第5話 また、会ったね。
「本当に、医者がやれたんですな」
とは、ラストン軍曹の感想である。
「無資格だけどな」
俺は、さっそく獣人部隊の治療をやらされていた。
まだ49大隊は合流していない。治療をしているのは第2師団子飼いの獣人兵団の面々である。
裂傷、骨折、臓器破損、出血過多による失調、毒息で眼や肺をやられた者、片腕を食いちぎられた者・・・。
(こんな適当な治療で良いのかねぇ?)
例によって、酷く乱暴な事をやらかしているのだが、不思議なくらい治療できている。
「やってるかい?」
獣人兵団の女少尉が顔を見せた。名をカーリー・ウィ。獣兵団では古参らしく、ラストン軍曹とも共同で戦場を転戦したことがあるそうだ。ラストン軍曹達は俺の事をカーリーに引き継いで去って行った。
「怪我人多すぎだろ」
「まあね。ちょっと遭遇戦が続いたから・・・ふうん?」
「なんだ?」
「なんだか、みんな元気そうじゃないか?」
「そりゃそうだ。治療したんだから元気にならないとおかしいだろ?」
「・・まあ、そうかな?あたしも、あちこち行ったけど、前線の診療所なんて墓場に入る前の安置所みたいなもんだったけどな」
「怖いこと言うなよ・・そりゃ、無くなった腕とかは生やせないけど。切ったり貼ったりくらいは・・だいたい出来てるだろ?」
「ああ、十分だ。どうだい、みんな?これがお医者様ってやつだぜ?」
カーリーが笑いを含んだ声を張り上げると、診療所になっている天幕のあちこらこちらから明るい感謝の声があがった。
「まったく、平人なのが惜しいねぇ」
「監獄あがりだけどな」
俺は治療をしながら、ざっくりと身の上を話して聞かせた。何となくだが、その辺を探られている気がしたのだ。悪いと思っていないので、隠す必要など一片も無い。ぺらぺらと話して聴かせた。
「なるほどねぇ・・もぐりの医者ってことかい。こんな最果てに送られる訳だね」
「腕は悪くないだろ?だいたい・・まあ、概ね治ってるんだから」
俺は口を尖らせた。
「あはは、文句なんか無いよ。腕が確かなのは分かったからね。ただ・・3年経っても、あんた、医者の資格なんか貰えないよ?」
「まあね。いちゃもんつけられて取り上げられるんだろうな」
「ふうん・・その辺は分かってんのかい」
「そりゃあね。俺もそこまで楽しい頭をしてないよ。何度も騙されて来たんだからね」
いつもの、ざっくりとした手際で包帯を巻き終えると、
「はい、終了!」
獣人の男の脚をひっぱたいた。
「これで明日も戦えますか?」
男が食い入るように見てくる。
「そりゃ大丈夫だろ。骨の破片を並べるのが面倒だったけど・・一晩くらいしたら骨くらいは治る。ただ、毒で腹の中が痛んでたから、しばらく食い物は半分だね」
「おおお・・・感謝します!」
やけに熱っぽい眼差しで礼を言われ、俺は疲れた腰を擦りつつ次の病床へ移動した。
「砕けた骨が一晩で治るのかい?あいつ、猿に棍棒で殴られたから、膝から下が粉々だったろ?」
カーリーがついてくる。
「治ったじゃん?」
「じゃん・・って、まあ・・いや、あんた凄いな。いったい、何がどうなったら、こんな凄腕が前線に来るんだい」
「帝都の医師には、ちぎれた手も生やすのが居るんでしょ?さすがに、そいつらには負けるよ?」
「はは・・あんなの噂ばっかりで本当かどうか分かったもんじゃないよ」
「そう?」
俺は、次の怪我人の前に座り込んだ。食いちぎられたのか、腹が半分くらい裂けて肋骨と臓器が見えている。
「また派手だね・・俺、今から食事なんだけどなぁ」
こんなの見せられちゃったら食事が不味く感じるじゃないですか。
ぶつぶつ言いながら、消毒液でじゃぶじゃぶ洗い、呻く患者を無視して骨をぐいっと動かし、臓器をよいしょと押し込む。指先で表面を擦りつつ傷を探し、裂けた箇所は塞ぎ、軟膏を塗り込んだりしてから、魔術によって失われた皮膚を再生してゆく。
「生きてる?」
