第4話 香林坊に紛れる

プエラの胸からロロが飛び出し、モミジの顔面に直撃した。

 モミジとしては何が何だか分からない。正面にいたロロに質問を続けていたら、彼女の黒い服を押し上げている大きめの胸から、水色の塊が飛び出したのだ。視界が一瞬で青くなったと思ったら、それは顔にぶつかってきた。


「ご、ごめんなさいモミジさん。でもちょっと待って下さい。こらプエラ!」


 ロロはくるりと振り返り、空中で、水色の羽をパタパタ揺らし、短い手足をじたばたさせる。それはどう見たって可愛い動きだが、ロロは怒りを表していた。その小さな体はプエラの顔に急接近し、頬を膨らませて言う。


「急に追い出さないでください!? 反応できなかったじゃないですか!」


「あんたが喋ってばっかでハンバーガー食べないからでしょ!? こんな美味しそうなのを前に! これでも私も我慢したのよ褒めてほしいわ!」


「ムリです。これにはマスタードが入っているようです。私が辛いものダメなの知ってますよね」


「あんたがダメでも私は好物なのよ! 味が気になるのよ我慢してでも食べなさい!」


「嫌です、舌が燃えるんです。あ、それより約束してましたよね。チョコレート……」


 そこで、会話に積極的ではなかったフラーマから、「おい」と声がかけられた。続けて「いいのか?」と。プエラとロロはフラーマを見て、フラーマの視線の先に目をやった。


 ストローを口からぶら下げ、目を点にするモミジがいた。口端からはオレンジジュースがじょろじょろ垂れ流れている。


 プエラはロロの頭をぺちんと叩いた。


「てゆーか出てきちゃダメでしょーがぁ!? 魔法使いってことは念のためかくしておこうって、フラーマと会議してたでしょ!」


「プエラが私を追い出したんじゃないですか! あなたが出てきそうな気配を出してたら、私だって抑えようとしましたよ!」


 ふと、モミジは、ドリンクを置いて2人に言った。


「ロロさん、魔法少女なん?」


 そこで再び、プエラとロロは口を閉じ、恐る恐るモミジに向いた。モミジはジッとプエラを見ていた。


「髪の毛が黒くなっとるし、顔もちょっと変わった……。それも魔法少女だからなん?」


 プエラは無意識に自分の髪を触る。自分じゃ変化に気付けなかった。気付けないところでぼろが出ている。もしかすると、他にももっと不審な言動があったのかもしれない。無意識のうちの……。

 でもロロが出てきてしまった。もう終わり。証拠を突き出してしまったのだ。私が魔法使いだと。


 しかし意外だったのはモミジの顔。「魔法使いなんだ、かっこいい~」でもなく「魔法使い? え、怖いんだけど……」でもない。ほとんど無表情。どこか呆然と、口も開き、意識ここにあらずの、脱力した視線。

 プエラは考えた。私たちの世界とはまるで異次元の世界、『イシカワケンカナザワシコーリンボー』。人の格好も、並ぶ建物も、出された料理も、少し歩いただけで全く違うと理解できたこの世界。信じられないと言いたげなモミジの表情……。

 もしかするとこの世界には、『魔法使い』は相当に希少な存在……もう出会うことすら滅多にないような、超有名人的な存在なのかもしれない。


 やっぱり隠しきるべきだったかもしれない、が、後悔しても仕方ない。プエラは謎の笑顔を作って、放心状態のモミジに言う。


「お、驚かせちゃったみたいね。私たち、ちょっと遠くから来たんだ。ごめんねモミジちゃん。びっくりしちゃった?」


「え? うん…………、凄いッ!」


 するとモミジは、ぼんやりした声から、唐突に口調を弾ませた。飛び出さんばかりに立ち上がり、狭いテーブルに両手を突いて、いっぱいに身を乗り出した。プエラの方が驚いて、ぐっと体を下げるが、その分だけ、目を輝かせたモミジは近寄った。


