第12話 やったんだぜ?

「えっと・・」


 俺の目の前で、ヨミが息も絶え絶えといった風情で荒い呼吸を繰り返している。

 やっちゃった感が半端ないが、ともかく、ヨミの自我を護ったという点で施術は大成功だった。


「聞こえる?」


 呼びかけると、汗濡れた髪の間に切れの長い双眸がすっと開いた。わずかに開いた唇で荒く乱れた呼吸を繰り返しながら、ヨミの瞳がぼんやりと俺の方を向いた。


「俺・・分かる?」


 繰り返し声を掛けると、ヨミが小さく首肯してみせた。


「良かった。途中で、ヨミの意識が飛んじゃったみたいで、どうしようかって・・とにかく、施術は成功したからね?」


 俺は濡れた布でヨミの顔を拭いながら声を掛けた。

 なお、拭ったのは顔だけである。首から下は、きちんと毛布を掛けてある。


「どうなったのか説明するけど・・外でウルさんを待たせてるから呼んで来るね。一緒に聴いて貰った方が良いと思うから」


「・・はい」


 掠れた声でヨミが返事をする。


 俺は天幕の入り口付近で待ちかねているウルを呼んできた。もう2時間くらい前から外で待っていた。


「・・リュート様?」


 少し青ざめて疲れた様子のヨミを見ながら、ウルが縋るような面持ちで俺を見た。


「大丈夫です。まあ・・ウルさんの希望とはちょっと違うかもですが成功しました。もう大丈夫ですよ」


「あぁ・・ありがとうございます」


 ウルが安堵の声と共に座り込んだ。俺は大急ぎで駆けよって体を支えた。この子供のような姿をしたお婆さんは足が悪いらしい。後で治療してあげよう。


「魔瘴が体に入って、ずいぶんと時間が経ってたので、消し去る事は出来ませんでした。いえ・・消せるんですけど、そうしたら、ヨミが歩くことも出来なくなる状態だったんです」


「・・理解できます」


「体の心の臓とか・・背骨とか、頭の中まで入り込んでいました」


 俺はヨミの体を侵食していた魔瘴について説明した。


「なので、ヨミの肉体の一部にしちゃいました」


「・・体の?」


 ウルがヨミを見た。


「ヨミの体の中にある魔瘴は、もう完全にヨミのもの」


 体の一器官としてヨミの体の一部に変質させたのだ。さすが、俺である。何度も魔瘴を扱った俺の両手にかかれば、魔瘴を弄くるなど簡単な事なのだ。


「私は・・私で居られますか?」


 ヨミが疲れの滲む顔で訊いてきた。


「もう魔瘴の暴発とか、暴走も起きないよ。もちろん、魔獣化も無い。ヨミの身体の一部になったんだから」


 俺は胸を張った。


「あぁ・・感謝します」


「今はこう・・何て言うの?体に馴染むための時間というか・・体が熱くなって怠いと思うけど、ゆっくり眠ったら大丈夫だから」


「そうですか・・魔瘴を取り除くと命を落とすところだったのですね?」


 ウルが穏やかな声で訊ねる。どうやら言いたいことは理解して貰えたらしい。


「うん、そうなんだ」


 俺はどれだけ危なかったのか繰り返し説明した。

 治療としては、ヨミの肉体を圧したり撫でたり擦ったりして活性化させて生きる力を高められるだけ高めて、暴走を抑圧されている魔瘴を好きなように暴走させて、それをねじ伏せる・・というやり方だったが、その辺を言ってしまうと誤解されて怒れそうなので黙っておくことにした。とにかく、俺は必死だったのだ。いろんな感じにテンパっていたのだ。許してよ・・。


