第6話 色々と大変だったらしい

「いやぁ、それは・・なんだか迷惑かけちゃったね」


 俺は居並ぶ女獣人達に謝罪した。


「いや、何を言ってんだい!あんた・・じゃなくって、先生にはみんなが助けられたんだ。なのに、捕まって牢屋に入れられたって聴いてさ。なんとかしなきゃって、あちこちに所在を訊いて回ったんだ」


 俺が捕まった後、この女獣人達は心配をして嘆願書を出したり、差し入れをしようと牢の場所を捜してくれていたらしい。


 心温まる再会話なのだが、俺としては、今はそんな思い出話よりも食事である。

 出された食事をもりもりと口に押し込み、熱いスープで流し込む。

 しゃべれない俺に変わって、カーリーがざっくりと事情の説明をやってくれた。自分たちの大隊付きの軍医になると聴いて、女獣人達がわっと歓声をあげた。


 嬉しいことだ。帰れとか罵声を浴びせられたらどうしようかと思っていたのに・・。


「ん・・ああ、あんた、お腹が串刺しになってた人だよね?」


 ようやくお腹が落ち着いて、俺はふと気付いて女の一人に声を掛けた。


「はい。おかげで、命を拾いました」


 女が笑顔で片膝を着いて一礼する。黄金色の髪をした二十歳前後の綺麗な女性だった。兎のように長い耳がぺたんと垂れている。そういう獣耳らしい。あの時は、無惨な状態で容貌を気にする間も無かったが・・。


「串刺し?」


 カーリーが聞き咎めて女の一人に訊ねている。すぐに女達がやたら克明に説明した。


「まったく・・なんて話だい。いや、さっきまでの治療を見てなけりゃ信じられないけど・・そうか、あんたがシーリンを助けてくれたのか」


「いやぁ、吹雪で道に迷ってね・・落ちてた車を借りて走ってたら、この人達のキャンプに着いちゃって」


 強引に治療させられた経緯を話す。


「あはは、あの時は失礼しちゃったね。てっきり、軍医さんが来てくれたんだと勘違いしちゃってさ」


 大女が笑いながら頭を掻いた。


「よし・・食事もとれたし、残りの人達も診ようかな。あの時とは違って、今は軍医っぽい何かだからね」


 カーリーに食事の礼を言いつつ、俺は次の患者の横へと移動した。


「それでさ、ついでと言っちゃなんなんだけど・・」


 大女が天幕の先を指さす。


「もしかして・・追加?」


「うちの連中も、ここへ来るまでにだいぶやられちゃってね」


「分かった。お腹いっぱいだから任せてくれ」


 俺は患者の容態を見ながら言った。


「ただ・・順番にしか診れないから。順番抜かしは出来んよ?」


「うん、分かってるよ」


 そう言うと、女達は連れだって外へと出て行った。後ろをカーリーもついて出てくる。


 *****



「ちょっと、レナン!」


「なに?」


「あんた、すんごいの捕まえたじゃん!」


 カーリーが嬉々とした顔で大柄な女の腰を抱いて話し掛けた。


「ああ・・治療を見たのかい?」


 レナンと呼ばれた大女がにんまりと相好を崩す。


「こう言っちゃなんだけど、本物の治癒術なんか初めてだよ」


 獣人はもともと魔術が苦手である。身体を強化する術には適性があるのだが、身体の外に放出して他者に影響を及ぼす術はほとんど使えない。


「あたしは、どうも治療の現場が苦手で見てなかったんだけど・・この子が、ああ・・ヨミって言うんだけど、ずっと付き添って見てたんだ。かなり乱暴なやり方みたいだけど、ちゃんとみんなの傷が治ったんだよ」


 レナンが少し離れた位置を歩く、細身の若い女を見ながら言った。隙無く軍服を着ている、冷徹な双眸をした美人だ。レナンの言葉に、無表情ながら何度も小刻みに頷いて見せる。


「あれを見せられて、久しぶりに鳥肌立っちまったよ。ありゃあ、一種の化けもんだね」


「そうね・・ただ、化け物はやめとくれ。とびっきりの宝物って言って欲しいわ」


 レナンがカーリーを見下ろしながら笑った。


「宝・・・確かに宝だ。何が何でも手放しちゃ駄目だよ?がっちり捕まえておきな」


「もちろんさ。もう逃がしゃしないよ。なぁ、ヨミ?」


「逃がしません」


 ヨミと呼ばれた若い女がしっかりと頷いた。


「で?あんたのところは何人残った?」


 カーリーがちらと見上げる。


「怪我人の復帰がどの程度か分からないけどね・・やれそうなのは27、8人といったところさ」


 応えるレナンの声が苦い。


「だいぶ、やられちまったね」


「龍種が出たんだ。まだ残った方さ」


「龍種・・地走龍かい?」


「いや、地龍の亜種みたいだった。でかいよ」


「・・ついに、そんなのまで出てきちまったのか」


 親指の爪を噛みながら、カーリーが顔を歪めた。


「銃槍41本かけて、やっと仕留めたんだけど・・ありゃあ、まだ幼龍だったね」


「帝都の方も危ないらしい。もう伝令も届かなくなったし・・いよいよかねぇ」


「・・うちらは、いつでも良いよ。とっくに腹はくくってる」


「ああ、うちの隊も全員が賛同した。そして・・あいつさ」


「お医者さんだね」


 レナンが頷く横で、ヨミという若い女も頷く。


「回復が望めないままじゃ、どうしても先細っちまう。どうしようかと悩んでたんだけど、あいつが居ればやれるよ」


「平人なのが惜しいけどね」


「それは、あたしも言ったよ」


「ただ、あいつには、平人も獣人も無さそうだ。変に黙ってるより、話して誘った方が良いと思うんだけど、どうだい?」


 カーリーがレナンとヨミを等分に見ながら提案した。


「・・そうだね。確かに妙に腹が据わってるし、案外、あっさりと頷いてくれるかもね?」


 レナンがヨミの方を見る。


 無言で考えていたヨミだったが、ややって小さく頷いた。


「説得できそうかい?」


「やります」


「うん・・おまえに任せるよ」


 レナンの言葉に、ヨミが真剣な表情で首肯した。


「あいつへの報酬とか、必要な物は言ってくれ。うちの隊は、多少は物資が優遇されてんだ。使い道の無い金なら余ってるし・・」


 カーリーに言われて、ヨミがもう一度頷いた。


「あの人の要求、すべて受け入れます」


 ヨミが決心した顔で言った。



 *****



 その頃、話題の人は、治療を終えた患者の横でいびきをかいていた。いい加減なようで、運び込まれた患者全ての治療を終えていた。


 患者の女性が安らかな寝息を立てている。その足元で、わざとかどうか・・衣服を切って剥き出しにした太股を枕に、某軍医少尉が眠っていた。なにしろ床に毛布を敷いただけの天幕内だ。横になると、ちょうど患者の身体が良い枕になる。いや、ちゃんとふくらはぎの傷には包帯を巻いてますよ?


 顔がにやけきっているとか、患者の胸元に伸びた手の位置がおかしいとか、そういうのは見なかった事にするのが大人の礼儀というものです。

 お腹がいっぱいになり眠気に襲われながら懸命に治療を続けた末の、ほんのお茶目な出来心なのだ。そこに頂があれば登りたくなるという登山家に通じるアレなのだ。


 どうせ倒れるなら前のめり。

 男子の本懐を胸に秘め、俺は軍医少尉としての第一歩を踏み出したのだった。

 いや、踏み出そうとして力尽きたのだが・・。

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