第4話

季節は冬。来るべき「全日本幸せカップル選手権」、

またの名を「クリスマス」に向けて、

街はにわかに活気づき始める。

きらびやかなイルミネーション、

その電力が例え地球温暖化を促進するとしても、

僕らは飾らなければならない。幸せになるために。


しかし、このままでは僕らは棄権だ。

彼女が忙しくて会えなくなってから、二ヶ月が経った。

僕は彼氏彼女部、廃部の危機に頭を抱えていた。


****


「何でもない日おめでとう!」


そうやって不思議の国のアリスのように、

現われた女の子はなんの不思議もなく、

僕の従姉妹である。


たまたま近くの家に住んでおり、

暇になると突然我が家に遊びにくる。

間隔は不定期。彼女の感覚に依存。

僕はテンション低く彼女に「久しぶり」と言った。


「何さ、いやにテンションが低いじゃない。

そんなテンションで大丈夫か?」


「大丈夫だ、問題ない」


従姉妹のスペックを記そうか。

別に興味が無いかもしれないが僕が書きたいのだ。


まず美人。当然モテモテ。

コミュニケーション能力抜群。

(同世代だけでなく年配の方にも印象いいのが脅威)

それでいてオタク。ニコニコ動画大好き。

さらに勉強、運動、遊びと全部得意。

僕は彼女にスマブラで勝った事がない。


というわけで、はっきり行って、

こんなのが近くにいると神様を恨むレベルである。

運動も勉強もできてイケメンというキャラは、

クラスに一人ぐらいはいるものだが、

僕から言わせれば従姉妹のほうがなんでもできるさが上である。


だって、そういうキャラの人って、絶対スマブラ弱そうじゃん。


「ところで、今日は何しにきたの?」


「あなたに会うのに理由が必要なの?」


「……俺に会いたかったの?」


「うん」


「……今度は何でこてんぱんにするつもり?」


「花札持ってきた」


お分かりいただけるだろうか。

僕の人間としての上位互換である彼女は、

このようにいつも新しい遊びを持って我が家にやってくる。

僕はこうして勝負を挑まれて、多くの場合で負け、

「遊びですら彼女に勝てないのか……」

と悲嘆に打ちひしがれることになるのが常だ。


しかし、今だけは、僕は顔がにやけるのを、

抑えるのに必死だった。

サマーウォーズが再放送したときに、

ミーハーな従姉妹は今度花札を持ってくると読んで、

ネット対戦でこいこいの練習をしておいたのだ。


今やネットでの勝率は8割!

彼女と会えない暇つぶしにもなって一石二鳥!

ちなみに落とされた鳥が僕だ!


「あら、何その顔。結構自信ありそうじゃない」


「いやいやいやいやそんなことはないよ」


「にやけ顔が気持ちわるい……あ、ところでさ」


「ん?」


「鷲○麻雀って知ってる?」


「あれでしょ、透明な牌がある変則麻雀」


「普通に売ってるからやった事あるんだけどさ、

実際にプレイしてみると漫画とは比べ物にならないぐらい、

超つまんない麻雀になるんだって」


「へえー」


「相手の手がほとんど見えるから、

振り込む心配とかほぼなくて、ツモばかりの、

ただの運麻雀になるのよ。

つまり、鷲○麻雀っていうのは、

頭がおかしくなるぐらいの賞金をかけて、

疑心暗鬼に陥って手が震えるぐらいになって、

初めて面白さがでてくるわけね」


「それが、今回の勝負と何か関係があるの?」


「私達も、凄まじいプレッシャーの元で、

ゲームをプレイしてみたら、

新たな世界が見えると思わない?」


なんだか嫌な予感がしてきた。

僕の嫌な予感は八割の確率で当たる。

ちなみにいい予感は当たった事がない。


「お金はないぞ」


「というわけで私は持ってきました」


従姉妹はその胸の谷間からサイコロを取り出した。

(冗談だ、普通にポケットから出した)


「せくはらさいころー(ドラえもん風の声で)」


「やっちゃったー!!」


「勝負に負けた方はこれを振るってルールで」


僕はそのセクハラサイコロに、

従姉妹の意外と下手な字で書かれた命令を読んだ。


「ちょっと待って。これ、命令が酷い。

想像以上に酷い。僕が人生において長い間守ってきたものを、

根底から揺るがすレベルで酷い」


「これで私と貴方のプレッシャーは半端ないわ。

勝たなければゴミだものね。

このサイコロに書かれている内容を再現したら、

私は彼氏にふられても不思議じゃないわね」


「あのスーパー彼氏との関係を危険に晒してまで、

僕と花札で勝負したい理由は何だ!?」


「もうあらかたこの世の幸せは味わい尽くして、

今は人の不幸ぐらいしか楽しみが無いのよ」


「カイジに出てくる金持ちかお前は!」


「いいえ、幽々白書よ!」


いや待てよ、リスクは増大したけど

その分リターンも大きくなってないか?

