第13話 居残り部隊
ウルの天幕に、ヨミが訪れていた。
順調に回復して、わずか2日で歩けるくらいに体力を戻している。
「ヨミ・・リュート様のおかげで、私は弟子を失わずに済むそうですよ」
「はい・・自分でも分かります。この身の内の魔瘴は・・もう、害を成しません」
「・・世界は広いものです。我々が必死になって魔瘴封じの呪陣を考えている時に・・その魔瘴を無害化する方が現れるとは・・」
「御師様・・この身の魔瘴が落ち着いた以上、私はここを離れようと思います」
「リュート様に許しを請いましたか?」
「・・いえ」
「ヨミ、命の恩は命で返すものです。貴女がここを離れると言うのなら、リュート様に許しを請いなさい。貴女の命を繋ぎ止めたのは、あの御方なのです。もしも、あの方が否と仰るなら、貴女はここを去ることは出来ません」
「しかし、私は・・」
「魔瘴を封じたならば自由だと?」
「いいえ、私は多くの獣人を魔獣に堕とした罪人です。この身の魔瘴がもう発動しないのならば・・」
「死を選ぶと?」
「・・・」
「繰り返しになりますが、貴女の命はリュート様のものです。命の恩をないがしろにする事は許しませんよ?」
「・・はい」
「それにね・・貴女が罪人だと言うのなら、その罪を生きて償うべきです。そもそも、貴女は10年間で御祓を果たしたのですから、もう罪人ですらありませんよ?」
「それは・・」
「それにね?今は3人だけなのよ?貴女が・・そしてリュート様がここを離れたりしたら、私は独りになってしまうわ」
「・・レナン達はどこへ?」
「この地を獣人の都に定めたは良いけど、今はただの荒れ地ですもの。土地の把握を兼ねて、魔獣狩りをしているはずです。平人の軍勢との遭遇戦も有り得ますから、足腰の弱い私は置いていかれたのですけど・・」
ウルがそっと目元を拭った。
「この上、愛弟子にまで置いて行かれるというのは、この胸にぽっかりと穴が空くようで何ともやりきれないものですね」
「い、いえ・・そんな、御師様を置いて・・そういうつもりでは無いのです」
「あら、でも、貴女は去ると申しましたよ?」
ウルが下からヨミの顔を見上げる。
「・・それは、そうなのですが」
「ああ、そうだわ!とても良い事を思い付きました!」
「御師様?」
「貴女、リュート様のお嫁さんになりなさい」
「・・えっ?」
「愛人だって良いのです。あの方の、身の回りのお世話をして差し上げなさい」
「それは・・」
「まずはお願いをしてみましょう。もしも、断られたなら・・貴女の申し出について考えてみましょう。生きて、魔瘴で苦しむ獣人達を助けるという行為以上の償いなど存在しないとは思いますけどね」
「・・魔瘴・・助ける」
「もしかしたら、リュート様はこの世にたった1人の魔瘴医かもしれないですよ?多くの獣人達が救われる可能性があるのですよ?あの方をお助けする以上にやるべき事があるというのですか?」
「御師様・・」
「貴女の生死などちっぽけな事です。そんな些末な事に悩む暇があるなら、どうやってリュート様に・・魔瘴医様にお仕えするのかを悩みなさい。あの方が獣人を見限るような事があれば・・我らは魔瘴から身を護る奇跡の御技を失うのですよ?事の重要性が分かりませんか?」
「・・いいえ、どれほど御礼を申し上げても足りないほどに・・リュート様には感謝しております。この身などいかようにも・・あの御方に差し出すことに何の躊躇いもございません」
「当然、そうあるべきです。少し、のんびりしたところは御座いますけど、とても良いお人柄です。何より、平人だの獣人だのと差別するところがありません。今の私達にとっては、本当に奇跡のような巡り合わせなのです。あの御人を手放してはいけません」
その時、どこかでか細い鳥の鳴き声のような音が鳴った。
「来ましたね」
ウルの表情が翳った。帝国兵だろう。こんな北の僻地まで意味も無く進軍して来るなど考えられない。
「よく、ここまで辿り着きましたね」
「御師様、どうしますか?」
「ヨミは、命に代えてもリュート様を御守りしなさい。私は呪人形を起こします」
「はい!」
頷いて、ヨミが天幕から駆け出て行く。
ウルは、西の方角へ視線を向けた。何の準備も無いままに、平人達が獣人の大隊をめがけて行軍してくるはずが無い。単純な銃撃戦や白兵戦では獣人兵の方が圧倒的に強い。
「この気配は・・」
ウルは杖を使いながら天幕を出た。
氷原に埋設してあった呪人形が次々に地面を割って起き上がり一斉に歩き始める。まだ見えないが、平人の兵隊は西の氷原から接近して来ているようだ。その中に、霊鎧の気配が混じっている。あれは、老いた今の自分では斃せない。
(少しでも足留めになると良いのだけど・・)
霊鎧が相手ではわずかな時しか保たないだろう。
せめて天候が荒れていれば良いのだが・・。
見上げた空は、最近では珍しいくらいに晴れて明るい。
(・・厳しいですね)
せっかく、獣人達にとって希望となる出会いがあったというのに。
よりによって、主力たるカーリーの部隊が留守をしている時に攻めて来るとは・・。
「霊鎧が相手なら、無駄に魔力は使えませんね」
ウルは片手を頭上にかざした。
不可視の障壁が周囲を幾重にも包み込んでいく。一つ一つの障壁は薄いのだが、何重にも重ねる事で簡単には破れない強靱な壁となる。
平人達がゴレムと呼ぶ呪人形は、氷で創り出している。
長銃弾くらいなら弾くくらいの強度と、平人の兵士を遜色ないほどの素早さを持った魔導の人形だ。数は15体。
(それでも・・)
霊鎧が相手となれば、一瞬で打ち壊されるだろう。
その霊鎧が2体も来ている。
彼我の戦力差は絶望的だった。
もう少し、あと半年前だったなら、奥の手とも言える呪技が使えたのに・・。
今となっては、ひたすら防ぎ続けるしか無い。
「守るばかりでは、どうにもならないのに・・」
ウルは小さく嘆息した。
「御師様っ!」
酷く慌てた様子で、ヨミが駆け戻ってきた。
「・・まさか!?」
ただならぬ様子に、ウルは愛弟子の顔を凝視した。
この子がここまで狼狽えるのは、あのお医者様に良くないことがあったに違いない。
「リュート様が居られません!周囲も捜したのですが・・」
「なんですって・・」
ウルは慌てて周囲へ視線を巡らせた。
ただ見ているのでは無い。魔術によって広く遠くまで見透している。
「・・見当たりません。人の熱があれば見逃すはずは無いのですが・・」
積み上げた防塁を蹴り崩すようにして、ゆっくりと巨大な甲冑がその威容を現した。身の丈は優に7メートルはあるだろう。鉛のような色をした甲冑の胸元に、帝国の紋章が飾られ、旧字体で数字が刻印されている。
「・・76番、2桁台の霊鎧が来ましたか」
ウルは緊張した声を漏らした。
随伴している霊鎧は1騎。100番台が刻んである。
「まだ、こちらを見つけていません。まず安全圏まで下がりますよ」
「しかし、御師様・・」
「私の見える範囲にはいらっしゃらないようです。急ぎましょう」
「・・はい」
ヨミが心配そうに周囲へ視線を配りながら、ウルに従って拠点にしていた古都の廃墟から外へと続く道を歩き出した。肩には長銃を、腰には剣を吊っている。この中で、まともに肉弾戦が出来るのはヨミだけだ。ウルは術者に特化している。
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