第十三話 決意と逡巡と・2

「マジかよ――そりゃいくら何でも冗談キツいぜ、デューイさん!」

「気は確かかい、デューイ? 敵国の傭兵に身辺警護を一任してるなんて!」

 言葉を失ったユダを押し退け、猛然とデューイに詰め寄ったのはヴァイスとエスターであった。

 穏やかだった先頃が嘘のように、二人は怒りすら伺えるほどの険しい顔付きでデューイを睨み据えている。

 ところが、噛み付かれた当人にさほど怯んだ様子はない。顔色ひとつ変えることなく悠然と、デューイはいきり立つ候補者たちを見つめていた。

「確かに彼は元傭兵だが、騎士ではなかった。つまりは、金で雇われた身――アルスノヴァとは利害関係が一致していただけにすぎなかったということだよ。我々がいち早く声を掛けることができていれば、彼はこちらの味方になってくれていたかもしれないんだ。心まで敵国に売り渡していたわけではない以上、過去の経緯に捉われる必要はないと思うけれど?」

 諭すような諌めるような、静かな口調だった。言われてすぐさま、二人の候補者は同時に顔を見合わせる。

 その面持ちからは既に、いっときのような怒りの色は消え失せていた。しかし、二人の目元には未だ、動揺と不信とがせわしなく飛び交っている。

「……まあ、言われてみればそうかもしれませんね。そもそもアルスノヴァはもう滅びている訳ですし、今更敵だの何だのと議論する必要があるとは思えません」

 黙り込む二人に代わって口を開いたのはガラハッドであった。淡白に言い放った彼は、納得したように深々と頷いている。

 単純に、目先の意見に合点がいっただけのこと。結果としては同等だが、相棒自身にはおそらく、デューイの肩を持ったつもりなどないだろう。

 渋々ながら納得することに決めたのか、相棒の冷静な意見を聞いたヴァイスは、開きかけた口元をぎゅっとつぐみ、代わりに小さく息を吐いていた。

 ところが、一方のエスターに対しては、真逆の感情をあおってしまったようである。

「そういう問題じゃない――そんなに簡単に割り切れるわけないだろ! 納得しろって言う方がよっぽどどうかしてるよ!」

 激情を爆発させると、エスターは全身からびりびりと威圧感をほとばしらせ、ガラハッドの目前に詰め寄っていた。

 明け透けなほど鋭い敵意の込められた双眸は、相棒のみならず、その傍らにいたユダをも鋭く射すくめている。

「君たちのような流れ者に、所詮僕らの気持ちが理解出来るわけないんだ」

 蔑むように冷たく据わった二つの目が、動揺に顔付きを強張らせるユダの姿を、鏡のごとく映し出していた。

「ちょっとエスター! そんな言い方――」

「ラナ、君は何も感じないの? あいつはあの刀で、数え切れないほど僕らの同胞の命を奪ってきたんだぞ!」

「そ、それは……そうかもしれないけど」

 いつもの強い口調で割って入ろうとするも、尋常ならざるエスターの剣幕に、さしものラナもすっかり押し負けている。

「金のためならその手を血に染めることさえ厭わない蛮族どもに、騎士になる資格なんてあるはずがない。そんな馬鹿げた理屈は、絶対に認めないよ」

 エスターの眼光には、底知れぬ憤怒の色が宿っていた。そこにはもう、あどけない少年の面影など欠片も残されてはいない。

「僕、やっぱり今回の試験は辞退させてもらうよ。推薦してくれたカイル兄さんには申し訳ないけど」

「え、何でよ? ちょっと、待ちなさいってば……!」

 慌てたラナが引き止めるいとまもなく、エスターはすぐさま踵を返し、ホールの出入口へ歩き出していた。

「ま、待ってよエスター!」

 気が付くとユダは、夢中で声をあげていた。がむしゃらに地を蹴り、そのまま滑るようにエスターの進路へ立ち塞がる。

 視線を交えるや否や、またしても彼は、あの射すくめるような目遣いでこちらを睨め付けていた。

「まだ何か用かい、ユダ。僕にはもう、これ以上議論する気はない。こんなことは、議論する以前の問題なんだよ」

「エスター……」

 元より、深い思慮があったわけではない。この後に及んで、彼を言葉で説き伏せられるなどとは思っていなかった。

 だけど、伝えたい気持ちがあることだけは確実なんだ――!

