第3話 軍医上等
どこかに居るかもしれないお父さん、お母さん。俺、軍医になりましたよ。
どういうインチキ技か知りませんが、正規の医者としての登録証まで貰いましたよ?なんでも、正式な資格が無いと軍医にはなれないそうです。なので、資格を与えると・・・なんか、順番色々と逆ですよね?
人を詐欺だのモグリだのと追いかけ回していたくせに、あっさり資格を与えて軍医やれって話ですよ?
医者が足りないんだそうです。
医者というより医療関係者と枠を拡げても足りないそうです。
なので、超法規の荒技で、強引に医者を増やしているそうです。
ただ、俺の場合は総てが無理矢理過ぎて、さすがに・・・と横槍が何本も入ったらしく、特務地域(最前線)付きで3ヶ年を経過して後、正式な資格として認定するというもので、その3ヶ年については平人の治療を禁ずるという但し書きが付いている。軍総司令部付きの監査委員による正式文書だった。
つまり、3年ぎりぎりで医者の資格を取り上げますよ、3年の間は獣人兵士の治療しか認めませんよという事だ。
普通なら気分を悪くする内容だが、志の高い俺にとっては御褒美だ。
つまり、3年は逃げ回らなくても軍の飯が食えますよ。暖かい毛布で眠れますよということだ。何という御褒美か。
治療?そんなの適当にやっていれば良いじゃない?死ぬ奴は死ぬし、生きる奴は生きる。良い医者だから助かるとは限らないし、悪い医者だから死ぬとも限らない。そんなものなのだ。何しろ、戦場まっただ中なら大変な手術をやるような事は無い。ひたすら洗って切ったり縫ったりだ。
(ようし・・いける!)
俺は勝利を確信した。
どうせ医師資格は何だかんだ言って取り上げられる。なら、この3年間を前向きに楽しんでおかないと損だろう。
正式文書を念入りに読み(無学なので、少し時間がかかる)、一字一句を読解し、推考を重ねた結果として、俺が全容を把握するまで少々の時間を要した事は許して欲しい。
どう転んでも損は無い。
ふむ・・と、俺は小さく頷いてから、じっとこちらを見守っている年若い将校の方を見た。年若いと言っても、もちろん俺よりはずいぶんと上だ。二十五、六歳か、もっと上かもしれない。青年将校といったところか。
くどいようだが、俺は十六歳だ。もうじき十七歳になると思われる。捨て子なので誕生日とか知らんし・・。
さて、どう喜びを伝えたものか。軍隊式というのはよく知らないが、何かの様式美を大切にしている組織だという理解はある。喜びを抑え、より苦しみを望む口調で告げるべきか?
迷いが顔に出そうになったので、俺はひとまず書面へ視線を戻した。
(いかん、いかん・・俺としたことが)
自分を落ち着かせる間を取るため、俺は意味も無く文書の裏側などを確かめる。厚みのある手触りの良い紙だ。さぞかし高価だろう。
「無論・・」
いきなり青年将校が口を開いた。
「軍属としての身分は保障される。軍人としての・・平人としての給金は約束される。ああ・・君は監察中とは言え、軍医の職務を担うのだ。異例の待遇とはなるが、突槍兵付きの軍医曹長として軍医見習士官となって貰う。なお、3ヶ月後には軍医少尉としての軍医将校としての待遇が約束されている」
こちらを射貫くような眼光で告げる青年将校の口元を、俺はじっと眺めていた。
「一つ、お訊きしたいのですが?」
不遜にとられない程度に、物静かな口調で訊ねた。
「質問を許可する」
「敵はどの程度でしょう?」
ここが問題だ。敗色濃厚なら、行かされる先は地獄だ。ゆるやかな撤退なら、ぼちぼち生き残れる。ぼろっぼろで崩壊中なら行った先が壊滅してましたという事もある。
「魔物の総数は掴めていない。北方の・・我々が守備している地域に限って言えば、6千から7千といったところか。灰毛巨猿を中心に、人喰い鬼、さらには魔狼が散見される」
「・・魔物が・・ね」
俺の背中を冷たい汗が伝った。
いや、意味が分からない。魔物って何だ?こいつ、灰毛巨猿とか、当たり前のような顔して言っていたけど、どこかの伝承とかに出てくる奴じゃ無かったか?人喰い鬼?魔狼?正気で言ってんのか?
「君も・・いやもう軍籍だから。率直に伝えようか。貴様も見聞きしていると思うが、かねてより調査させていた地下迷宮から魔物が溢れて5年が経つ。全国各地で同時多発的に溢れ出た魔物達によって、我ら帝国のみならず、友邦の国々が多大な損害を被り、今なお各地、各領が寸断の憂き目にあっている」
(いや・・全然、知りませんでしたよ?)
「帝都に損害が出るほどの数だったのだ。国境の要塞施設もその大半が機能を失って久しい」
(おぅふ・・帝都がやばいとか、もう終わってんじゃね?)