ここで勝てば、僕は神様に愛された

このチート従姉妹の曇りなき人生についに、

黒歴史を、汚点を刻み込めることになるじゃないか。


しかも勝負方法の花札に関しては、

既に習得済みで練習済みなのだ。

ここで逃げるのは、もったいなすぎる。


「なによ、いつもなら簡単にOKって言ってくれるのに」


僕はその問いかけに、もったいぶって答えた。


「仕方ないな。受けて立とう」


従姉妹はにやりとわらい、

そして僕らの命をかけた花札は開始された。


「猪鹿蝶!」「雨四光!」


「こいこい!!」


****


しかし、プレッシャーとは恐ろしいものだ。

僕は例のサイコロが持つ魔力に、

手が震えるプレッシャーに耐えきれず、

いつもの調子が全く出ずに負けた。

そもそも運の要素が強いゲームではあるが、

負けるべくして負けた感じなのが悔しい。


そして僕はおおよそ描写することも不可能な、

(人間としての尊厳がかかっているのだ、

頼むからそこはスルーさせてくれ)

酷い格好で自分の部屋にいる。


もうなんというか、人間を卒業して

新たなる境地に立った気分だ。

というか絶対立ってる。前人未到。

……全然さわやかな気分にならない。


「ねえ私の愛すべき、犬の死体?」


「はい、僕は犬の死体です」


「これで辛い事、少しは忘れられた?」


「!?」


くっ……こいつ!!


ここまでのことをしておいて、

最後の方ありがちな感動的な雰囲気にして、

自分をいい奴にして終わらせようと言うのか。


信じられない。この世に今の僕ほど辛い状態はない!

忘れるとか以前の問題だ。

辛い思い出をさらに辛いものに書き換えてどうする!


「きっと彼女と上手くいってないんでしょ」


そしてだめ押しの一言。

僕は今や従順な犬(の死体)なので、

黙って頷くしかないのであった。


「まあだいたい僕が元気の無い理由はそれですよ。

J-POPみたいな人生を送っていてスイマセンね……」


「会いたいの?」


「会いたいですね。でも会ってくれないです」


「なんでだろうねー」


「うーん、心当たりは思い付くようなつかないような。

あ、そう言えば前塾の生徒にこんな事言われたんですよ。


『彼女が僕を好きな理由を三つ挙げよ』


結局まだ考えてないなあ……」


あれからあの子を担当する事はあったのだが、

忘れてしまったのか宿題に対して

追求された事はない。

最近のあの子の話題は主にポケモンである。

努力値とか種族値とか、

赤緑世代にはよく分からないことを言っている。


「あんた三つ挙げられないの?」


「だって僕こんなんですし」


「私は100個だってあげれるけどね」


「僕だってあなただったら100個挙げられますよ」


「いやあ……」


ここで真面目に照れるあたりがこの人の、

こんなんで、なおかつ完璧超人のくせに、

あまり嫌われない理由なのである。悔しいが。


「はあ……」


「まあ恋愛は理屈じゃないって言うし」


「ですよね」


「でも小学生から出された宿題も解けないような奴に、

彼女が会いたいと思うかね?」


「思わないかもしれませんね」


「私からも宿題を出そうか」


「マジですか。これ以上僕を苛める気ですか」


「ドロー! モンスターカード!」


「もうやめて、僕のライフはとっくに0よ!」


お決まりのやりとりはともかく。


「彼女への素敵なクリスマスプレゼントを考えなさい」


従姉妹が出したのは……意外と普通な宿題だった。


「昔、あなたの彼女が、恋愛って

まるで部活みたいって言ってたのよね」


「そういえばそんなこともありましたね」


「部活が解体する一番大きな理由って何だと思う?」


……なんだろう。グループの分裂?


「目標の損失よ。あなたは彼女と会えなくて、

彼女と何がしたいとか、

次のデートどこにいこうとか、

そういうのを考えないで

くだらない事ばかり頭に浮かんでるのよ。


それだったらいっそ、無理矢理にでも目標を作るの。

あなたが「全国大会出るぞー」って言えば、

後は問題がシンプルになるわ。

部員に同じ目標を共有させられるか、否か。

丁度クリスマスという、

カップルについての全国大会が控えてるじゃない」


「でも彼女とクリスマスに会えるかどうかすら怪しい」


「ならあなただけでも会うつもりで努力するのよ。

部員はその姿を見てついていくかどうか決める。

リーダーとはいつも孤独で損な役目なのよ」


しかしなるほど。そうかもしれない。


僕は彼女の僕へ抱く不満が分からないとか、

過去に僕は彼女について何を失敗したとか、

彼女に何か外的要素が加わったのかとか、

そんな事ばかり考えていた。


そんなことよりも、

自分が走り出してしまった方が早い。

問題は一つ、彼女が一緒についてきてくれるか。

ついてきてくれるよう、僕は努力するだけだ。


僕はなんだかんだで最後にいい人的にまとめてしまった、

従姉妹に普通にお礼をいい、

(お礼の言葉+酷い格好のコラボレーションで、

爆笑したのでお礼は言わなくても良かったと後悔した)

そして彼女に電話をかけた。


「クリスマスのことなんだけど……」


「最近急がしすぎて会えるか分からないわよ」


「最悪24、25が無理でもいいから」


「分かった。予定を確認してまた電話するから」


「素敵なプレゼント考えておくから、楽しみにしててね」





……さて。一歩前進。なのかもしれない。

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彼氏彼女部。 ソウナ @waruiko6

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