 想いを噛みしめるとともに眼差しを固くしたユダは、一歩たりと引くことなく、エスターの睥睨を受け止めようと心に決めていた。

「エスター。確かにアルスノヴァの人たちがトランシールズの人たちにしてきたことは、到底許されることじゃない。憎むのも当然のことなのかもしれない。でも、今はその時じゃないよ。王国の平和のために、今は一人でも多くの協力者を集めなくちゃ」

「でも」と反論しかけて、エスターは力なく首を振る。金色の睫毛に縁取られた大きな瞳は、未だどんよりと晴れないままだ。

「それに、君の言ったようなことはきっと、彼はもう充分に理解してるはずだよ。それでも彼は、この国で騎士になろうと思ったんだ。憎まれることも蔑まれることも、全部承知の上でここに居るんだよ。その気持ちを汲み取ることは出来ないのかな?」

 ――想いの半分さえ、言葉に出来た気がしない。

 けれどユダは、瞬きする間も惜しみながら、少年の澄んだ空色を辛抱強く見つめ続けた。

「ユダ、君は――」

 僅かに口を開きかけるも、エスターは湧き出した思いを断ち切ろうとするかのように、再び首を振った。

「やっぱり君は、何も分かっちゃいないね。分かっていないから、そんな風に薄っぺらい理想ばかり並べられるんだ。アルスノヴァの侵略行為に加担していた人間と仲良しごっこなんて、想像しただけで吐き気がする」

 氷刃のごとく研ぎ澄まされた声音が、ユダの胸を深々と抉っていた。

 想いは届かなかったのだろうか――落胆に言葉を失った僅かの隙に、エスターは無情にもユダの脇をすり抜け、再びホールの出入口へと歩き出してしまった。

 振り向きざまに見た少年の背中は、あらゆる他を拒む障壁に阻まれているかのように、途方もなく遠く感じられた。


「何なのよアイツ――いつもいつも、変なとこにこだわるっていうか、頭固いっていうか!」

 エスターのくぐり出た大扉をぼんやりと見つめていたユダの後ろで、ラナの怒気に満ちた声がぜる。

「そんなに気になるなら、追いかけてあげたらどうなんです?」

 そこへすかさず絡んできたのは、ほんのりと語調を弾ませたガラハッドである。振り返ったユダに、相棒はにやりと嘲るような笑みを向けていた。

「い、嫌よ……何であたしがそこまでしないといけないわけ?」

「だって、気になるんでしょう?」

「あんなに怒ってたらフツー気にするでしょ! それよりもその気持ち悪い顔、やめなさいよ! ムカつくのよ!」

 両手両足をばたつかせ、躍起になって申し開きを並べ立てるラナ。対するガラハッドは、「あーうるさい」などと耳に蓋をして言いながら、彼女の狼狽を楽しそうに見つめている。

 そうしてひとしきりニヤついた後、彼は唐突にデューイの方へ向き直り、隔靴掻痒するラナをにべもなく放り出していたのだった。

「それにしても……トランシールズは元々、移民や流民の受け入れには寛容な多民族国家だったわけですから、彼のような思想の持ち主は比較的少ないものだと思っていました。しかし由緒ある生まれの方の中には、まだまだ古臭い考えを捨て切れない方もいらっしゃるようですねえ」

 彼の指摘する“由緒ある生まれの方”の中には、デューイのことも、そして傍らで怪訝げに眉を寄せたレヴィンのことも含まれているはずである。

 痛いところを突かれたとばかりに苦笑を呈し、デューイは後ろ髪をくしゃりと掻いた。

「それだけこの国の民たちが、永きに亘ってアルスノヴァの蛮行に苦しめられていたということだよ――残念ながら、新体制への意志の統一は、今後の課題でね。古参の者の中には、エスターのような考えを持った者もまだまだ多いんだ」

