第22話 反逆の再開

「うわっ!?」

「……へ?」

 

ラルスとプエラは黒髪になり、顔だちも元の人間に戻る。妖精と分離し、魔法使いではいられなくなった二人の体は、浮力を失い、何もできずに落下する。

 運よくメープルは彼らの下に位置していた。ディアナが何をして、どういう状況になったのか、大体が理解できないでいたが、手足をばたつかせながら頭上に落ちてくる二人を、黙ってみている訳にはいかなかった。


「うわわわわ、ちょ、おりゃっ!」


 位置を微調整し、影の真下に入り、まずラルス、続けてプエラと、腕を伸ばしてキャッチする。しかし小学二年生の腕力では到底耐えられず、二人の体重にメープルの体は押しつぶされ、葉っぱの上でぐちゃりと崩れた。この感じ、初めてではなかった。


腰の上に覆いかぶさるラルスと、頭の上に尻もちをつくプエラの二人へ、大の字うつ伏せで倒れるメープルは叫ぶ。


「何で止めちゃったの!? 絶対良い感じやったよね!?」

 

対して二人は、


「分からない!」

「知らないわよ!」

 

と言い返し、逆ギレまでしている。声はちょっとダブっているが、もちろん『魔法使い』の特性とは違う。ただの同時感情放出だ。

そして頭上。フラーマとロロの喚き声。見上げると、ディアナの両脇にがっしりと抱えられ、短い手足をばたつかせながら、ギャーギャー叫んでいる二匹。

 妖精が奪われた。

立ち上がり、態勢を整えながら、状況整理も兼ねて、ラルスは小さく叫んだ。


「ディアナの魔法だ。人間と妖精を分離させられた。奴にはそんな手があった!」


「嘘でしょふざけないでよ! 卑怯者! こらディアナーーッ!」


プエラが上空の彼女と、捕らわれた妖精を睨みながら、叫び続ける。


「フラーマ、また合体するわよ! なんとかそこから脱出して!」

 

すると小さな声が返ってくる。


「うっせぇ! 指図すんな! お前がこっち来い!」


「ハァ? そっちこそ指図しないでよ! あんたがこっち来なさい男でしょ!?」

 

さすが、魔法使いになった際に力が出る訳だ、とプエラを見ながらメープルは思った。

 フラーマとロロを抱えたディアナは、太陽を背に逆光で、黒の影で見え辛かったが、にやりと笑ってこちらを見下ろしているのが分かった。甘ったるい声を張らせて言った。


「「あれ、かなり強力なマグネットなのに。この公園内くらいには効果があるはずだけど、メープルちゃんはそのままだね。やっぱり君には効かないのかな」」

 

メープルが首をかしげるうちに、言葉は続いた。

 

「「まぁとにかく、ラルス君とプエラの力は奪った。メープルちゃんは私たちに攻撃できない。投降をお勧めしとくよ。抵抗するならすればいいけど……あんまり所長を怒らせないでね?」」

 

その、笑っているくせに、最後に醸す冷たい殺意に、ラルスとプエラは、ようやく自分たちが、深刻な危機に陥ったことを自覚する。言葉を失い、顔だけは鋭いが、何もできずにディアナを見上げる。

 メープルは立ち上がり、考えのないままに叫んだ。


「ラルスさんプエラさん逃げるよ! ちゃんと掴まっとって!」


「ロロとフラーマを助けないと! モミジちゃん、ディアナの近くに行って!」

 

無茶言うプエラに素早く返す。


「無理だよ! やられちゃうってば! ほら――!」


 レグラが急降下して、真っ逆さまに落ちて来る。

 巨大な悪魔の腕を伸ばし、逃がすどころか、少し動くだけのゆとりも与えない。ラルスとプエラの、二つの体を一挙に捕まえようと襲い掛かる。プエラと喋っていたメープルは、この動きに気付くのが一瞬遅れ、違和感に上を見やった時には、レグラの腕が、もう眼前を覆っていた。

 

カエデの葉っぱ。その上に立つ三人を、握りつぶすように包み込む。


 メープルには異常がない。黒の手のひらは体をすり抜けていく。すり抜けて、そのまま持ち上がったその腕は、ラルスとプエラだけを掴んでいた。二人の体が、上がっていく。

 やめろ離せと叫びもがきながらも、二人の体は連れ去られていく。


「あっ……。待っ――!」


 メープルは、ほとんど反射的に追おうとして、カエデの葉を動かして、進行方向を真上へ定めた。いざ発進と、スピードを出そうとした、まさにその時だった。

 メープルの体の上に、ラルスとプエラが落ちて来た。


「えええぇぇふぎゃっ!?」


 今度はどうしようもない。瞬きの次の瞬間には、ラルスの顔面が目の前数センチの距離にあったのだ。鼻と鼻、額と額が衝突し、唇と唇だけは顔の大きさもあってぎりぎり回避できた。その後は首がぐにゃりと曲がり、腹部が飛び出す体制になって、その腹の上へプエラの尻がぶち当たり、小二の体は呆気なく潰れてしまった。

 仰向け大の字になって、人間二人の体重を死ぬほど感じながら、苦しい声を絞り出す。


「うぐ……何回私をマットにすりんて……!」


 しかし返事は帰ってこない。

 メープルは何とか顔だけあげて、落ちて来たものを見つめる。ラルスとプエラ。二人とも尻に敷いている少女なんか気にしない。ぼーっと空を見上げている。怒る気力がなくなって、メープルも、二人の視線の先を追った。

 そこにあったのは青空。

 トンビが二匹、優雅に飛んでいる青空。

 何もない、誰もいない、真っ白の太陽だけが燦々と照る、いたって普通の青空だった。


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