第21話 反逆の再開
そして、レグラとディアナの目の前まで上がって、止まり、二人を見ながら堂々と言った。メープルはその背中を見ていた。
「「ふふふ、やいお前ら! 調子に――」」
「「プエラなの?」」
目を丸くしてディアナが訊いた。ムッとしてプエラは叫ぶ。
「「そうだよ、喋ってるでしょ邪魔すんな! やいお前――」」
「「フラーマじゃないの?」」
続けてディアナは訊いた。カチンときたフラーマは怒号で返す。
「「フラーマだろ! 見ればわかるでしょ!? やいおま――」」
「「え、プエラなんじゃないの?」」
「「プエラだよ! 馬鹿にしてるのか!」」
メープルはその後姿を見ていて、別に不思議は感じなかった。矛盾したことを言ってるような、そのダブった声は、まさしくプエラとフラーマの声。プエラの体に、フラーマの色。
彼は、彼女は、この魔法使いは、プエラでもあり、フラーマでもあるのだ。
「……クロナッツ的なことやね、シュカクミブン……」
メープルはぼそりと呟いた。
別に聞こえてもいないだろうが、その声をかき消すように、プエラはもう一度、今度は指をびしりと伸ばし、レグラに向けて刺すように叫ぶ。
「「やいお前ら! 調子に乗るのもここま――」」
その時。
池の傍。炎に包まれた地上から、巨大な水しぶきが、空を貫き、天に伸びた。この場に浮遊するすべての視線が、プエラからその異常へ移る。
炎々と盛る火の海から、微動だもしない昼間の太陽へ、一直線に伸びる水流の剣山。昇天する水の竜。その中を、何か黒い影が、一気に上ってきて、メープルたちのいる高度で停止した。
そして水の筒は勢いを無くし、噴水が収まるように、ゆっくりと小さくなっていき、その影は、次第に姿を現した。それが誰だか、言うまでもない。
傷だらけの洋服は男物だが、その顔には柔らかな、女性的な丸みがある。つややかな水色の髪が、背中の中部まで伸びている。はっきりと青いその両目は、静かに穏やかに、目の前の状況を見つめていた。開いた口から出たものは、ラルスとロロの重なった声。
「「こらプエラ、意味なく爆発させちゃダメでしょ!」」
凛とした表情で現れたラルス。何を言うかと思えば、まずはプエラに顔を向け、そんなことを口にした。言われたプエラは顔を険しくして返す。
「「うるせぇなぁ! 自分の力に驚いたんだよ分かるでしょ? ラルスこそ変なタイミングで出てくんな、空気読め!」」
「「どうせ格好つけてたんでしょ? 「調子乗ってんじゃねえ!」とか言って、そっちが調子に乗ってたんでしょ」」
「「ぐっ……! は、はぁ!? 言うかぁそんなこと!」」
「「どうだか」」
「「……乗ってんじゃねえ、じゃねーし……。乗るのもここまでだ、だし……」」
「「ほら、またそんな屁理屈言うじゃないですか。諦めて素直に――」」
眼下の炎上とは程遠い、気の緩んだこの会話に、ようやく待ったをかけたのはレグラだった。くだらない空気を一蹴する、低く重い声で言った。
「おいお前ら……。悪いがこれは夢じゃない。とっちらかっている場合じゃないが」
ラルスとプエラは、レグラに向いた。
熱気で充満していた。兼六園は大炎上。とうとう炎は、余すところなく、木々を燃やし尽くしている。メープルだけがモミジの葉の上で中腰になりながら、たらたら汗を流している。あとはみんな涼しい顔だ。余裕の笑みでプエラが言う。もちろんフラーマの声を重ねて。
「「夢のほうが良かったって思うのは、お前の方だぜレグラ! しょうがねぇから半殺しで許してやるよ!」」
そしてパッと隣を向き、
「「いくぞ、ラルス!」」
「「え! 自信ないんですか!?」」
「「ばぁか、あるよ。でも、」」
顔はレグラに戻すが、声だけは少し真面目に、呆れかけていたラルスへ向けて、呟いた。
「「お前のおかげで、この力になったんだ。はびこる悪を、お前と一緒にやっつけたって、いいじゃんか」」