「なるほど。それで僕らのような流れ者を、わざわざ守護騎士に取り立てようとお考えになったわけだ。まずは上層から浸透を図ろうという魂胆ですか」

「打算がなかったと言えば嘘になるかな。我々には、一日も早い復興を推し進めなくてはならないという大義があるからね」

 そろそろ二人の間では、手始めにガラハッドが辛辣を飛ばし、デューイがそれを穏やかになすというやり取りが通例化しつつある。

 言葉尻だけを捉えれば一見殺伐としているようだが、この二人の場合、案外とそれで噛み合っているように思えるから不思議だ。

 相棒の口回しに惚れ込んだというデューイの何とも奇特な発言は、どうやら嘘ではないらしい。今更ながらユダは、それがようやく分かりかけてきたような気がしていた。


「すまなかったな、ユダ。それにガラハッドも。まさかあいつが、あんなにも意固地になるとは予想もしていなかった」

 脇で繰り広げられる舌戦――と言うにはいささか一方的ではあるが――に気を取られていると、いつの間にかユダのもとへレヴィンが歩み寄ってきていた。こちらへ頭を下げたレヴィンの面持ちには、沈痛の色が浮かんでいる。

「大丈夫です、気にしてませんから。きっと過去にいろんなことがあったんですね。エスターの言っていたことも分からなくはないので……」

「理解を示して貰えると助かる。刻限まであまり時間はなさそうだが、後ほど俺からもあいつを説得してみるよ」

「そうですね、それがいいと思います。騎士団にはきっと、彼の力が必要だと思いますから」

 ユダの笑顔に釣られるように、強張っていたレヴィンの目元にもほんのりと優しさが宿っていた。

「放っておけばいいのに。あんな奴、居なくたって問題ないと思うけど!」

 ところが、後方から吐き捨てるように野次をぶつけてきたラナは、これでもかというくらいにむくれている。

「滅多なことを言うものではないぞ、ラナ。さっきあいつに助けられたことを忘れたのか」

「だ、誰も助けてくれなんて頼んでないもん!」

 呆れ顔のレヴィンに諭されても尚、ラナは意地っ張りをやめようとしない。 ふんと鼻を鳴らした後、それっきり彼女は見向きもしてくれなくなってしまった。

「なあユダ、お前っていい奴だよなぁ。ガラハッドの相棒って聞いて、どんなにふてぶてしい女だろうと覚悟決めてたんだけどよ」

 そんな折、脇から声を掛けてきたのはヴァイスである。ようやっといつもの明るさを取り戻したのか、彼は大口を開けて豪快に肩を揺らしていた。

 大人と子供ほどもある背丈の差を利用して、彼は心底楽しげにガラハッドの頭をポンポンと叩いている。

「どういう意味ですか、それは……」

 当然のごとく、相棒はひたすら面白くなさそうに目を据わらせていた。

「さっきはついつい頭に血が昇っちまったが、お前の話を聞いて思い直したぜ。俺たちは同じ志を持つ者同士、仲良くしねえとな!」

「そうですね。私もそう思います」

 ラナの隣で終始、控えめにこちらを伺っていたメリルも、嬉しそうに何度も頷いている。

 和やかな空気がこの上なく心地良い。しかしながら、その心地良さを噛みしめれば噛みしめるほど、ユダはこの場に居ないエスターのことが気掛かりでならなくなるのだった。

「ふふ、良かったね。ここでなら君も、馴染んでいけるかな?」

「――くだらん。要らぬ世話だ」

 未だ心を開いてくれる気配のないフレドリックのことも、重ねて気掛かりではあるのだが。

「では、まとまったところで説明を始めようか。皆、心して聞いてくれ――」

 自然と集まった視線をやんわりと受け止めるように両手を広げ、再びデューイが高らかに金声を響かせていた。


*****


 手の中で淡く光を放つ瑠璃色の首飾りを見つめ、ユダは深い溜め息をついていた。

 先刻、空の真南を通り過ぎた太陽は、既に水平線へ向かって半ばほど高度を落としている。今しがた知らされたばかりの試験日程を思い返すと、運命の試験開始時刻まではあと半時ほどということになる。

