第17話 反逆の再開

 ラルスは上空から、火の玉を散弾のように乱射する。白い砂利道に黒い穴をあけるように着弾するが、手を緩めずに炎をまき散らす。地上では、電光石火に動き回り、火の玉の雨を回避するディアナがいた。しかし彼女は余裕な表情で、少し笑みまで浮かべ、乱れる金髪を整えながら、例のダブった声で叫ぶ。


「「木に燃え移ったらどうするの! これ以上罪を重くしない方がいいよフラーマ君!」」


「ハッ、ふざけんな。ディアボルスを呼び出した時点で俺は死刑確定だろーが。重くならねーよ」


 ラルスは返し、遠距離攻撃を中止する。垂直に着地し、狙いを定めて走り出す。ディアナの手前まで疾走し、やや飛び上がり、体を回転させ、炎を纏った足を振り上げ、その余裕な顔面めがけて、回し蹴りをブチかます。

 ディアナ佇み、小さく息を吐き、片腕を差し出し、その白く綺麗な前腕で、燃え上がるラルスの足を、臆することなく受け止めた。


「え……」


 ピタリと止められ、止められたことにもすぐには気づけない。蹴り飛ばしたはずなのに、足が降りぬかれていない。そこにあるのは、涼しげなディアナの小さな顔。


「「そんなのは、暴れていい理由にならないよ。フラーマ君?」」


呟き、腕をラルスの足に絡め、ぐるりと反した。

ラルスは空中で体が地面と平行になり、ぐるぐる勢いよく横回転する。何をされたかは分からない。ラルスの視界はディアナの顔から、一瞬で世界を目まぐるしく回り出し、抗いようがない。堪えようとして、歯を食いしばり、無意識に全身から炎が噴き出す。しかし止まらない。むしろ回転は加速していき、炎の塊のようになる。

 それを目の前に、ディアナは微笑み、両手を突きだし炎の中心に向けて構える。


「「このくらいかな」」


 そう呟いて、稲妻形の電光を、静電気のバチバチという音を響かせ、発射する。

 小さいが、それはまさに、横に伸びる雷で、空気を引き裂き、炎の塊となったラルスに、紛うことなく直撃した。

 小爆破を起こし、ラルスの体は黒煙を纏い付かせながら、後方に吹き飛んだ。地面に落ち、空らは数メートル砂利を引きずる。服が雑に破れてしまう。その最中に立て直す。両手を地につけ、死ぬ気で力いっぱい押し、自分の体を跳ねさせ、宙を舞い、しゃがむ態勢で一度着地する。

 そして息もつかず、ロケットの如く鋭く走った。


「うおおおおおおおおおおおお!」


 猛進し、両腕に炎を纏い、突っ立つディアナの体、どこでもいい、目につくところを殴りにかかる。腕を振りかぶり、顔を殴るが、しゃがんで躱され、腹を殴るが、身を翻して躱され、足を殴りまた顔を殴り腹を殴ろうと試みるが、全て当たらない。何かパチパチと痺れる電気の漏れみたいな、素早く動くディアナから溢れる光の流れを、意味なく捉えるだけだ。

 足も使う。殴り蹴り殴り蹴りまくる。一つとして当たらない。電気の漏れだけを虚しくつかむ。

ラルスの前進に合わせ、踊るように後退しながら、ディアナは全て回避する。歯を食いしばるラルスと違い、うっすらと微笑するディアナは、言葉を投げるゆとりもあった。


「「はは、冷静に考えてほしいんだけど、私は看守だよ? その辺のチンピラ君を、制圧できない訳なくない?」」


 ラルスに返事の余裕は無い。的をめがけあらゆる手段で攻撃する。こぶしで殴り、肘で打ち、膝を入れては、回し蹴る。全ては電光をかすめ取るだけ、ディアナの体は、目の前の、また違う所にあるのだ。彼女の金髪にさえも、絶対に触れられない。


「……?」


 ラルスはようやく気付いた。どうやら全身の動作が、自分の思う速度に達していない。もっと素早く振り抜いているはずの腕も、大したスピードになっていない。不自然な震えが手足に生じ、イマイチ感覚がなく、どうも力が入らない。痺れている……?


 ラルスは止まる。ディアナもそれに合わせて止まる。その瞬間に、ラルスは大きく息を吸いこみ、胸を膨らませ、口から火炎を吹き出した。

 しかしその火炎の光線が放たれた時には、ディアナの姿はそこに無い。火の渦は何もない空間を突き進み、桜の木の幹に、激突した。満開の桜は爆発を起こしたように燃え上がり、炎上を開始する。その炎は、周りの木々にも静かに燃え移っていく。


「「こっちだよ」」


 背後からかけられる甘ったるい声。そんなことはラルスも分かっていた。頭上を飛び越えられ背中を取られたことは。しかしすぐに振り返れない。体が言うことを聞かない。全身の筋肉が攣ったような、明らかな麻痺症状、自分の体からピリピリと放電が起きている。


