第6話 魔法少女、ひらりと参上ッッッ
ラルスとプエラは、それぞれフラーマとロロをつまみ上げる。プエラは加えて赤いランドセルも腕に引っ掛けて、ミスタードーナツを飛び出した。夜と化した繁華街。騒ぎ立てる通行人。阿鼻叫喚のその中で、一旦歩道で立ち止まり、
「やっぱりディアボルスは召喚されていて、こっちの世界までついてきていた! こっちに向かってくれていたんだ!」
ラルスは普段の倍は大きな声で言う。それに対してフラーマが、ラルスの頭の上に座って、腰に巻かれた紐をほどきながら、こちらも高揚して返す。
「なんだなんだラルス、お前は世界征服に反対だろ? テンション上がってるじゃねぇか」
「世界征服は反対だけど、あの大魔王ディアボルスだぞ? 初めて見たから……」
「まぁまぁ、分かるぜ! ディアボルスを見て世界征服の意欲がやっとでて来たんだろ! そりゃいいことだ!」
「いや、そういう訳じゃ――」
フラーマを見て、自分も腰の紐をほどくロロは、ラルスの顔の横を飛びながら、鋭く言った。
「ダメですよ世界征服は! というかあなたたち、看守の隣でよくもまあそんな会話ができますね? あなたは魔法使いなので、死罪が――」
「お前はただの妖精で、看守はプエラだろ? そのプエラは……」
フラーマに言われ、ロロはプエラに顔を向けた。そう、そのプエラは、
「やだやだカッコいいじゃない大魔王ディアボルス! とうとうこの時が来たわね、私が世界を手中に収めるこの伝説の序章の栄光の奇跡の……」
とかなんとか、胸の前で手を組んで、目を輝かせながら延々と喋っている。ロロはプエラの頬を、短い脚でキックして、怒声を飛ばす。
「こら、ダメですってば! いざとなったら魔法使いになって、プエラの意識を封じますし、フラーマも止めて見せますからね!」
「またチョコ食べさせてあげるから」
「しょうがないですね! 今回だけですよ!」
ロロは姿勢よく前を向いた。
プエラもラルスも前を向き、ラルスの頭からフラーマもパタパタと飛び立って、にやりと笑って前を見る。デパートの後ろの大魔王へ、羨望の目を真っ直ぐに差し込む。
「じゃ、行くわよ!」
走り出そうとするプエラ。パニックで混乱している車道に飛び込もうとする彼女の肩を、ラルスは急いで掴んで止めた。
「轢かれるって。通っていいのはこの白線の上。横断歩道と呼ばれる道。あの信号が青になった時だって、モミジが言ってただろ。今は緑だから、待たないといけない」
「うええぇ?」
プエラは億劫そうに振り向いて、出した右足をピタリと止めた。そしてトイレでも我慢するように、右へ行ったり左へ行ったり、ぴょんぴょんとその場で飛んでみたりしながら、信号と、デパートの裏でゆらゆらと動く大魔王を交互に見る。
しばらく待って、信号は緑から赤に変わる。青にならない。プエラは頭を掻き毟る。
月が雲に隠れている間は、大魔王の輪郭が、夜の闇に紛れてしまう。
「なああああムカつくなぁ!」
「うおおおおめんどくせぇ!」
1分ほどしか待っていないのに、そろそろ限界を見せ始めたプエラとフラーマ。慌てふためく通行人の中、こういう意味で叫んでいるのは、多分この一人と一匹だけだ。
そして、さらに1分ほど待って、横断歩道は、緑になった。青にはならない。プエラたちの意識が切れた。
「よぅし分かったわ上等よこのクソ機械め!」
プエラは腕を伸ばし、ノールックでロロを鷲掴んだ。「ぎゅぴっ」と女の子らしからぬ声を出すロロの安否などは大して気にせず、
「魔法使ってひとっとびよ!」
と叫び、自分の豊満な胸に押し込んだ。
ロロの体は染み込むように消えていき、プエラの全身はドクンと脈打つ。髪は水色につやつや光り出し、少し丸顔。表情にロロの性質が入る。
「待て! 公衆の前で魔法を使うのは――」
と制そうとするラルスの、その目の前にフラーマは飛んで、
「おら、俺たちもついてくぞ、ぼけっとすんな?」
ウキウキしながらそう言って、ラルスの胸に飛び込んだ。1秒と待たず、髪の色は赤色に燃え滾り、口からきらりと八重歯が生えて、目の奥の輝きがまばゆく変わる。……。
夜の闇の月の下、横断歩道の一歩手前。
魔法使いのラルスとプエラは、二人並んで、それぞら炎と水を、体に纏う。
「おいプエラ」
ディアボルスを見上げながら、フラーマは尋ねる。
「まあ俺たちは協定を組んでいる訳だが、きめとく必要がある。どっちが世界征服する?」
「別に、あなたでいいですよ。私はチョコが食べられれば」
あれ、と感じてフラーマは訊く。
「ああ、そうか。ロロの意識か。プエラは大人しくしてる訳だな」
「あの……私は看守なので、敬語を試みてください」
「じゃあ俺がディアボルスに接触する。いいな」
「だから敬語を……」
「いまさら何言ってんだよ、行くぞ」
「まったく……」
最後までかみ合わない。しかし二人はピッタリ同時に小さく跳ねて、ふわりと浮かび、力をためて、鉄砲玉の勢いで飛び出した。
その頭上。繁華街の間を飛び抜ける、オレンジ色の流れ星。軌道が重なり、あわやぶつかりそうになったその光に怯んで、ラルスとプエラは動きを止めた。流れ星の中。見えたものが信じられず、大きくその目を見開いた。
