第12話 探る

訊くと、2匹仲良く首を傾げる。数秒黙って、ロロが恐る恐る聞き返す。


「それはつまり……哲学的なことですか?」


「いや、別に難しいことじゃなく、そもそも妖精ってのは何かって……いや、難しいことなのか?」


「えっと……?」


 このグダグダなやり取りに、ラルスが言葉を添えてきた。


「やっぱり、妖精を知らないの? ここに住む人は?」


「ここに住む人って……普通は知らねーよ」


 俺が首を横に振った途端、プエラが漫画を机に叩き置き、座ってる妖精2匹をつまみ上げ、ラルスの腕も引っ張り、とにかくみんなまとまって俺に背中を向け、この部屋の隅っこに言ってしまった。ひそひそと俺に聞こえない声で喋り始める。


(ラルス、結局どういうことなの? モミジちゃんみたいに、この世界にも魔法使いがいるってのに、なんで妖精を知らないの?)

(分からない。もしかしたらモミジが特別なのかもしれない。ディアボルスが出た時も、現れるのはいつも魔法少女メープルだけだ。ロロはどう思う)

(可能性としては、この世界でハルヒさんだけが、『妖精』や『魔法使い』の存在について実情を知らない、ということも考えられます。若干ハルヒさん、世界に置いていかれた顔をしています)

(ハルヒがすっとぼけてるんじゃねぇか? 何も知らねぇ振りして俺たちからボロを出してやろうって魂胆しれねぇ)


 俺は別に、目の前で内緒話をされるのが大好きな変態じゃない。さっさと突っ込む。


「おい。俺に訊かれるとまずいことでもあるんか」


「ああいやいや、何でもないのようんうんうん!」


 俺に向いた4つの顔のうち、プエラがぶんぶん首を横に振る。ぎこちなく続けた。


「妖精ってのは天界で暮らす生き物のこと! 地上にいる私たち人間が、呪文を唱えて呼び出すのよ。これも知らない?」


 俺は顔を背けながら答える。


「知らん。天界ってのはなんや」


「だから妖精が暮らす世界だってば。最初から地上に妖精はいないでしょ?」


 もちろん意味は解らない。が、そうそう。そういうのを聞きたいんだ。俺は質問を続ける。


「お前らの胸から妖精が出入りしているのを見るんやけど、それはどういうことや」


「魔法使いになるのよ。人間の体に妖精が入ったら」


「魔法使いになるのに妖精が必要なんか」


「そうそう当然でしょ? 普通の人間がどうやって炎なり水なり出すっての」


 喋りながら、部屋の隅っこからちょっとずつ這いよって来るプエラ。それに続くラルスたち。本当に何も知らない俺に、逆に興味を持ち始めたらしい。馬鹿にされているともとれるが、まぁ俺が馬鹿にされるってだけで情報がもらえるのなら、いくらでも馬鹿になってやる。


「じゃあ魔法少女メープルにも、妖精が宿っとるんか?」


「だから『魔法使い』の定義はそーいうことなの」


「じゃあ次の質問」


 じぃっと見て来るプエラの顔はなるべく見ないように、俺は訊く。

 本当は、「お前らは何者なんだ?」と訊きたい。だがそんなアバウトな質問したところで的確に答えてくれる訳がないし、逆の立場だとしたら、的確に答えられる訳がない。認識としては、自称金沢市在住、どういう訳か自分の家が分からなくなった、妖精を連れた魔法使い……。

 いいんだ。こいつらが何者だろうが、どこに住んでようが。これさえわかれば。


「あの……そうだな。真っ黒い、でかい、悪魔みたいなあれは、誰が呼び出した?」


「大魔王ディアボルスのこと?」


 プエラはさらりと答えた。多少怯んでしまうが、ひとつ咳払いをして、冷静になって俺は聞き返した。


「やっぱりお前らは、なんか知っとるみたいやな」


「とーぜん! 私たちはディアボルスのおかげで、ここに来れたんだから!」


 もうこの発言で、こいつらが絶対に金沢市民ではないことが分かるのだが、俺にとってはどうでもいい。こいつらが嘘をついていようが。ただ今から訊くことは、どうか正直に答えてほしい。俺は言葉を選び、口を開く。


