昔の話

 もう、三年前になると思う。

 『アレ』と俺達が原因で、星降ほしふる村が消滅したのは。



 俺達兄妹は、確か……そう、物心つく頃には、次世代の星降の守護者となるために、様々な事を教えられていた。

 俺は異物と戦い、戒めの鎖である『アブソープションドキュメント』を使いこなす『戒めの戦士』になるために。

 ウタコは、鎖の使い手と異物を清める『清命之歌きよめのうた』を歌う『浄めの巫女』になるために。

 俺達は、『自分達にしか出来ない事を出来るようにするために』徹底的に鍛えられた。遊ぶ時間も殆ど与えられなかったからか、同年代の子ども達の顔を覚えていない。まあ、そのおかげで今生きていられるのだけれど。



 件の『アレ』が現れたのは、三年前の早朝だった。雲一つない、吸い込まれるような青空だったと記憶している。

 俺達は成長して、ある程度は力を使えるようになっていた。それでも未完成ではあったし、今でもそうなのだが。

 俺とウタコが早朝の修業が始まる前の時間に外で空を見上げていたら、突然視界が漆黒に染め上げられた。本当に何の前触れもなく、『アレ』は現れたのだった。

 村一帯を多い尽くす程の大きさの漆黒は、村に向かって音もなく、猛烈な勢いで落ちてきた。落ちてきているのは、山の方に微かに見える空の幅が狭まっていたからだった。

 音がなかったからか、当時の師匠も、大人も、子どもも、ちょっとした事で大泣きする赤ん坊すらも、誰も気付かず、起きてこなかった。

 俺とウタコは最初唖然として、状況を理解してからは寝ている皆を起こそうと大声を上げようとして、そしてすぐに間に合わない事を悟った。

 『アレ』が俺達に向かって迫り、その過程で家の屋根を押し潰し始めたからだった。村の家は、まるで最中もなかでできているかのように簡単に潰れた。

 もう逃げるのは間に合わない、そう思ってウタコを抱き寄せた、その時だった。

 ウタコが俺の前に立って、まだ少ししか歌えない『清命之歌』を歌ったのだ。

 最初は『アレ』の動きを鈍らせていたが、すぐにウタコ自身が堪えきれなくなり、『清命之歌』が暴発した。

 ウタコを中心に光の大奔流が発生し、俺達はそれに飲み込まれた。



 気が付くと、俺達は倒れていた。

 周囲を見渡すと、俺達が倒れているのは巨大な穴の中心という事がわかった。思い返すと、隕石が落ちた後によく似ていた。

 俺はウタコの体を揺さ振り、ウタコを起こした。

 目を覚ましたウタコは、開口一番にこう言った。


「あなたは誰ですか? …………私、は?」



 ヒノキはゆっくりと目を開け、まばたきをして意識を覚醒させた。上体を起こし、何度か首を左右に振る。

 窓に嵌まった障子越しに外からは、妖怪達すら眠っているらしく、月明かりと静寂が差し込んでいた。活動を始めるには、まだ早い。

 左隣を見ると、ウタコが小さく寝息を立てて眠っていた。


「…………」


 ヒノキは、ウタコの少女にしては短い髪をそっと撫でた。その表情には、悔しさと哀れみが入り交じっていた。


「…………ごめんな……あの時、俺にもっと力があれば……ごめんな……」


 ヒノキはそう言うと、再び眠りに就く事にした。



 その翌日、それは起こった。

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