いったい何が起こっているのか。
「それでも、帝都の護りは大丈夫なのでしょう?」
俺が訊ねると、
「概ね、戦線の維持は出来ている」
恐ろしい解答であった。
(・・・えぇぇと?)
つまり、帝都も戦地だということか?
(いや、意味が分からんけども?北辺のこの辺りも戦地で・・遥か南西部にある帝都も戦地?)
俺は眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「犯罪人の貴様を釈放し、軍医として徴発する・・この一事をもって察しろ」
青年将校の眼光がいよいよ厳しい。
「まあ・・出来ることしか出来ませんからね」
俺は意味不明なことを呟きつつ、手にした紙を折り畳んだ。
「あちらは、霊鎧も数が揃っている。大型魔獣への対応も問題無い」
「れいがい・・ええと、こちらの戦線には?」
聞き慣れない単語だ。何かの兵器だろうか。
「・・鋭意、増強中だ」
青年将校が初めて視線を逸らして形ばかりの書棚へ向けた。
あぁ、これは駄目だ。その強そうな武器だか武装だかが、北部には足りて無いってことだ。
大型魔獣と言っただろうか。本当に、いったい何が起こってしまったのか。
「さて、まずは軍服からだな。そのなりでは病人と間違われる」
青年将校が俺の粗末な貫頭衣を眺めて言った。
(いや・・思いっきり怪我人ですけどね)
俺は自分の格好を眺め回して、小さく息をついた。
「副官?」
青年将校に呼ばれて、壁際に控えていた若者が進み出た。綿地の丈夫そうな背負い袋と真新しい黒革の鞄を持っている。
「着衣や医療器具だ。その他の支給品は引換券を持って配給所へ行け」
「承知しました」
小さく頷いて、俺は副官の方を見た。二十歳になったかならないか。金髪に碧眼、涼しげに顔の整った、なかなかの美男子だ。
だが、俺を見る眼の中に、侮蔑が込められているのはいただけない。
(ふっ・・青いな兄ちゃん)
俺は温和な笑顔で礼を言って荷物を受け取った。
「ああそうだ。貴様の軍隊教練のために、指導役としてラストン軍曹をつける。後ほど、貴様を訪ねて行くよう命じた。曹長の貴様を軍曹が指導というのもおかしいが、北軍も人手が足りていない。そこは我慢しろ」
「問題ありません」
俺は無表情に頷いて踵を返すと部屋をあとにした。
そう言えば、今の2人がどこの誰さんなのか聴かされなかったが、軍隊とはそうしたものだろうか。
やたらと天井の高い廊下を歩きつつ、俺は物珍しげに壁に掛けられた絵画を眺めた。何階建てか知らないが立派な館の中である。外は寒いのだろうが、館の中はずいぶんと暖かい。
足首まで沈みそうな絨毯が敷かれた廊下の突き当たりに扉があり、剃り上げた頭に大きな傷のある筋肉だるま・・もとい、大変に体格が良く、犯罪者顔負けな迫力のある面貌をした男の人が待ち構えていた。
まさかの暗殺?
そう思ったくらいに危険な雰囲気である。たぶん、あの腕なら、俺の頭を掴んでねじ切るくらい簡単なことだろう。
「ルカス少佐より曹長の教導役に任じられました。ロック・ラストンです」
火傷で失われた眉の下で殺意に充ち満ちた眼玉が見下ろしている。
「あぁ、軍曹か。話は聴いている」
俺はふんと鼻を鳴らして壁の絵を見やった。ほぼ豊満な裸の女性が身をくねらせて横たわり、籠に入った果物へ手を伸ばしている様子だ。
「あれは、何という作品かな?」
「・・自分は軍人ですので」
「そうか」
俺はちらと扉を見た。
「開けてくれないか?生憎、両手が塞がっている」
「・・これは失礼を」
火を噴きそうな形相のまま、ラストン軍曹が扉の把手を摘まむようにして押し開けてくれた。
「曹長は絵画にお詳しいのですか?」
「いや、まったく」
「・・お名前を伺っておりません」
「え・・あっ!」
俺は慌ててラストン軍曹を振り返った。
「失礼をした。俺はユート・リュート。つい先日まで牢獄に入れられていたモグリの医者だ」
名乗ってから、前を向いて歩く。
「しかし、偽物の医者まで引っ張りだして曹長だの軍医だの・・この北部戦線は大丈夫なのか?」
「軍人は命じられた任務を遂行するのみです」
「・・そうか」
俺は白いもやのように煙った空を見上げた。陽光がぼんやりと遮られて真昼だというのに薄暗い。
「俺は獣人兵の専属になるそうだが、任地はここじゃないんだろう?」
「北へ20日ほどです」
「ふうん」
もっと寒いのかな、などと呟きつつ俺は見えてきた兵舎を眺めた。
先ほどの建物とは違い、焼け落ちた家屋を補修して簡易の屋根をはった建物になっている。
「配給品の受け渡し場はあの向こうです」
ラストン軍曹が指さして教えてくれた。
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