 僅かでも緊張を紛らわせようと、色彩に溢れた中庭で花々を眺めていたユダは、女神の彫像をぐるりと囲む噴水の縁に腰掛け、ひたすら深呼吸を繰り返していた。

 陽の光の下に咲き誇る花たちは、昨晩を遥かに凌ぐ鮮やかな色合いを放っている。けれどそれは、憂鬱な気持ちで眺めるものではなかったと、心底悔やまれた。

 もしも願いが叶うならば、次は晴れやかな気分でここに立てますように。

 祈りを込め、首飾りを両手で包み込んだユダは、固く目を閉じていた。

『君達には、“守護騎士ガーディアン”の証として王家から与えられる“輝聖石きせいせきの首飾り”を先に配っておく。この首飾りには、持ち主を邪悪なものの干渉から保護する力――もっと具体的に言えば、“異形の発する断末魔から精神を防御する力”が秘められている。この度の試験においては必ず役立つ防具となるはずだから、大いに活用して欲しい』

 目を閉じたユダの脳裏には、大広間で聞いたデューイの声が蘇っていた。

 候補者一人一人に手渡しで首飾りを配り歩くデューイの姿を思い返しながら、ユダはゆっくりとその鎖に頭をくぐらせる――




『更に、首飾りには二つの特殊な魔術が施されている。一つは今日の日没直前、着用者を自動的に“ある場所”へと転移させる術。もう一つは、転移完了から二日後の夜明けと同時に、再びこの広間へと回収する術だ』

 すらすらと淀みなく話し終えたデューイからは、先頃まで見せていた軽々しい態度は消えてなくなっていた。

 俄かに胸の中心を緊張が疾り抜ける感触をおぼえ、ユダはごくりと生唾を飲み込む。

『試験のルールは単純明快だ。最初の転移が完了したら、とにかくその地に留まること。そして再びこの広間へと戻った時点で、ただ“生きて”さえいれば良い。生き抜くための手段は問わない――但し、転移後に首飾りを失くしてしまえば、おそらく時間通りにここへ戻ってくることは不可能となるだろう。生死にかかわらず、刻限を守れなかった者は失格だ。当然のことながら、この首飾りにかけられた仕掛け以外の手段を使い、定められた時間より前に帰還した場合も、試験を放棄したものとみなし、失格となる』

 デューイの瞳からは、色が失われていた。今の彼の目は、厳しいわけでもなく、いつかユダの眼前で膝を折ったときのように、ひたすら優しげなものでもない。

 ただただ淡々と、事実を言葉にしたためている。無機質なその語調からは、どことなく彼のもうひとつの顔――軍師としての側面を伺えたような気がした。

『刻限までには今少し時間がある。やり残したことがあれば、済ませておくといい。説明は以上だ、良い成果を期待しているよ』

 力なく微笑んだ彼が最後に付け加えたその一言には、寂しげな声音とは裏腹の、大きな圧力を感じざるを得なかった。

 直前にレヴィンも言っていた通り、やはりこの度の試験は“命を落とす危険性のあるもの”のようである。生存そのものを合格条件としている旨を思えば、それ自体が困難を極めることは間違いないだろう。

 名残惜しそうに何度もこちらを振り返りながら、デューイとレヴィンの二人が大広間から立ち去った後、残された候補者たちの周囲には、沈黙と不安とが渦巻くようにはびこっていた。