「凄い凄い凄い凄い、ロロさん魔法少女なん!? 道理でそんなお洋服なんやね! この可愛い小っちゃいのは!?」


 モミジはプエラの顔の傍で浮いていたロロを鷲掴みにし、頬の辺りを親指でぷにぷにと押しながら言った。「やーめーてーくーだーさーいー」と抵抗するロロの、その唇もつんつんつつく。よく分からないが、何だか楽しそうなモミジを見て、戸惑いながらもプエラは乗り気で答えた。


「その妖精がロロよ。私の名前はプエラ」


「あ、プエラさんっていうんや! こっちがロロさんか!」


「ちなみにフラーマも魔法使いだけど……」


「えぇっ!? 魔法少年!?」


 バッとフラーマに顔を向ける。そのキラキラで満ちた表情に、さすがのフラーマも何を期待されているのか察したようだ。最後一本のポテトを食べた後に、ことに移った。


 フラーマはラルスの胸から飛び出して、モミジの眼前で浮遊した。

 ロロと同じサイズ、頭身。赤色の髪と炎を想起させる赤色の羽。手を腰に置き、堂々とした態度で言った。


「マクドナルドは美味いな! また食べに来てやってもいいぞ!」


「おお……! 妖精やね? よくわかんないけど妖精なんやね!?」


 モミジはピョンピョン跳ねて喜んだ。確かに、魔法使いが珍しいのなら、妖精を見る機会も必然的に少ないんだろう。そう思って、とにかくプエラは、無邪気に笑うモミジを可愛く思って、自慢げに言った。


「フラーマってのはその妖精の名前。こっちの抜け殻になった人間はラルス。よろしくね」


 モミジはラルスに目をやる。髪は黒色。顔は眠たそうなものになって、口端から覗いていた八重歯は無くなっていた。なんだか申し訳なさそうな顔でこちらを見て来るラルスさんに「よろしくね!」とモミジは言った。

 プエラはちょっと気になっていた。さっきのぼーっとした瞬間は何だったんだろう。びっくりしていただけなのだろうが。


「じゃあさ、ラルスさん、プエラさん!」


 モミジはランドセルを背負いながら、はきはきと提案した。


「この街で目立っちゃわないよう、お洋服とか買いに行かない!?

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プエラは試着室のカーテンを開けた。

 黒色のブーツはそのままに。足を大胆に露出したデニムショートパンツ。ピンクのTシャツの上に、さわやかな水色のジャケットを羽織る。全身真っ黒だったビフォーと比べてしまうせいか、もう別人のようにも見える。肩甲骨まで伸びる黒髪を結んであげたいっていうのもあるのだが、とりあえず、


「「「おおおおお~」」」」


 モミジとロロとフラーマは拍手喝采。ラルスは少し顔を赤らめ、それ以上にプエラ自身が、下を向いて恥ずかしそうにしている。激しい声でこう言ってくる。


「へ、変だったら早く言いなさいよ、私だって変だと思ってるわ当たり前じゃない!」


「変じゃないですよ。この地域の若者に紛れ込めています!」


 ロロは珍しく高揚しながら返した。その隣で浮遊するフラーマも、


「まぁ、恥ずかしがるほどおかしくはねぇよ。確実に、俺とロロの方がヤバいからな……」


と言って、自分の体に巻き付けられた紐を引っ張った。ロロもその様子を見て、自分の腰にも巻かれている紐を再認識する。二匹に結ばれた二本の紐は、ラルスの手に繋がっている。不満げな二匹に対してモミジは言う。


「しょうがないやろ、普通に飛んでたらびっくりされんの。こうしてれば、みんなは風船だと思ってくれるから問題なし!」


「いやいやモミジさん、四方八方から穴が開くほどみられてますって……」


「それはロロさんの自意識過剰!」


 「そんな……」と漏らすロロを構わず、モミジはプエラに向き直り、すでにスタンバイしていた次の服を手に持った。プエラはぎょっとする。


「まだやるの!? もう五回くらい着替えてる気がするんだけど!」


 とか言いながら、実はまんざらでもないプエラに向かって、モミジは首を横に振る。


「いや、プエラさんはそれで決定。次はラルスさんのお洋服。あれ、もしかしてまだいろいろ試してみたかっ――」


「るるさいばーかばーかばーか! ほらラルス、あんただってよ!」


 さっきとは違う意味で顔を真っ赤にしたプエラは、早々に試着室から出てきて、ラルスの前に立つ。しかしラルスは動かず、いまだプエラに見入っていた。「聞いてる?」とプエラが声をかけてようやくハッとして、顔をぶるぶる左右に振って、呟く。