聞いてラルスは、やっぱり呆れた顔になって、しかし笑っで、こう返す。
「「所長もディアナも悪じゃないですよ。むしろこっちが悪者……だけど……まあ、ここまで来ましたからね」」
プエラと同じく、前を向く。
レグラの表情に揺らぎはないが、その隣に浮かぶディアナは、少し引き締まった顔をしている。察しているんだろう。飄々としているレグラの方が、何も分かっていないんだろう。
「「一撃で、きめますよ」」
「「おう!」」
ルスとプエラは二人並んで、自然と呼吸を合わせ、同じモーションに突入した。
前後に足を開き、腰を割る。左腕を曲げ、その上腕と前腕に、挟むように右腕を置く。右手のひらを大きく開いて、レグラの体へ照準を合わせる。魔力を、極限に高めていく。
「「いいですか、所長はもちろん、ディアナは大切な友達です。力は抑えてくださいよ」」
「「バカ、ディアナは俺の友達だろ。そっちこそアホみたいに全力だして、憎き看守を殺してやろうとか思うなよ」」
「「所長が憎いのはそっちでしょ?」」
噛み合ってないような会話。だが、どちらも正しい。この状況で、レグラだけがただ一人、不思議そうに顔を顰めながら、自分に向けられる二つの手のひらを見返した。
ラルスの足元には激流の渦が発生し、プエラの足元は円形の炎に囲まれる。
水色に光る魔法陣の上。赤く輝く魔法陣の上。閑々と笑う。爛々と笑う。視線は一直線に、目の前の敵へ突き刺していく。メープルは、その二つの背中から、隠然と溢れる『威力』を感じ、高度を下げ、本能的に距離をとった。
「「準備はいいのか、早くしろラルス」」
「「私はとっくに出来てますよ。プエラを待ってるんです」」
「「ハァ? よく言うよまったく……へへ」」
プエラはニヤッとし、ラルスも悪戯っぽく笑った。
そして鋭くレグラを睨んだ。その落ち着いた表情を射る。こいつらが何かしたところで、いくらでも対応可能だと言いたげな、無表情という余裕の顔。この、絶好の機会。
手のひらの、指の隙間から標的を捉える。小さく深く呼吸する。
大きく目を見開いた。
全威力を片腕に注ぎ、爆発、発射する! 名称魔法――
「「エクスキャン・デュイットォォォォォォォオ!」」
「「グラヴィス・プルヴィアッッッ!」」
二人は叫び、撃ち放つ!
灼熱の、赤黒い爆炎。小さな小さな太陽が、轟轟と大気を巻き込んで、プエラの手から。
巨大な、巨大な、シャボン玉のような一つの大泡が、みるみる膨張し、この一帯をすべてまとめて飲み込もうと、ラルスの手から。
撃ち放たれる、その瞬間。
二人の目の前に立つディアナ。
「「え」」
その姿を認めた時には、ディアナは両腕をこちらに伸ばして、やけに真剣な顔で、鋭い視線を向けていた。ラルスとプエラから、激しく吹き荒れて来る突風に、金髪を暴れさせながら、小さく口を開いていた。
「お二人さん。どうして所長が私だけを連れて来たのか、考えたことはあるかしら?」」
そして二人が、何か返す前に、腕から溢れた魔法を発射するより一瞬先に、ディアナは叫び、撃ち放った――
「「名称魔法! マグネットッッ!」」
それは、撃ち放つと言っても、直接的な攻撃ではなかった。
ディアナの伸ばした両手のひらから、一つの、円形に渦巻く青白い電雷が現れた。両手で抱えられる程度の大きさのそれは、バチバチ音を立て、外部から中心へ向かう流れを生んでぐるぐる回る。何かを吸い込む。
ラルスとプエラは目を丸くする。別に何もしてこないその魔法をじっと見る。電撃を漏らしているものの、稲妻が飛び出すでもなく、爆発的な放電をする訳でもない。ただぐるぐる回り、何かを吸い込む。ラルスが発射しかけた名称魔法は、プエラが発射しかけた名称魔法は、魔力を存分に含蓄し、今にも放たれる。そして。
フラーマとロロが……小さな二匹の妖精が、それぞれの胸から飛び出した。
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