第10話 追撃
「あぁ……まぁな」
プエラの腕を借り、ラルスはすぐに立ち上がる。側頭部から耳を伝い、顎から血が垂れていた。モミジに買ってもらった服は、至る所が破れている。そんな自分を見てラルスは笑った。
「へへ……謝らねぇとな、モミジに。まぁ気付いたらいなくなってたわけだが」
「あの、ラルス」
プエラはレグラから目を逸らさずに、呟いた。
「レグラ所長が部屋に入ってきた時、真っ先に「プエラは逃げろ」って言ってくれて、すごくうれしかったと、プエラは思っています。意固地な女なので、きっと自分の口では言いません。私がチクっておきますね」
「ん? ああ。まぁそれを言ったのは俺じゃなくてラルスだがな。俺はフラーマだから」
なんて返しながら、胸の奥でラルスが喜んでいるのを、フラーマは感じていた。何だか鬱陶しい感情だ。首を横に振って、叫ぶ。
「さあ、やるぞ! どうやって勝つ?」
プエラはいつの間にか、足元を小さな水流の渦で覆っていた。臨戦態勢はとっくに整っているらしい。フラーマも見習い、魔力を高め、全身を薄い炎で漲らせていく。
「大魔王ディアボルスを召喚するしかないのでは? レグラ所長をどうにかするよう願えば……」
「ハハ、実力勝負ははなっからなしかよ」
「当たり前です。様子を見る限り、所長は私たちを生け捕りにするつもり。私たちを殺せないうちがチャンスなんです。レグラ所長が本気で来たら、私たちなんか一瞬で終わりです」
「そうかよクソ……。まあいい。こいつの顔面をタコ殴りにできれば何でもいい。ディアボルスにはそう願ってやる……」
「てことは、また私が時間稼ぎですか」
「さすが分かってるぜ、俺の世界征服のパートナーに認めてやるよ」
「あの、私は看守であなたは受刑者ですから、生意気な口を――」
プエラは顔を上げ、喉を詰まらせた。
夜の闇の、遠くから、オレンジ色の彗星が、キラキラ光って、飛んで来る。
シダックスの前で鎮座する、巨大な悪魔。紫角が向くその上空に、オレンジの光は停止した。
ラルス、プエラ、レグラが、少し遠くに立っていて、こちらを見上げている。逃げないで何をしているんだろう。分からないが、魔法少女として、最優先事項はこっちだ。
デビルンの頭上。少女はカエデの葉っぱに乗って悪魔を見下ろす。そこで気付いたが、ハルヒがまだ、デビルンの前に立っている。「なにしとるん!?」と叫びかけるが、正体をばらす訳にはいかない。ぐっとこらえ、とにかく悪魔の注意をこちらに惹こうとする。
正体はさらせない。なぜなら私は魔法少女。
「突然夜が訪れるとき 突然彼方から飛んで来る」
名乗りとともに可愛く舞い踊る。なぜなら私は魔法少女。
「悪がなにもしてないうちに 倒しておこう市民のために」
デビルンとハルヒがこちらを見上げた。
「金沢の平和を守るため、今日も今日とて咲き乱れ」
デビルンは相変わらずの無表情。そしてこれは理解できないのだが、ハルヒの顔が、こちらを見た時に、あからさまに苦くなったのだ。三日月に目を眩ませた、なんてことは考えにくい。でもまあ、お兄ちゃんの顔はもともとああなんだって思えば、そんな気もする。
「行くわよデビルン、もしよかったらご唱和ください」
私は、モミジに見立てて大きく開いた手のひらを、顔を横にびしりとおいて、名乗りを上げた。
「魔法少女メープル、ひらりと参上ッッッ!」
おぉ~~と歓声をもらいたいところだったが、余韻の中で聞こえたのは、少し遠くでこちらを見ている、ラルスとプエラの声だった。
「え、ディアボルスじゃねぇか! なんでいるんだ? 炎上させられたんじゃねぇのか?」
「違います、あれはおそらくレグラ所長が召喚したものです。私たちを追うため、この世界にやってくるために」
「あぁそうか、なんだよクソ、喜んじゃったじゃねぇか。つーかいたのかよ! 暗すぎて見辛ぇんだよ!」
「ディアボルスの色に八つ当たりしないでください」
よく分からない、とにかく緊張感の皆無な会話を垂れ流している。逃げようとはしてくれていない。メープルは空中から怒声を飛ばす。
「こらぁ! ラル――おほん、そこのお兄さんとお姉さん!? 速く逃げて! 戦いの邪魔になるやろ!」
「なに言ってるんですか、モミ――こほん、魔法少女メープルさん!」
プエラが叫び返す。会話の意味どうこう以前に、メープルの声が聞こえないらしい。プエラの足元には水流が流れ、ラルスはごおごおと炎を纏う。人はかなり減ったとはいえ、まだ多数残っており、相も変わらず甲高い叫び声を上げながら、デビルンから逃げている。地上はいろいろとうるさいらしい。メープルはため息をつき、
「もう……倒しちゃった方が早いな、こりゃ」
癖で独り言を漏らし、デビルンを見下ろす。
そのデビルンの顔の前、いまだにハルヒが立っている。まったく動こうとしないどころか、顔をメープルからデビルンに戻し、何やらぶつぶつ喋っている。メープルは叫んだ。
「そこのお兄さん!? 早く逃げて! ゆーこと聞けえええええ!」
「そうか、お前は、レグラとかいう奴の……」
俺はディアボルスの顔を見上げ、呟いた。せめて触ってやりたかったが、しぶしぶ諦め、街路に沿って走り出す。魔法少女が現れてしまった。期は満ちていない。
1分ほど進み、メープルらの視界から外れ、建物の影に身を潜める。レグラとか言う男。大魔王を召喚した理由。その方法。それと戦うラルスにプエラ……。
とにかく観察しなければならない。まったく。最近イライラする。
「オータムリーブス、いっきに2つ!」
メープルの両手が、炎でもあり、カエデの葉っぱでもあるものに変化する。筋斗雲のように扱っていた大きな葉っぱから飛び降りて、デビルンの顔に飛びかかる。しかし戦闘開始と行かなかった。
メープルとデビルン。両者の中間に、すぐさまレグラが飛びこんだ。
「うわわ……!」
ハッとして、メープルは止まろうとするが、メープル自信に浮力は無い。乗り場であるカエデの葉っぱがすぐさま足元に滑り込んでくれ、なんとか着地する。危なかった、と思うも一瞬、すぐに怒りに変わって、こちらを見つめるレグラに叫ぶ。
「ど、どこらのお兄さん! 勝手に飛び出してこない! 後ろに怖いのおるよ!? ていうか何で浮いてんの?」
「おいモミジ……」
「バレとる!」
「俺のディアボルスに何するつもりだ?」
メープルの中の、落雷の如き衝撃の動揺を、するりと流していくレグラ。完全にパニックになってしまうが、パニックなのを悟らせないように、メープルは即座に返した。
「い、い、意味不明なこと言わない! 邪魔したらお兄さんから倒しちゃうよ!?」
「分かった。ラルスの前にお前だ。お前は殺してもいいから楽だな……」
「ほんとやからね!? 最後の忠告やよ! 冗談は寝起きの顔面くらいにしとくべきだってお兄ちゃんが言っとったよ!」
「しかし見たことないな……妖精はなんだ……?」
引く気の無い上に、ぶつぶつと喋っているレグラに、メープルはムッとして、
「知らんよ!」
と叫び、デビルンへ、その軌道に浮くレグラへ、まっしぐらに突っ込んだ。
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