「ごめん。すごく可愛いから。ジッと見てしまった」


 プエラはラルスの顔面にエルボーをお見舞いする。びゅっと鼻血が飛び出して、膝から崩れそうになったところの、股間を右足で蹴り上げた。「ぐわああああああ」と絶叫するのを無視してプエラは叫んだ。


「看守に向かって何言ってんの生意気よ! あんた本来は死ぬまでそのボロボロな服を着るはずだったんだから、ぴかぴかのおしゃれが出来ることにひたすら感謝しなさい!」



「あああ……モミジのおかげだろ……」



 うずくまり、悶絶しながら呟くラルス。そんな彼が心配ではないのだろうか。ロロは何事も起きていないように、モミジの目の前まで飛んできて、口を開いた。


「あの、服はいいのですが、そろそろチョコレートの方を……」


「チョコって?」


「プエラに無理矢理ハンバーガーを食べさせられました。もうマスタードが全身に回って死にそうなんです。プエラと約束したんで、しっかり果たしてくれないと困ります!」


「別にマスタードは毒じゃないんやけど……。まあとにかく、チョコが食べたいんやね?」


 モミジは腕を組んで考える。食品売り場で板チョコ一枚買ってあげるってのはなんだか寂しい。訊いてみる。


「どっか行きたいところある? ここは大和やから、なるべく近いところがいいな」


「ダイワ? ダイワって……?」


「知らんがん? 金沢市民はみんな知ってるはずのデパートやけど……ってそうか、遠いところから来たんやったね」


「え、ええ!」


 ロロはとにかく頷く。一度金沢市に家があるだとか言ってしまった気もするけれど、モミジは忘れているか、聞いてないか、興味がないらしい。ハルヒがいなくて助かった、と思う。

「じゃあ、チョコファッションと行きますか!」とモミジは提案した。




 『大和』から『ミスタードーナツ』まで歩いて1分。横断歩道を一つ渡っただけなのだが、そのひと時で、マクドナルドから大和へ行った時より、こちらに向けられる通行人の目がぐっと減ったことを知れた。中には「あの女の子可愛くね?」とか「あの男の子ちょっとタイプ」とか「なにあの風船、ん、風船?」とか、まあ多少の興味を持たれるが、それでも全身黒色とボロボロの服装だったあの時よりはだいぶマシになった。

 ミスドの店内はやや混んでおり、3人分の固まった席は空いていない。大窓に接した長い席がきれいに一列空いていたので、話しにくくはなるけれど、3人並んでそこに座った。「テキトーでいいよね!」と言って、モミジは足元にランドセルを置き、ドーナツを選びに行った。


 窓の向こう。繁華街の人と車の往来。少し落ち着かないけれど、ラルスとプエラは、久々に二人きりになった。まあ、フラーマとロロが机の前の方に座って、外の景色を食い入るように見つめているのだが、別に気にすることじゃない。

 プエラは吐息を漏らし、スース―する膝元をさすり、前を見ながら呟いた。


「ねぇラルス……なんか、言いたいことないの?」


 ラルスはちらりとプエラを見るが、再び顔を前に戻し、賑やかな、全く見慣れない世界の街並みを眺めながら、返した。


「そりゃあるけど。プエラは?」


「もちろんあるわよ。私が言おっか?」


「いや、なんか勿体無いから俺が……いや、じゃあ、同時に言う?」


「勿体無いってどういうことよ。まあいいけど。じゃあ、せーの、」


ラルスとプエラは、受刑者と看取の、相容れない関係だ。ここまでシンクロするのかと、感激するほどぴったりに、二人は口を同じ形に動かした。



「「大魔王ディアボルスはどこ行った?」」

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