どしどしと患者の頭を叩くと、どこかへ逝きかけていた男がはっと眼を見開いた。ほぼ恐怖に震える視線で俺を見てくる。
「ん・・おめでとう。君は死にませんでした」
お腹周りを水で濡らした布で拭って、あわあわと声に出して欠伸をする。
「・・あれで死なないのかい」
カーリーが信じがたいものを見る目で、狼狽える患者と俺を交互に眺める。
「死ぬときゃ死ぬ」
「そりゃそうさ・・ってか、あれは普通に死ぬだろ?」
「生きたじゃん」
「・・うん、生きてる。いや・・あんたたいした奴だ」
「俺の食事、誰か食べちゃったりしてないよね?もうすぐ終わるから、ちゃんと取っておいてよ?」
大変重要な事なので、しっかり念を押しておく。こっそり誰かが食べちゃっている可能性があるのだ。食事しか楽しみが無いのに、その食事を取り上げられたら、ふて寝しかない。
「大丈夫さ。誰も、あんたから取りやしないよ」
「なら良いけどさ・・ああ、怪我は治せるけど、気持ちの方は無理よ?怖くて戦えないとか、そういうのは治せないからね?」
「問題ないさ。あんたに、そんな手間はとらせないよ」
カーリーが苦笑して首を振った。
次の患者は外傷は無さそうだったが、もう顔が土気色をしていた。震えもきているようだ。
「ああ・・これは、毒?」
俺はしゃがみこんで、首筋や手首を触る。
「・・眼鼻に喉、肺もやられたみたいだ。もう逝っちまったね」
「う~ん、まだ息はあるな・・これ、ちょっと手がかかるか。あぁ・・ええと、申しわけないんだけど、俺の食事を持って来て貰えない?ここで食いながらやる」
「・・こんなの助かるのかい?」
「え?そりゃ分からないけど、五分五分?」
「ここまでなってて・・五分もあるのかい?」
「まあ、この人、生きたがってるからね。死にたいって人は無理だけど。生きようって人なら、いけるかも?」
「そうかい・・ああ、すぐに食事を持ってくる。頼んだよ」
「もぐりの医者を信じたまえよ」
俺は小さく笑いながら、男の太い首から背中へと指を這わせる。消えかけた命をぎりぎりでつなぎ止めている意思・・毒に冒された肉体の中でまだ死に抗っている部位を探り、指圧と按摩で支援をしてあげるのだ。治癒の魔術よりも、こちらの方が専門だ。五分五分とは言ったが、絶対の自信があった。
指先に感じる命の流れ・・。
体組織の呼吸を感じ、悲鳴を感じ取る。
「毒なんかに負けんな、男の子ってね」
患者の大男をひっくり返し、背骨に沿って指圧してゆき、首筋から頭の付け根、頭蓋骨を圧す。脇から胸乳の下まで圧してから仰向けに戻して、肋骨周りから下腹部へと指を伸ばす。
「うっし・・治癒術いくぜぇ」
ぶつぶつ独り言を並べながら、眼の周りと鼻、そして喉から胸元へと指で圧していった。
仕上げは・・
「こらっ!起きろっ!」
怒鳴りながら握った拳を鳩尾へと叩き付ける。
途端、男が噎せ返って身を折り、げぇげぇと口から液体を吐きながらのたうち回った。
「て、てめぇ・・って、あ、あれっ?」
獣人の大男が両手を目の前にかざして驚愕に眼を見開いた。
「見える?」
「・・あ、ああ・・見える・・見えるぞ!?」
「鼻、喉の痛みは?」
「・・いや・・なんともねぇ・・」
呆然とした顔で、男が自分の体を眺め回し、喉を擦っている。
「おめでとう。君は死にませんでした」
俺はふふんと鼻を鳴らして胸を反らした。
さすが俺だ。指圧に関しちゃ天下一品。毒なんかに負けないぜ!
「って・・俺の飯はぁ?」
恨めしそうにカーリーを捜そうと振り返ったそこに、食事を載せた盆を持ったカーリーや他の女獣人達がずらりと並んで見守っていた。
「あ・・あれ?」
どこかで見たような女達である。
「生きてたんだ」
ぽつんと呟いたのは、いつぞやの軍服を着た女獣人。牢獄に入れられる前、吹雪の中で辿り着いた軍事キャンプの女達がそこに居た。
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