第15話 集結

「魔法少女メープルを、この世界から消し去れ!」


「ムリ」


 …………。

 俺は思わず「え」と聞き返した。食い気味にディアボルスが、何か言った気がしたのだ。しばらく黙って続きを待つが、唇を微々と震わせるだけの大魔王。

気を取り直し、もう一度叫ぶ。


「おい! 魔法少女メメープルをこの――」


「ム~~~~~~~~~~~~~~~~~リ~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 俺は思わずのけ反った。

 前触れもなく開いたその口から、とても人には置き換えらない超低音が、大気を、大地を、兼六園の草木を大いに揺るがせた。化け物の唸り声だ。有無を言わさず畏怖を押し付ける声、強迫観念に訴えかけてくるその声に、俺は目を見開いた。

 しかし、恐怖の余韻に浸っている訳にはいかなかった。俺は負けじと、前傾姿勢になって叫ぶ。


「無理か!? お前は大魔王ディアボルス! 世界を支配する力があるんじゃないんか?」


「……レナ……」


「なに!?」


「…………レナ……イ」


 意味が分からない。なんて言ってるのか聞き取れない。そもそも意味のある言葉を言おうとしているのか。ただ呻いているだけなのか。それすらも判別不能だ。俺は舌打ち連打だ。頭を掻き毟る。時間がない。急がねば。ディアボルスの目を睨み付けて叫ぶ。


「お前にそんな力はないんか!? できない原因があるんか? おい、返事しろ! 滑舌良くな!」


 ディアボルスは、喚き散らす人間を、黙って静かに見下ろしている。


「それともあれか、メープルを消すってのが無理難題で、他の願いは聞き入れてくれるんか?」


 俺は必死にディアボルスの目を見つめ、説得するように言葉を続ける。頭上に迫ってきているオレンジ色の彗星には、到底気が付かなかった。


「何も言わねーってことは否定しねーってことやな? よし、じゃあ本題や。俺のしょ――」


 瞬きののち。

 鋭く一線、何か光ったものが視界を通り過ぎた気がし、声を詰まらせる。途端、ディアボルスの首元に、真横へばっさり、斬れこみが輝く。真っ白な光の線。夜闇の中、目の痛くなる謎の斬れこみから、炎の形状をした真っ赤な紅葉が、何百枚何千枚と溢れ出す。ディアボルスの首が、炎上を開始する。


 俺は、憎きアイツに顔を向けた。斜め上空、満月の傍。大きなカエデの葉っぱに乗った、派手なドレスで着飾った少女。両手もカエデの形に変形させ、闇の中、くるくる踊り、


「突然夜が訪れるとき、突然彼方からってお兄ちゃ――!」


 台詞はピタリと止まり、何かに驚き、あわや足場から落ちそうになっている。俺を発見し、なぜか慌てふためきばたばた手足を動かしてから、露骨に平静を取り繕った。


「そ、そこのお兄さん? またまたお会いしましたね!? さっさと逃げてください!!」


 カエデ型の手を突き出して、指をさすよう俺に向ける。

 完全に邪険にされている。それにもイラつくが、なによりこいつの存在だ。もうやって来やがった。いや、いつもよりかは遅かった気もするが、それでも誤差の範囲内で、普通にやって来やがった。

 この「いつも通り」が、今日に限って妙に癇に障った。俺は初めて叫び返す。


「なんで倒す!? こいつはなんも悪いことしてないやろ!」


「悪いことしてからじゃ遅いやろ!?」


「何でこいつが悪いことするって決めつけとりん!?」


「私にはわかるの! あとはまぁ。見た目やよ! 絶対やばいことするやろ!」


「うわうわひでぇ奴! どうせイケメンとしか仲良くしねぇか? 人の心の中まで見る気は毛頭ないって言うんやな!」


「そんなことないもん!」


 どこか慣れたテンポの口げんか。その最中、ディアボルスの首から溢れる炎は、漆黒の皮膚を這って行き、その蒼白い顔面を、メラメラ真っ赤に燃やしていた。俺は気付いて、メープルからディアボルスに顔を向け変え、大声で叫ぶ。


