第22話 ベーコン作り

 夕飯作りを終えて一息ついた厨房で、シーグレットが数人の料理人を従えて大量の塊肉を懸命に揉んでいた。

 あれは、余った肉だな。フリカデレだけでは消費できなかったのだろう。

 何をしているのだろう。

 興味が湧いた俺は、彼らが集まっているところに近付いていった。

「……こうして、表面にまんべんなく塩を擦り込むんだ」

 俺が傍に立つと、それに気付いたらしいシーグレットが顔を上げた。

「……何だ、マオか。まかないはもうねぇぞ」

「違うよ。何してるんだと思っただけだ」

「あぁ、これか?」

 彼は塊肉をぱんと叩いた。

「これはな、ベーコン作りをしてるんだ」

「ベーコン?」

 ベーコンって……料理にも時々使ってるけど、そのベーコンか?

 確かにベーコンは家でも作れるけど、まさか此処で作ってるなんてな。

 完成品を商人から買ってるもんだと思ってたよ。

「在庫が残り少ねぇからな。傷みそうな肉もあるし、消化するには丁度いいかと思ってな」

 言いながら、彼は肉に塩を擦り込んでいく。

 今までに何度も作ってきたのだろう。実に手馴れたものだ。

 塩を擦り込み終えた肉を足下の箱に入れて、次の塊肉を目の前に置いた。

「よし、シルキーやってみろ」

「はいっ」

 指名された料理人が、シーグレットの代わりに調理台の前に立って肉に塩を擦り込み始める。

 この手つき、何かマッサージしてるみたいだな。

「塩を擦り込んだら冷蔵室で七日くらい寝かせる。寝かせたら乾燥させて、燻製だ」

「燻製は何処でやるんだ?」

「専用の部屋があるからそこでやる」

 へぇ、燻製するための部屋があるのか。この城って意外と設備が揃ってるんだな。

 ……そうだ、燻製できる設備があるってことはあれもできるんじゃないか?

 俺は冷蔵室に行き、棚に並べてあるチーズの塊をひとつ取って厨房に戻った。

「ベーコン作る時にさ。これも一緒に燻製してくれよ」

 俺が抱えたチーズを見て、シーグレットが目を瞬かせた。

「チーズを、燻製? 何考えてんだお前」

 やはり、チーズを燻製にして食べるという発想はないようだ。

 スモークチーズの美味さを知らないなんて、損してるな。この世界の連中は。

「皆には馴染みないかもしれないけどな、チーズってのは燻製にすると独特の風味が出て美味いんだよ」

「何?」

 美味い、の一言にシーグレットの片眉が跳ねる。

 美味いものに目がないのはどの魔族も一緒だな。

「まあ、好き嫌いがあるかもしれないから、まずはお試しで一個だけってことで。まかないにして厨房の連中だけで楽しもうぜ」

「美味い料理を作るお前が美味いって言うんだから相当のもんなんだろうな」

 唇を舐めるシーグレット。

 ひょっとして、涎出てたんじゃないか? 今。

 シルキーたちもチーズを見ながら喉を鳴らしてるし。

 まかない食べたばっかりだってのに、食欲旺盛すぎ。

「美味い料理を追及するのは料理人の大切な務めだ。美味い料理は活力になるし、兵士にとっちゃ士気にも関わることだからな」

 ……俺の作る料理が兵士の士気に繋がってると思うと複雑な気分だ。

 だって、あれだろ。兵士の士気が上がるってことは、魔族が人間の国に攻め入る勢いが上がるってことだからな。

 クロエミナの人たち、ごめん。魔族が手強くなったと感じたら、それは間違いなく俺の料理のせいだ。

 でも、料理をしないという選択肢は俺の中にはない。

 無論、隷属の首輪の影響もあるけど──料理することが今の俺の存在意義だって、俺が本心から思っているんだからな。

「お前たちもマオを見習って、美味い料理をどんどん開発していけよ」

 シーグレットは一同の顔を見回しながら、力強く語った。

 俺を見習えって……何か照れるな。

 俺はただ日本の料理を普通に作ってるだけなんだけどな。

 まあ、異世界はこの世界の連中にとって色々と魅力的なものが詰まった宝庫なのだろう。召喚勇者がこの世界の戦士を凌駕する能力を持っているみたいにさ。

 俺は召喚勇者らしく、自分の能力をフルに駆使して表舞台に立つよ。それが、フライパンを片手に厨房に立つことだったとしてもね。

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