「魔獣化の恐れは無くなったものの、ヨミの体には魔瘴があると?」


「うん」


「それでも、もう命の心配は・・魔獣になってしまう事は無いのですね?」


「うん、無い」


 俺はきっぱりと断言した。


「これは可能性の話ですが・・・仮に、他の魔瘴が近くで起きて、リュート様の長銃のように連鎖して発動した時でも、ヨミの中の魔瘴は問題ありませんか?」


「何にも起きない」


 俺は自信満々に笑みを見せた。便宜上、魔瘴とは呼んでいるものの、実際にはもう変異させた別物なのだ。


「良かった・・もう、ヨミは苦しまずに済むのですね」


 ウルがしみじみと呟いて、そっと涙を拭った。


「そういうわけで、ヨミはこのまま寝かせておかないといけないんだけど・・治療の関係で、裸になって貰ってるので、俺としては色々と落ち着かないのです。いや、変な下心とか無いんですよ?俺だって、時と場合を選びますからね?」


「リュート様が、誠実なお医者差まであることは存じておりますよ?」


 ウルが小さく首を傾げる。


「・・ぅ、ええ、もちろんです。なんですが・・ほら、こうして治療が終わっちゃうと、何て言うか、若さ故の暴走みたいな?・・ちょっとした冒険心とか発露したがる情熱とかムクムクと起きちゃうので、見張りをかねてヨミの看病は誰か女の人にお願いしたいわけなんです」


 調子に乗って念入りにやってしまった関係で、天幕の中には若い女の身体の香りが満ちている。大変に危険な環境下にあると断言できる。俺のような純情な16歳には息も出来ないくらいの危険地帯です。正直、いっぱいいっぱいです。


「ふふ・・仰ることは分かりましたけど・・難しいですね」


「え?な、なんで?」


「元々、ヨミが魔瘴付きなのは大隊の中でも有名でした。いつ暴走を始めるか分からないのですから・・それでも、レナンの隊には分け隔て無く接してくれる子達が多く居たのですが、今は少し遠い所へ出撃しています。戻るのは半月近く後の事でしょう」


「・・そうなんだ。いつの間に」


 治療に集中していて、まるで気がつかなかった。


「カーリー達も出ていますよ?」


「あらま・・じゃあ、今って、ここのキャンプは空っぽ?」


「ええ・・私とヨミ、そしてリュート様の3人だけです」


 これは、ヨミの看病は俺がやらないと駄目っぽい?ウルさんはちびっ子だ。身長の関係で寝台に寝ているヨミを世話するのは大変になるだろう。


 ちらと寝台を見ると、ヨミが穏やかな表情で寝息を立てている。説明途中で眠ったのだろう。少しは安心してくれただろうか。怜悧にも見える美貌が、心なしか和らいで見える。


「なんか・・俺がやるべきなんだな」


 自分に言い聞かせながら、俺は軍服の上着を脱ぐと、シャツの袖をまくった。


「お疲れでしょうが、目覚めた時にリュート様がいらっしゃった方がヨミも安心すると思います。食事や・・寝具などはここに運びますから、近くに居てやって下さいませ」


 ウルに穏やかな口調でお願いされて、俺は素直に頷いた。そういう事なら、やるしかあるまい。


「そういえば・・」


 俺は眠っているヨミを見た。


「10年前に魔瘴を受けたそうですけど・・今、何歳なんです?」


「魔瘴を受けたのが・・たしか6つくらいでしたから、17歳になったかならずか、そのくらいじゃないかしら?」


「へっ?」


 俺は大きく目を見開いた。

 まさかの、同い年?せいぜい1つしか違わないとか・・。


(ば、馬鹿なぁ・・)


 たしかに、ほっそりと華奢な体付きだったが、もう十分に女の体をしていた。大人びた美貌をしているし、とても形の良い美しい双丘をお持ちだ。正直、20歳を過ぎていると言われても不思議には思わなかったろう。


「ところで、リュート様はおいくつなのです?」


「え・・ええ、俺は・・16歳です」


「えぇっ!?」


 今度は、ウルの方が絶句する番となった。


 素で仰天されてしまった。

 俺は深く傷ついた。

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