第11話 ヨミの治療
「服を脱いで、そこに横になって」
ウルを天幕の外へ出し、俺はヨミに声を掛けた。
有無を言わせない無感情な声である。
当然だ。俺は医者なのだから。
そこには、治療を幸い、美人さんの裸を見てやろうとか、そういう下心は無いのだ。
「はい」
躊躇いなく頷いたヨミが、獣人部隊の軍服を脱いで行く。
繰り返しになるが、俺は医者なので、患者の裸を見て欲情するとか、ムラムラと劣情をもよおすとか、そういう下劣な感情は極めて少ないのである。
俺はさりげなく背中を向けて水を呑んでいる。
「ええと・・」
しばらくして振り返った俺は、しばし言葉を失った。
すぐに軽く咳払いをして、再び、背中を向ける。
未だ脱いでいる途中だった。
天幕の中は月明かりで青白いような薄暗がりになっている。その中、ほっそりとした女体が背を向けて寝台の方へ身を折っていた。たぶん、脱いだ衣服を畳んでいたのだろう。おかげで、俺の方には、すらりと長い脚の上、真っ白なお尻が突き出されていた。他の獣人と違って尻尾が見当たらない。真っ白で淡く光っているようにすら見える綺麗なお尻だった。
(落ち着け、俺・・)
16歳の純情が胸奥と主に下半身で大騒ぎしている。ともすれば、頭の奥までボウッとなりそうで、俺は水瓶の水を掬って顔を洗った。だが、ヨミの真っ白な裸体が脳裏に浮かび上がりそうになり、慌てて頭を振る。
(俺は医者で・・今から治療なんだから!)
大きく深呼吸をして、精神を統一する。自分は医者なんだからと必死に念じていなければ、ふらふらと近寄って抱きついてしまいそうだ。
「お願いします」
ヨミに声を掛けられて、俺は無理矢理に顔を引き締めながら向き直った。
(ぐはっ・・ちょっ?!)
寝台の横に、ヨミが立っていた。少し恥ずかしそうに身をよじり気味に立っているおかげで、俺の純情はもう手綱を引きちぎって暴走しそうな勢いになってしまった。
「向こうを向いて、そこに座って」
色々な意味で、こちらを向かれていると困る事態だった。
素直に従って、ヨミが向こう向きで、床に敷かれた絨毯の上に座った。
(・・この背中を見てるだけでもヤバイ・・)
誘われているような感覚に襲われて、俺は強く頭を振った。
「それじゃ、やるよ」
できるだけ気安げに声を掛けつつ、ヨミの細い首へと指を当てる。続いて耳の後ろへ・・そして、喉の前側へと指を滑らせる。ヨミの耳は少し尖っているが獣毛が無い。普通の獣人と色々違うようである。さらに、頭頂めがけて指で圧して行き、今度は鎖骨上を圧しつつ、肩先まで触れて行く。
(ふうん・・?)
何となくだが、ヨミの状態が把握できてきた。
「寝台に俯せになって」
「はい」
ヨミが静かに立ち上がって、先ほどまで俺が寝かされていた寝台に俯せになった。俺の方も治療に集中してきたおかげで、狼狽えること無くヨミの様子を見守っている。
(魔瘴はあるけど・・・これは少し変なことになってる?)
背骨に沿って指圧をしながら、蠱惑的な尻の曲線ぎりぎりで指を止める。
これ以上は、手が良からぬ動きをしてしまいそうなので、理性を総動員して体ごと離れる。
(くっ・・なんという滑らかな柔肌・・)
恐ろしい相手だった。もう魔瘴とかどうでも良い。目の前の蠱惑の肢体との戦いになっていた。太股の裏から脹ら脛へかけて指圧しながら、俺は懸命に戦っていたのだ。死闘と言って良い。
おまけに・・
「・・ぁ」
時折、ヨミが微かな声を漏らすのだった。
(いかん・・いかんのですよ!頑張れ、俺っ!)
一身上の都合で、かなりの前屈みになりながら、俺は足先まで丁寧に圧していくと、今度は掌を使っての按摩を始めた。
(うっ・・ま、まずい)
前屈みになってしまったため、ヨミの肌との距離が近い。これまで意識していなかった女体の香りが俺の鼻腔に届き始めてしまった。
(おぉ・・神よっ!)