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モミジは魔法少女と出会ったことにひどく驚いた。
自分以外に魔法少女がいることに、一瞬だけ言葉を失ってしまった。しかし二人は案外普通で、一般人の振りをして見せた。まあそれは私も同じだ。魔法少女のままでこの世界は生きられない。だってこの世界に、魔法も、魔法少女もいないはずだから。そんな中で、私だけ特別のはずだった。
そのはずの中で、ラルスとプエラが現れた。
「でも、嘘なんかもしれんよね……」
モミジは、急速に夜になった世界を駆け抜けながら、独り言を呟いた。
あの二人が本当に、魔法少女と魔法少年なんだとしたら、この事態に対してのろすぎる。まるで、急に夜になることが当然のような、不自然なまでの落ち着きよう。妖精だとかもよく分からない。魔法少女に、そんな存在はいらないはずだ。でも、まあ今はとにかく、急がなければならない。暗くなったということは、奴が現れたということだ。
モミジは適当なビルの裏に飛び込んだ。そこは本当に真っ暗で、顔の前に出した自分の手すらわからない。手探りでスカートのポケットを見つけ、そこでモミジは、ランドセルを忘れてしまったことに気が付いた。
「あ……! まぁ、いっか」
モミジは一人になれば独り言を漏らしまくる癖があり、こんなどうでもいいことでも声が出てしまう。それも日常会話ほどの大きな声なので、ビルの横を通った人に気付かれそうになる。その人がパニックになっていなければ、多分発見されてしまって、そこで何をしてるんだと怪しまれたところだろう。
モミジは真っ暗な中でも身を潜めて、ポケットから、カエデの葉っぱの形をした、オレンジ色の小さなケースを取り出した。
「さあ! 行くよ!」
モミジはまた、性懲りもなく大声を出すが、こればかりは仕方ないのだ。カエデ型ケースをゆっくりと開き、そこから漏れ出すオレンジ色の光に包まれ、モミジの髪はしゅるしゅると、服はひらひらと変化する。
ビルの裏から、一直線に、虹のような軌道を描いて、魔法少女は飛び出した。
サーフィンボードのように、2メートルほどの大きなカエデの葉っぱに乗って、思うがままに空を舞う。通った後にはキラキラと、天の川のように、オレンジ色の粒子の集まりが、闇夜に一閃、パラパラ綺麗に煌めいた。
香林坊を飛び抜けて、10秒もなく、『大和』の傍に辿り着く。建物の裏に隠れ、動きづらそうにしゃがんでいる、この大きな敵を、退治しなければならない。それが魔法少女だ。
「おっとっと……!」
真っ黒な、禍々しい肢体をねりねりと動かすこいつの、そこだけ蒼白い顔面の前で、少女は急ブレーキした。慣性で前にのめるのを、爪先で踏ん張って堪えてから、左手を腰に当て、右手でびしりと、こいつの尖った鼻先を指さした。
「やい、現れたな、デビルンめ!」
「……」
デビルンは、充血した双眼で、目の前に浮遊する人間を、ぎょろぎょろと舐めるように見回す。紫色の分厚い舌でなめずりをしながら、小さな少女を凝視する。
「メードのミヤゲに名乗ってやろう!」
魔法少女はにやりと笑った。
そしてその場で、意味もなくくるくると回る。腕を広げたり縮めたり、足を曲げたり伸ばしたり、バチンバチンとウインクを飛ばしながら。その間、口は動き続けている。
「突然夜が訪れるとき、突然彼方から飛んでくる」
ブーツのような、無駄に大きな茶色の靴を、とんとんと二回、足場のカエデの上に叩く。
「悪がなにもしてないうちに、倒しておこう市民のために」
黄色と茶色、そしてオレンジを重ねた、大きな花をひっくり返したような、ボリュームのあるフリフリスカートを夜風になびかせる。ついでに腰をくいっと挙げて、別方向にも揺らして見せる。
「金沢の平和を守るため、今日も今日とて咲き乱れ」
赤茶色の独特な髪形。カエデの葉っぱのように、5方向に束ねてあるが、重力のせいでよく分からない。無重力だったり水中だったりしたらモミジっぽく見えるかもしれないが、地上では全く別物だ。二方向は両耳の横から垂れ、その後ろの二方向はほかの髪と同じにうなじの方に垂れていて、残りの一方向、頭のてっぺんで結んだ髪の束は、動いた拍子でたまに綺麗に立つだけで、基本はべたっと倒れている。全体的に見れば、まあぎりぎり、普通の髪型なんじゃないかと捉えられる。赤茶色だけが物珍しい。
「行くわよデビルン! もしよかったらご唱和ください!」
少女はさらにくるくると、フィギュアスケートのラストのように舞い踊り、びしりと止まり、手のひらを大きく広げて顔の横に置き、おそらく可愛げのあるポーズをとって、名乗りを上げた。
「魔法少女メープル、ひらりと参上ッッッ!」
そしてすぐさま飛び上がり、戦闘開始の合図となった。
ディアボルスは、まるで臆病な子供のように、デパートの影に身をしまいながら、魔法少女メープルとやらをじろじろ見つめていた。視界の上方へ消えていったが、すぐに追おうとはしなかった。
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