「お前ら、呼び出せるんか?」


「魔法使いは呼び出せるのよ。まあもちろん死罪だけどね。あ、さっき街に現れたのはレグラが呼び出した奴だと思うわ!」


 魔法使いは呼びだせる。平然とそんなことを言う。俺は思わず笑ってしまった。

 ロロが「呼び捨てですか……」と呟き、「いないからいーの!」とプエラが返している。この辺の身内トークはさっさと流しておいて、俺は訊く。


「ディアボルスのおかげでここに来れたっつったな。その時に召喚したディアボルスはどうした」


 「所長はつけましょう」「いないからいーの!」「バレたら怒られますよ」「バレないからいーの!」なんて、意義ある口論を続け出したプエラたち。その代りに、隣からそっとラルスが答えてくれた。


「モミジに炎上させられた。理由は、よく分からない」


「モミジ? なんや急にモミジって?」


「なんだって、魔法少女メープルだろ」


「ああ、やっぱりメープルにやられたんか。あいつはディアボルスが出るたびにどこからともなく現れやがる。その時モミジと一緒にいたのか?」


「……? いや、だから、魔法少女メープルはモぐえっ――」


 プエラがラルスの首根っこを掴み、躊躇なく引っ張って、この部屋の隅に飛んで行った。フラーマとロロも、パタパタとその後をついていく。

 こいつらはまた固まって、俺に聞こえないようぼそぼそ喋る。


(なんだよプエラ、苦しいだろ)

(このおバカちん○ん! ハルヒのリアクション見て分からないの鈍感ね!)

(プエラ、一応女の子ってことを自覚して)

(ハルヒはモミジちゃんがメープルってのを知らない。妹が魔法使いってこと!)

(教えてやりゃいいじゃねーか)

(分かってないわねフラーマ。この世界を何も知らない私たちが、余計な口出して厄介なことになっちゃ嫌でしょ! 言っていいことなら、モミジちゃんが言ってるはずだし!)


 チッ。チッ。チッ。チィッ。

 何度舌打ちしたも気づいてくれない。俺は口を開く。


「おい! ここは和室や、会議室じゃねぇ」


「あああいやいや、何でもないの、ちょっと与太話をね、うんうん!」


 俺に顔を向ける4人のうち、やっぱりプエラが反応し、ぶうんぶうんと手を横に振った。意味わかってんのか? 


「そんなことより! 他に質問あったらどーぞ、どんと来なさい!」


 いつまでもこんな調子だ。ため息が出る。

 俯きながら、ちらりとプエラの顔を見る。髪が黒い。最初に出会ったときは水色だった。水色はロロの髪の色だ。どうやら人間が体内に妖精を入れたら、妖精の外見的性質を滲出するらしい。ラルスも髪が黒くなっている。こんな穏やかな奴だとは思わなかった。マクドナルドで喋っていたときは、フラーマの性質だったのだ。あの時こいつらは魔法使いで、今はは妖精と分離してるから、ただの人間で、髪も黒い。うん。

 …………。

 とうとう俺も、毒されてきただろうか。

 俺は頭を掻き回し、しばらく考えて、時計を見る。最後にもう一回舌打ちしてから、訊きたくもないことを訊いた。


「お前ら、今日はどこで寝るつもりなんや」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 朝日の白い光の中。広々と心地のいい、緑広がる静かな公園。

 両足を縦方向に大きく開き、腰を割る。左腕をダンベルを上げるときのように曲げ、その上腕と前腕に挟みいれるように、伸ばした右腕を設置して構える。右手を広げ、東に昇った太陽へ向ける。

 魔法の中でも、れっきとした名前が記されている、高火力の技。

 炎の名称魔法――


「エクスキャン・デュイットォォォォォォォォ」


 ラルスは叫び! 撃ち放つ!