何という試練か。
こんな極上の女性の裸を目の前に、手で触れ・・摩って揺らし・・そして甘い匂いまで嗅ぎながら堪え忍ばなくてはならないとは・・。
かつて受けた、どんな拷問よりも辛く厳しい苦痛だった。
(・・・ちょっと・・本当に、まずい)
この次は、仰向けになって貰わなければならいというのに、このままでは俺の方が持ち堪えられない。敗北必至である。
(そ、そうだ・・)
俺は血走った眼で寝台の足元にある毛布を見た。
遺憾ながら、このままでは自分の中の男の子が暴走してしまう。俺は毛布を掴むと、ヨミの体に掛けた。
「仰向けになって、少し待ってて」
言い置いて、素早く寝台を離れると、水瓶の方へ足早に歩いて行った。
(ふぅぅぅぅぅ・・・マジかぁ)
女の裸一つで、ここまで心を乱されるとは思わなかった。16年生きてきて初めての経験だ。女と言えば商売女しか知らない。それもあって、動揺しているのかもしれない。
(・・さあ、頑張れ、俺っ!)
気合いを入れ直して、俺は寝台を振り向いた。
(きゃぁぁぁぁ・・)
あろうことか、ヨミが毛布の上に仰向けで横たわっていた。
「ちょっ・・あああ、ヨミさん・・ちゃんと毛布を被って、お願いだから・・」
「えっ?あ・・申し訳ありません。先ほどのようになさるのかと思いました」
ヨミが慌てた様子で毛布を取って体を包むようにして横になる。
(なさるんだけど・・なさるんだけどもっ・・)
俺は跳ね上がった動悸の音を鎮めるために、目を閉じて大きく深呼吸をして軽く背伸びをした。
「体の力を抜いて・・い、嫌だろうけど、その・・俺、触らないと治せないから」
さりげなく声を掛けるつもりが、少しばかり上ずっていただろうか。
暗がりで助かった。
顔が真っ赤に紅潮しているのが自分でも分かる。
「大丈夫です。お願いします」
落ち着いた静かな声でヨミが言う。
「ん・・じゃあ」
俺は、努めて平静な表情を維持しつつ、寝台を回り込んで頭の上方に立つと、毛布の端を少し持ち上げて、そろりと手を潜り込ませた。ほっそりとした体型なのに、意外なくらいに豊かな胸元なのである。うっかりと余分な場所へ触らないように気を配りつつ、肩甲骨の下から乳房の上辺りまで圧してから脇へと指で圧していく。
「あの・・」
「はい?」
「その・・目を閉じていてくれる?」
「・・分かりました」
じっと見られていると、何だか責められているみたいじゃないですか。
(それにしても・・・)
凄くしなやかな筋肉である。どこまでも指が沈みそうなくらい柔らかい肌身の下に、惚れ惚れするような筋肉があり、少し傷めているが内臓も強い。
魔瘴は、心臓と肺、背骨に沿って、絡みつくようにして存在していた。心臓と肺はすでに内部に根を下ろし、微細な血の管と融着してしまっている。背骨の魔瘴は、延髄を通って脳にまで達していた。
(ありゃ・・ほんと、ぎりぎりだったねぇ)
奇跡の調和とでも言うべきか。あと僅かでも侵食されれば、魔獣化が始まっていたかもしれない。
(・・させないけどな)
こんな美人さんを魔瘴なんかに喰わせる訳にはいかない。
ユート・リュートの名にかけてっ!
(でも・・この魔瘴を取り除いたら、ヨミ・・もう歩くのも難しくなるね。どうしよっかなぁ)
それほどまでに、深く体内を侵食されてしまっている。体の一部として固着してしまっている。取り除けば、当然、そこが空洞化する。
「ねぇ・・」
「はい?」
「魔瘴を消すのが目的?それとも魔獣化を防げたら良いの?」
俺は寝台の横に片膝をついて、真横からヨミの顔を見た。
「私が、私で居られるなら・・どのような姿になっても構いません」
目を閉じたまま、呟くようにヨミが答えた。
「そういうことなら・・じゃあ、今から魔瘴を弄るね」
俺は、両手の指先に意識を集中した。ここからは、魔瘴との対決である。裸がどうとか、16歳の純情がぁ・・とか言っていられない。
「さあ・・勝負だ!」
俺はヨミの下腹部へと手を差し伸ばした。
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