「おい、まだ間に合う! やっぱりとにかくメープルや、メープルを――」


 消せ、と繋げたかった。

 ぱちぱちと燃え上がるディアボルスの顔面。焼け崩れる家屋のように、焦げクズのようなものをぼろぼろと零しながら、ゆっくりと、ゆっくりと、斜めに斜めに傾いて……。

 巨大な顔は首から離れ、俺の横にドスリと落ちた。


「……クソ野郎!」


 俺が漏らした声も虚しく、炎に包まれたディアボルスの顔は次第に真っ黒に染まっていき、夜の闇に溶け出した。いや、透明になったのだろうか。とにかく、ディアボルスの色が、景色と識別不可能になり、やがてその場で消失したように、この世界から無くなった。

 座った形のままだった首から下も、気付いた時には消えていた。


 世界に照明が灯る。

満月は太陽と入れ替わった。強烈すぎる日の射し込みに、無意識のうちに腕を目の前にもっていく。不意に戻った昼。ディアボルスが消えたことで、舞い戻った昼の兼六園だ。

 

眼球の痛みにと引き換えに、昼間の光に慣れた頃には、俺の数メートル手前にメープルは着地し、つかつかと歩いて来ていた。俺は腕を下げ、彼女に向き合うと同時に、メープルは怒った顔で喋り出していた。


「ちょっとお兄さん。あなた、妹いますよね。可愛い妹!」


 脈絡の無いその問いかけ。俺はイラつきながら返す。


「いるけど、それがなんや」


「その妹に無断でどこへでも行かないの! 今日みたくデビルンと鉢合わせしちゃうでしょ!」


「ハァ? モミジに言ったらなんなんや」


「とにかく言うの! 言わないなら家で引きこもってて!」


 意味が分からない。シンプルに「意味が分からない」と言おう、と思い俺は口を開いた。丁度そのとき、視界の上の方。

 上空から何が飛んできているか、すぐに察しがついた。水流の青と火炎の赤。一直線に向かってくる。まったく、どいつもこいつも何だってんだ……。


 そのうち二人は俺とメープルの間に着地し、一息つこうともせず、辺りを見回す。赤髪のラルスの方が、


「ディアボルスは!?」


 と誰に言うでもなく叫び、青髪のプエラが、


「やっぱり遅かったですね。途中で昼に戻っていましたし……」


 と返事した。何故かがっくりと肩を落とすラルス。どうしたんだ?

 お取込み中のようで悪いが、首を突っ込んできたのはこいつらの方だ。俺は顔を顰めながら、二人に向けて投げかける。


「おいお前ら……何しとりん」


 「うわ、ハルヒ!」「え、ハルヒさん?」と、散々きょろきょろしてたくせにようやく俺に気付くラルスとプエラ。平然と魔法を使って飛んで来やがったこの二人に訊いてやる。


「モミジと遊びに行ってたはずだが、モミジはどうした?」


 二人の後ろでビクリとするメープルには気づかず、ラルスは答え、


「いや、モミジならここ――」

「あああああ、ハイハイお喋りですよラルスー」


 プエラがその口を押えて制した。やっぱりこいつらは、自分らの世界だけで話を進め、周りに解らせようという気は無いらしい。偏差値の高い大学生か。腹が立つ。


「あはは、ごめんなさいハルヒさん。モミジさんは用があるって何処かに行っちゃいました」


 嘘くさい笑顔を向けて来るプエラ。頷いてやったりはしないが、そういうことにしといてやる。

 その後ろで、ラルスがメープルに駆け寄って、その小さな両肩をがっしりと掴み、前後へぶんぶん振りながら叫ぶ。


「おいメープル! なんで殺しやがった! 俺の可愛い大魔王!」


 揺さぶられながらメープルも叫び返す。


「何でラルスさんが怒ってるの! 関係ないやん! ていうか何で来たん!?」


「何でってテメェ、俺が召か――」


「あああああ、ハイハイ余計なことは言わないんですよラルスー」


 そこにプエラも加わって、さっきと同じようにラルスの口を塞ぎ、わーわー三人で騒いでいる。俺はまた蚊帳の外だ。超むかつく。そろそろキレよう。


「おいお前ら! どいつもこいつも勝手に乱入しやがって! オンラインゲームの野良部屋じゃねぇんだ! アイツは俺の――」


 声を張り上げ、叫び切ろうとして、そして再び、ハルヒの視界の中央、がやがや騒いでいるメープルたちの少し奥に、大魔王ディアボルスが出現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る