 手のひらから、ポンッと小さな煙が発生し、しゅんと収束! 以上。

 …………。

 昨日と同じ結末に、ラルスはア肩をがっくりと落とした。


 だだっ広い公園の端っこ。繁華街の中にあるけれど、なんせこの公園が広く、ラルスたちがその端っこにいることもあり、まるで自然の中にいるようだ。街の喧騒さから一足引いている。空気は澄んでいて気持ちいい。こんなさわやかな空間で、ラルスは重苦しいため息を漏らしている。

 彼のすぐそば。茶色いベンチにい座るプエラと、プエラの腿の上に座るロロ。手を組んでプエラが言う。


「やっぱり名称魔法は無理ね。私も無理だったけど」


 ラルスの胸からフラーマが飛び出す。髪の毛を赤から黒に変えながら、ラルスは呟く。


「実力がないってことか? それとも他に理由が……?」


「やっぱり練習が必要ってことなのかもね。名称魔法は主に火力に特化した魔法。熟練魔法使いの上官方しか使わないし、使えないのかも。ロロは何にも知らないの?」


 プエラにほっぺをつままれ、ぷにぷにされながらも気にせずにロロは返す。


「実際に名称魔法が使われる場面を見たことがありませんからね……。そんな威力の逸脱した技、滅多なことが起こらない限り、必要性がないですから」


「そーね。いま私たちに必要だけど。名称魔法でも使えない限り、レグラを倒すのはできそうにない。次に攻めて来られたら大ピンチ……ていうか、今が大ピンチ?」


 .それを聞いていたラルスが、プエラを見下ろし少し不安げな顔で言った。


「昨日はハルヒの家でぐっすり眠っちゃった訳だけど、本当によかったんだね。レグラは襲ってこなかった。プエラの言ったとおりだった」


「だから言ったでしょ? レグラは訳があって、長時間の活動が出来ない。ひと眠りくらい安心よ」


 自慢げに返すプエラだが、その言葉を言いかえれば、もうひと眠りしてしまったので、いつレグラがやって来てもおかしくない、となる。そしてラルスたちにこれといった対応策はない。まあ、大ピンチだ。


「なぁラルス、腹減ったよ。モミジのアパート戻らねぇ?」


 ラルスの頭に着地して、おなかを抑えてぐったりと言うフラーマ。ラルスはプエラの隣に座りながら返す。


「いつまでお世話になるつもりだよ。そろそろ、今後の指針を定めないと」


 すると、プエラとフラーマが、口を揃えて言い放つ。


「「世界征服しちゃえばいいじゃん!!」」


ラルスとロロが、


「「絶対ダメでしょ」」


 同時に切り返した。朝鳥がチュンチュン鳴いて、淡い日差しの向こう、青空の方へ飛んでいく。

 表情を溌剌とさせながら、プエラが続けた。


「世界征服しちゃえば今後の指針もクソもないわ! レグラも蹴散らせるし、腹減ったなら召使が飯作ってくれるし、眠いっていえばベッドまで運んでくれるわよ!」


 待ってましたとラルスが返す。


「ディアボルスを召喚しても、モミジに倒されるだろ。モミジは「デビルン」って呼んでるけど」


「隠れて召喚すればいいのよ! ここなんて人もいないし簡単よ! 今呼んじゃう?」


「魔法使いが禁断の呪文を唱えるのは死罪だ。呪文を唱え始めた瞬間、どこからか魔法が飛んできてもおかしくない。この世界の住民にどれだけ魔法使いがいるのか、いないのか、俺たちはまだ知らない」


 するとフラーマが、


「試してみようぜ、うじうじ考えてる暇がありゃよ!」


 すぐさまロロが、


「あなたのせっかちで私まで殺されたくないです。といいますか、ディアボルスを召喚することは、看守として止める義務が……」


 言葉の途中、遠くから「おーい」と聞こえ、二匹と二人はそちらに向く。この広い公園の端っこから、ぶんぶん手を振り、モミジが走って来ていた。まだ距離のあるうちから、ラルスたちは口を閉じる。ディアボルスを呼び出せない理由の立役者がやってくるのを、黙って待っていた。

 小さな体は野ウサギのように、茶髪を揺らし、早々に到着してしまった。対していきも切らさずに訊いてくる。


「おはよ、朝早いね! なにしとるん?」


 だいたいこういう時、まず口を開くのはプエラだった。


「気持ちのいい朝を気の済むまで堪能しているところよ! 気持ちいところねここ。何も言わずに出てきちゃってごめんなさい」


「それはいいけど、そうや! こういうところが好きなら……!」


 一晩眠り、モミジは元気いっぱいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る