第26話 上昇

翌日。早朝。

俺は風を浴びながら、じっとスマホに目を落とす。

 大手WEB小説サイトのマイページにログインする。一章も終盤だ。俺が書きたかったのはここからなのだ。

 途中で離れていった見る目の無い奴らを後悔させてやる。

 ここまでついて来てくれたセンスのある閲覧者に敬意を表したい。どうかレビューに読了後あるがままの感想を書き込んで、他の閲覧者をギョッとさせてほしい。

 さて、サブタイトルは……


「「おいハルヒ、高すぎておしっこ漏らしたか!?」」


 呼ばれ、顔を前に向ける。顔面が強風にさらされていて、どうしても目を細めてしまう。

 首を曲げ、プエラがこちらに視線を向けている。先行して飛翔する彼女は、全身黒の制服を着て、赤色の短髪をごうごう靡かせ、螺旋状の火炎を自分の体に纏わせて、青空の中を進んでいる。


「「緊張した顔してんじゃん?」」


 フラーマの声とダブっている。最初は気持ち悪かったが、ドラゴ○ボールのおかげだろうか。とっくに慣れてしまった。俺はイラついた声で返す。


「お前の魔法を信じてやっとりん。喜べ」


 俺の体にも、プエラと同じ炎の魔法がかかっている。何もせずともプエラの後ろをついていく。青空をグングン昇っていく。


「「ふふん、信頼してくれていいぞ! なんせ今の俺はやっちまってるからな!」


 得意げな表情。弾ける声だ。よく分からないが、やっちまってるらしい。俺は今日課題の提出を家に置いてきた時とか、学校の机で一人「やっちまった」と漏らすだろうが、そういう意味じゃないことを全力で願おう。

 俺の隣でモミジも、火炎を纏って飛んでいる。上空何百メートルの世界。眼下に広がるパノラマの金沢市。しかし意外にも、そういうことにはモミジの興味はないようだった。ほとんど無表情でプエラの後を追っている。ふと放った問いかけも、他愛ないものだ。


「プエラさん、やっぱり危なくないがん? ラルスさんとロロさん二人だけで、金沢市に放つのは」


「「いいんだよ。見たいものがあるって言って、二人で大丈夫って言ったんだから、それでいいんだ。心配するだけ野暮だろ」」


「でも、迷子にならんかな。迷子になると思うな……」


「「迷子にさせとけばいいんだよ。ほっとけほっとけ」」


 飛んで、飛んで、とうとう雲に突入した。顔を前に向けていられない。しかし、四方八方は真っ白になるが、別に濃霧の中にいるときくらいの感覚だ。少し肌寒くなっただけで、雲の中だからどう、なんてものがない。姿は見えずも、プエラの声は聞こえてくる。


「「さあ、この雲を抜けたら、邪魔者無しでお日様とお喋りできるぜ!」」


「日曜日朝七時だぞ。お日様はまだ雲の下だっての」

 

俺の言葉に「「細かいなぁ」」と呆れるプエラ。お前が大雑把なんだボケ、と返そうとしたが、プエラは言葉を続けていた。


「「しかしこの世界は昼も長けりゃ夜も長いな! 昨日寝てて、一生夜が明けないんじゃねぇかって思っちゃったよ」」


「お前らの世界は短いのか?」


「「ああ、昼と夜は二時間おきに交互する。しかもこっちの世界みたいに、だんだんと、じゃない。パッと昼になって、パッと夜になる。だからなんつーか、こっちの世界にいると、時間が遅くなってるみたいだな」」


 結構興味のそそられる話だ。モミジはどんな反応を――


「うおうお! すごいすごいお兄ちゃん! 雲の中やよ!? あれやね、曇って中に入っちゃうと、全然雲じゃないんやね!」


 はしゃぎ、貧しいボキャブラリーを駆使して、興奮している。こっちの話なんて聞いてもくれない。雲の中に興奮するなら、空高くから見た地上の光景の方が感動的だと思うのだが。小2の脳は分からない。

 そんなことより。


「おい、どこまで上がるんや。宇宙に行くとか言い出すんじゃないやろな?」


「「俺をどんな馬鹿だと思ってんだ……」」


 また別の声色で呆れるプエラ。いや、割と冗談でもなく、こんなことを言い出すくらいの馬鹿だろうな、と思ったから訊いたのだが。


「「言ったろ、雲を抜けるまでだ。そこまで言ったら、モミジの願いを叶えてやれる!」」


「ほんとやろーな? そんなところまで行く理由はなんや?」


「「サプライズだよ! いいから黙ってついてこい!」」


 黙ってついてこいと言われても、俺が自意識でついていってるわけじゃなく、プエラの魔法で移動させられているんだ。そりゃあ黙ってついていくが。

 頭の先を斜め上方へ、ぐんぐん雲を突き抜けていく。喋らなくなると、ごおごお唸る風の音が際立って、少しだけ恐怖感が煽られる。俺は口を開き、先行するプエラの影に向かって言う。


「にしても、なんでこんな早朝なんや。華の日曜日ねんぞ、仮面ラ○ダー見る訳でもないんやから、もうちょっと……」


「「早くしないとレグラたちがまた来ちゃうだろ。しつこい奴らだからな。諦めてくれるかなって希望を、俺は諦めちまったよ」」

 

その言葉に、ハルヒの中にまた別の疑問が生まれた。


「じゃあ何で昨日のうちにせんかってん? アホみたいな顔で弁当食って、アホみたいな顔で夜風に当たりに行ったかと思えば、帰って来てアホみたいな顔で人生ゲームの続きしてた場合じゃなかっただろ」


「「アホみたいな顔をしてたのはラルスとロロ。俺はかっこいいし、可愛かっただろ!」


 近くでモミジが、「お兄ちゃん、雲食べた、雲食べたよ!」と喜んでいる。


「「まあ、大丈夫なんだ。レグラは事情があって、一度魔法を使えばしばらく出て来ない。それに昨日、訳も分からないままアイツらは姿を消した。トラブルがあったのか、それとも……」


「それとも?」


「「俺がやっちまってるから、俺自身分かっていない最強魔法が発動して、アイツらをアリウム送りにしたのかもな!」」

 

弾む口調。都合のいい解釈しやがる。本当にこのままその論を信じてしまいそうで怖い。

後になってラルスたちから聞いた話によると、確かにレグラとディアナは瞬間移動したように消失したらしいが、その時にはプエラもラルスも妖精を体内に入れておらず、ただの人間だったようだ。その状態で最強魔法が発動ってのはいかがなものか。ただまぁ、やっちまってるらしいからな、俺には分からない。


 ようやく雲を抜ける。

 日曜日、朝七時の空には、綺麗な満月が出迎えてくれていた。

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