「グッ……アアアアアアアアア!」


 ラルスは叫ぶ。口端からは炎が溢れ出す。力の限り、ガラクタのようにがくがくと、何とかして首だけ回し、肩越しに後ろへ目をやった。

 腕を伸ばし、立てた人差し指をこちらに向け、もう一方の手で金髪を整え、にやりと笑うディアナがいる。


「「あーあ、火、つけちゃった。こりゃプエラ呼ばないとね。もう捕まったかな?」」


 火だるまになった桜の木を中心に、炎は見る見るうちに、何倍、何倍と広範囲に広がっていく。

 ラルスは無性に腹が立った。身体の自由が利かないこと。攻撃が成功しないこと。それもあったが、プエラの名前が出された途端に、よく分からない怒りが生まれた。なんだろう。

 全身の皮膚から、プロミネンスが吹きだしてくる。身体の周りで吹き荒れる。


「そうだ……早くお前をぶっ殺して……」


 呟き、ゆっくりと、振り返る。

 こちらに指をさしているディアナと、正面から対峙する。燃え出した木々を後ろにし、背中に熱風をうける、構ってられない。集中力を研ぎ澄ます。


「……お前を殺して、プエラを助けにいかねぇと……!」


「「手加減は全力よりよっぽど難しいからさ。時間がかかっちゃうね」」


 ディアナの無駄口へ舌打ちする。人差し指を突きつけて来るだけで、何もしてこようとはしない。指先に魔力を溜めている様子も感じられない。しかし一応、彼女の一挙手一投足に注意を払いながら、ラルスは徐に、両足を前後に開き、腰を落とす。

 左腕を曲げ、そこに右腕を乗せ、右手のひらをディアナに定めて大きく開く。


「「お、名称魔法?」」


 なんて面白がるディアナに、ラルスは強気で言う。


「お前がその魔法を撃った瞬間ぶっ放す」


「「おっかないな。ちょっとは頭を冷やせないかな? えい」」

 

淡々と喋るディアナ。同じ調子で「えい」と一声、突き出した人差し指を、くいっと下に折り曲げた。


 上空で蓄電されていた電気の塊が、稲妻となり、ラルスの脳天を突き刺した――


 刹那の轟音、白色に塗りたくられる視界。脳の奥はキーンと響き、脳は激しく振動する。

 雷は骨を伝い、皮膚の内側から千本万本の針で刺されたような激痛、痺れ。

 衣服は破れ、黒く焦げ、ところどころに穴が開く。皮膚にも痣のような青黒い跡がジワリと生まれる。しかし。

 ぼろぼろのラルスは、名称魔法を撃つ態勢のまま立っていた。

 ディアナはようやく、涼しい顔に驚きを表し、大きく目を見開いた。


「「あ、あれ? 手加減しすぎちゃった……?」」


「……クソ……」

 

声にならない声を漏らし、ラルスは小さく舌打ちする。

 これで手加減しすぎだなんて、冗談じゃない。目眩を覚える攻撃力。今にも崩れ落ちそうな身体、朦朧とする意識。どこと言わない全身の痛み、それらが所以の絶望的な疲労感。

 死ぬかと思った。

 ぼんやりと歪む視界。混濁する記憶。歯を食いしばり、全魔力を、全集中力を注ぎ込む。ぶっつけ本番、やるしかない。


「……おい、不意打ちすんなバカ……、遅れちゃっただろ……行くぞ!」


 霞んで見える、ディアナの輪郭。それに向けて腕を目いっぱい伸ばし、命中精度を引き上げる。賭けるしかない。炎の名称魔法――


「エクスキャン・デュイットォォォォォォォォォ!」


 ラルスは叫び、撃ち放つ!

 手のひらから、ぽんっと小さな煙が発生し、しゅんと収束。以上。失敗。大失敗。


「クソガアアァァァァァァァァ」


 正気を失うほど憤慨するラルスを前に、ディアナはぷっと吹き出した。


「「えぇ、そんなに怒ること!? 分かってたでしょ、名称魔法は出ないって」」


 クソガァァァ、クソガァァァと、頭を抱えて喚き散らし、聞く耳を持たないラルス。

 雷で撃っても、切り札が失敗しても、どうしたってチンピラと言うのは、諦めて冷静になっちゃくれないらしい。ディアナはため息をつき、ちょっと目にかかっていた金髪を整え、

 両足を前後に開き、腰を落とし、左腕を曲げ、そこに右腕を挟み入れ、右手のひらを、ラルスの顔へ標準を合わせた。


 ラルスはようやく静かになって、ディアナの顔を見つめた。紛れもない、恐怖の目で。

 ディアナは笑って、静かに宣言した。


「「名称魔法のお手本ね。大丈夫、うんと力は抜いてあげるよ」」


 その腕には、激しく大きな、雷のような静電気が、バチバチ激しく溢れ出す。

 ディアナの足元には、綺麗な円形の、魔法陣のような紋章が光り現れ、そこから上空へ、何本もの電光が突き上がり、体の周りにぐるぐると渦を作り始める。突風が発生し、ディアナが台風の目のように、全周囲に向け吹き荒れる。


「「このくらい……かな」」


 そう呟く、出井孔の金髪は逆立っている。

 体中から漏電し、大気をバリバリ破り切るような音を鳴らす。

 身じろぎの一つも出来ないラルスへ向けて、それは躊躇なく放たれた。ディアナは小さく叫ぶ。電気の名称魔法――


「「イークトゥス・フルミネッッッ」」


 ディアナの手から何かが飛び出し、視界は真っ白、爆発が起きた気がして、そこでラルスの意識はふっと途切れた。

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