『ねえ……フレドリック。悪かったわね、うちの身内が突然あんなこと言っちゃってさ。あたしたち仲間同士なんだもの、今後は仲良くしましょ』

 そんな中、先んじて耐え難い重圧の帳を破ってくれたのは、ラナであった。こういうとき、彼女の弾むように明るい声音には勇気付けられる。

 けれど、対するフレドリックは愛想の欠片さえ見せる様子がない。僅かにラナの方を一瞥しただけで、待てど暮らせどそれっきり、彼からの返答はなかった。

 ――ホールに渦巻く重圧が一段と色濃くなったような気配がしている。

『何よあいつ。さっきから黙っちゃってさあ……ほんと感じ悪いったら』

 これでもかというほど両眼を鋭く尖らせ、ぎりりと歯軋りしたラナが低く呟いていた。

『元々無口な方なんですよ。もしくは、初見の方ばかりで恥ずかしがってらっしゃるのかもしれませんよ……たぶん』

『あいつの眉間の皺の深さを目の当たりにした後で、あなたよくそんなこと言えるわね……』

 メリルのフォローも、今ばかりはどことなく歯切れが悪い。

 苦笑いしたユダも、彼女に倣ってフレドリックを庇おうと思い立ってはみたものの、僅かほどもうまい言葉は湧いてこなかった。


『――っと、そうだわ。のんびりしてる場合じゃないんだった!』

 刹那、先ほど受け取ったばかりの首飾りを大儀そうに手先でもてあそんでいたラナが、唐突に声をあげていた。

『試験開始は今日の日没直前でしょ。あたしちょっと話しておきたい人が居るから、席を外すわね。試験、頑張りましょうね!』

 笑顔の傍らで「剥がれかけのマニキュアも塗り直しておかなくちゃ」などとあれこれ独言も零しながら、ラナは俄かに慌てた様子でホールの出口へ走り出していた。

 女の子って、こんな時にまでおしゃれのことが気に掛かるものかなぁ――

 緊張感に欠ける発言にやや引っかかりはしたが、急場においても自分らしさを忘れない彼女の様子には、ほんのり和まされてもいる。

『俺もちょっと、世話んなった人たちに挨拶してくるわ。向こうで会えるといいな』

『私も、弟と話をしてきます。皆さんのご無事をお祈りしています』

 続けざま、ラナの動きに便乗するようにして、ヴァイスとメリルが退席を告げていた。気が付けば、いつの間にやらあの愛想のない剣士までもが姿を消してしまっている。

 都へやってきたばかりの自分とは違い、候補者たちにはそれぞれ、この城のどこかに縁のある人間がいるのだろう。

『みんな、居なくなっちゃったね……』

 立ち去ってゆく仲間の背を見つめるユダの胸には、何とも言えずしんみりとした気持ちが残っていた。

 それでも自分には、彼がいる。

 相棒とふたり、残された時間をどう使うべきか――僅かに思案を挟みながら、ユダは傍らを振り返っていた。

 ――ところが。

『悪いけど、僕も今から少し席を外すよ。ちょっとやりたいことがあるから』

 予想だにしないガラハッドの発言が、ユダの脳裏を真っ白に塗り潰していた。あろうことか相棒は、既にこちらへ踵を返しかけている。

『え――?』

 あまりのことに動けないでいると、つぶらな瞳でほんの少しこちらを側めたガラハッドは、僅かほども迷うことなく、つかつかとホールの出口を目指して歩き始めてしまった。

『ちょっと、ガラハッド――!』

 聞き慣れた靴音がどんどん遠ざかっていくのにようやっと気が付いたユダは、慌ててそれに追い縋る。しかし、開けっ放しの大扉をくぐり抜けた時にはもう、相棒の姿はどこにも見えなくなっていた。

 ――愕然と、肩を落とす。




「へえ。それでお前は今、独り寂しく時間を持て余してるってわけか」

「そうなんだよ……」

 そうして、やるせない気持ちを深々と溜息にしたため、吐き出しかけた頃のことだ。

 俯き、膝を抱えていたユダの脇に、人影が増えていた。

 はっと顔を持ち上げると、そこにはサイの姿があった。

「サイさん! 何でここに……?」

 王都ウルヴァスへやって来てからの、数少ない知人のひとり。

 見慣れたその笑顔を認めた瞬間、どれほど安堵を感じたことか。

 同時に、もしもそれが相棒であったならと、僅かの間あてが外れた気持ちを抱いてしまった自分のことが、ほんのりと悔やまれた。

「何でって――試験が始まったら、もうお前とはしばらく話せねえだろ。心配で様子を見に来たんじゃねえか」

 そんなユダの心持ちを知ってか知らずか、ほんのりと面白くなさそうに両目を据わらせたサイは、目元に掛かった金糸に溜め息を吹き掛け、どっかと無遠慮にユダの傍らへ腰を下ろしていた。

「でっけえ独り言のおかげで、お前の状況はだいたい分かったぜ。独りが寂しけりゃ俺が居るだろ。つっても、一緒に居られる時間はもう残り僅かだけどよ」

 むすりとしながらも、どこか冗談めいた軽い口調で言いながら、彼は黒い足甲グリーブに覆われた脚を組む。物憂げに頬杖をついたサイは、ゆっくりとユダの方を振り返っていた。

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