第23話 勇者、醤油を手に入れる

 朝。俺が厨房に入ると、部屋の一角に人だかりができていた。

 人だかりの中心にいるのは、シーグレットだ。腕を組んで、調理台の上にあるものを眉間に皺の寄った目で見つめている。

 シーグレットはでかいから、人だかりの中心にいても何処に立ってるかがすぐに分かるな。

「何の騒ぎだ?」

「あ、おはよう。マオ」

 俺の存在に真っ先に気付いたのはリベロだった。

 人だかりから抜け出た彼は、シーグレットのいる方を見ながら言った。

「行商人が来てね。新しいソースを売ってるっていうから料理長が買ったんだけど……」

 そこまで言って、微妙に神妙な顔つきになる。

「塩辛すぎて美味しくなかったんだって。でも無駄にしたくもないし、どうしようか悩んでるんだって」

「塩辛い?」

 俺はリベロに招かれて、人だかりの中心に行った。

 調理台の上には、ガラスの瓶に入った真っ黒な液体が載っていた。味見の跡だろう、使用済みと思われるスプーンが傍に置いてある。

 ……あれ? この匂い……

 俺は瓶に手を伸ばした。

「何だ、マオか。いくらお前でも、こいつを美味く調理するなんてことはできねぇだろ」

 シーグレットの言葉を聞きながら、瓶の蓋を開ける。

 中から漂ってきたのは、日本人には馴染みの深いあの香り。

 俺の予想は間違っていなかった。

 これは──

「……醤油じゃん」

「ショウユ? ソイソースって言うんだとよ。これは」

 シーグレットがスプーンを差し出してくる。

 俺はスプーンに瓶の液体をほんの少しだけ垂らし、舐めた。

 ……やっぱり、醤油だ。日本料理には欠かせないあの調味料だ。

 おそらく、シーグレットはスプーンに一杯の量を口に入れたのだろう。それじゃ塩辛すぎて不味いって言うのも当たり前だ。

「そのまま舐めたんじゃ塩辛すぎるのは当たり前だ。これは水とか他の調味料と合わせて薄めて使うもんなんだよ」

「……何だって?」

 俺の言葉に眉を跳ね上げるシーグレット。

 他の料理人たちも、俺の言葉を半信半疑といった様子で聞いている。

 この世界の食文化は西洋のそれと似通っているから、醤油のような調味料は馴染みが薄いはず。どうやって使うか想像が付かないのだろう。

 醤油があれば、今までは作れなかったあんな料理やこんな料理が作れるようになる。

 此処は、俺の腕の見せ所だな。

「試しに一品作ってやるよ。こいつが不味いっていう認識を変えてやる」

「その言葉、信用していいんだろうな?」

 自信満々に言う俺に、シーグレットは鋭い視線を向けた。

 そんな彼に、俺は胸を叩きながら答えた。

「任せとけって」

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