん?」


『エイジャノタテニハオオクノチシキガルイセキシテイル』


「ごめん、もうちょっと分かりやすく」


『ブンタイガタスケル』


「・・ああ、なるほど」


『エイジャノタテヨリヨワイ』


「まあ、そうだろう」


『エイジャノタテヨリキヨウ』


「きよ・・器用?」


 俺は訊き返しながら、ウルの施術を開始しようと振り返った。


「って・・は?」


 ウルが幼女を辞めていた。いや、もとい。ウルが30歳前後の魅惑的な女性に変身していた。


「ど・・どしたの、これ?」


『ノロイガナオッタ』


「・・ええと?」


『モトノスガタニナッタ』


「元の姿に?・・ちびっ子は仮の姿?そんなことがあるの?」


 俺は、誇るように豊かな曲線をした肢体を念入りに眺めた。なんという迫力のある釣り鐘のような隆起物。しなやかにくびれた柳腰・・。眠っていても妖艶さすら感じさせる美人さんである。心なしか、狐耳もピンと張って耳を覆う獣毛も艶やかだ。


『ショユウシャユートノドウキガハゲシイ』


「問題無い」


 俺は、軽く咳払いをして、淡々とした表情で柔らかな女体を丁寧な施術で治療していった。時間がかかったのは、その我が侭な肢体ゆえに、全身をくまなく指圧と按摩をするためには慎重を要し、結果として時間を取られたからだ。

 指が柔らかい女の肉にしっとりと包まれてしまって離れなかったんだ。指が触りたがっていたんだよ!仕方ないだろっ!


『ケツアツノジョウショウガミトメラレル』


「問題無い」


 俺はやり遂げた顔で足元の水を掬って顔を洗うと、ウルの裸体に、脱がせていた導師服を掛けてあげた。紳士たる者の当然の務めだろう。

 戦いは終わった。もう、ぎりぎりいっぱいの死闘だった。

 俺の理性は擦り切れてボロボロさ・・。


 だが、まだだっ!まだ戦える!


「さて・・」


 予想される難敵を振り返った。


 ぐぅっ・・


 喉が変な音を鳴らした。

 生命樹の泉の輝きの中で、美しい肢体を取り戻したヨミが全裸で漂っている。新芽による影響なのか短かった銀髪が長く伸びて水中へ拡がり、痛々しいほどに白い肌身が眩しくて思わず目を逸らしそうになる。


 無論、そこは医者として、しっかりと目視はしたのだが・・。


 何という奇跡の造形美か・・。ありえるのか、こんな身体が?ほっそりとした少女の儚げな肢体に、俺の手には収まりきらないだろう美しい山々・・。

 

 登るべきなのか?その頂を掴み取るべきなんじゃないのか?そこに山があるなら、男の子として・・。

 

『レツジョウガキュウソクジョウショウシテイル』


「仕方無いだろっ!男の子なんだよ、おれは!」


『ツウジョウノサンバイノ・・』


「五月蠅いよ!」


『キンキュウソチニヨルヨボウコウドウヲスイショウスル』


「よ、予防行動?・・って何?」


 俺は施術のために、いくぶん前屈みになりながら、じろりと喋る球体を振り返った。


『ギジセイショクコウイノカンスイ』


「・・もう良い、黙ってろ!」


 まったく、球のくせに、人間様の行為を存じ上げているとは何という物知りなのだ。英者ではなく賢者なのかもしれん。恐ろしい奴・・。


「こんな美人様の裸を見てるんだ。ちょっとくらいドキドキするっての」


 この状況下で、しれっと無感動な16歳の男子がいたら、見世物の檻に放り込んで帝都の色街に飾ってやる!


 いや、ただ無駄話をしているんじゃ無いですよ?まずは俯せになって貰って、じっくりと頭から足の指の裏まで指圧しているんです。


『スデニチリョウノモクテキハタッセイサレテイル』


「まだ背中をちょっと圧しただけだろ?今からが本番なんじゃないか。分かって無いなぁ」


 これだから球という奴は・・。

 指圧や按摩というのは満遍なく全身に施さねばならないのだ。俯せの次は仰向けなのだ。施術の常識だろう?


「カジョウナハダヘノセッショクハジョセイノソンゲンヲソコナウ」


「俺は心配性なの!丁寧にやってんの!過剰じゃないんだよ?分かる?念には念をってこと!」


 ぶつぶつ言いながら、俺は、あくまでもヨミのために、仰向けになって貰って全身をくまなく指圧し、丁寧に執拗に按摩をしていくのだった。

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