第21話 フリカデレとケチャップ

「むぅ」

 俺が謁見の間から厨房に帰ってくると、腕を組んで渋い顔をしているシーグレットがそこにいた。

 リベロ以外の料理人の姿があるのは、休憩時間が終わって各々の居場所から帰ってきたからだろう。

「何かまた問題でも起きたのか?」

 ワゴンを定位置に押し込めながら問いかけると、シーグレットは渋い顔はそのままに視線を調理台の上から俺の顔へと移した。

「傷む寸前の肉が大量に見つかったんだよ」

 肉は、冷蔵庫ではなく氷魔法で室温を真冬並みの寒さにまで下げた冷蔵室という倉庫に保管している。

 何十という数の肉を保管してある場所なので、うっかり使い忘れていた古い肉が紛れ込んでいても不思議ではない。

 腐らせる前に見つかって良かったじゃないか。

「料理に使えばいいだろ。何百って食う奴がいるんだから、すぐに消費できるじゃんか」

「そいつはそうなんだが、肉を大量に使う料理っていったらフリカデレくらいしか浮かばねぇんだよ」

 こっちの世界ではハンバーグのことをフリカデレって呼んでるのか。

 フリカデレといえばハンバーグの元祖とでも言うべき料理で、確か発祥はドイツだった気がする。

「肉の味しかしねぇフリカデレは腸詰めと一緒だって兵たちに不評でな。一応食ってはくれるんだが文句が結構多いんだ」

 ああ、こっちの世界ではデミグラスソースなんて上等なものはないもんな。

 だったらソースを作ってやればいいだけの話だ。

 俺は足下の箱からトマトを取り出して、言った。

「俺がハンバー……フリカデレを美味く調理してやるよ。材料はあるから簡単にできる」

「何?」

 その場にいた全員の視線が俺に集中した。

 皆「そんなことできるのか?」とでも言いたげな顔をしている。

 できるんだよ。日本クオリティの料理なら、此処の連中を唸らせることは容易いはずだ。

「ただ、一人で全部作るのは大変だからな。皆にはフリカデレを作るのを頼みたい。普段作ってるのと同じのでいいから、作ってくれないかな」

「……分かった。何をする気かは知らねぇが、任せたからな。マオ」

 シーグレットは肉を料理人たちに配って、号令をかけた。

「よし、今からフリカデレを作る! 作業に取りかかれ!」

 料理人たちが各々の調理台に肉を運んでいく。

 よし、俺も作り始めよう。


 今回俺が作るのはケチャップだ。

 本当はハンバーグっていったらデミグラスソースなんだろうけど、この世界には中濃ソースがないから作るのが大変だからな。

 ケチャップがあるだけでも肉は美味くなるし、ケチャップに馴染みのないこの世界の連中には目新しいだろうと思う。

 それじゃあ、作っていくぞ。

 まず用意したのはトマト。切り込みを入れたら湯剥きしていく。

 鍋に湯剥きしたトマトと小さく切った玉葱、にんにくを入れたら、撹拌する。

 この撹拌作業は、ミキサーがあるならそれを使えば簡単にできる。しかし此処にはそんな道具はないので──

「リベロ、ちょっといいか?」

 俺は隣でフリカデレ作りをしているリベロを呼んだ。

「うん、何?」

「この鍋の中身なんだけどさ、風魔法で撹拌──どろどろの液体になるまで掻き回すことってできるか?」

 風魔法は空気の流れを操ったり真空の刃で目標を切り刻んだりする魔法だ。威力を調整すれば材料を掻き回すことなんて容易いはず。

 俺が魔法を使えれば自分でやるんだけど、隷属の首輪のせいでそれはできないからな。

「できるよ。ちょっと待っててね」

 リベロは手を洗って鍋を受け取ると、風魔法を唱えて鍋の中身を綺麗に混ぜてくれた。

「これでいい?」

「おう。ありがとな」

 リベロから受け取った鍋を火にかける。

 砂糖と塩を入れて、とろみが付くまで鍋の中身を煮詰めていく。

 煮詰まったら、酢を入れて混ぜれば完成だ。

 トマトが大量にあって食べきれない、なんて時に作ってみてほしい。

 さて、同僚たちのフリカデレ作りは順調かな?

 出来上がったケチャップを竈から下ろして周囲に目を向けると、そこかしこで肉が焼けるいい匂いがした。

 うん、流石作り慣れてるだけあって作業が早いな。

 俺は料理人たちに混じって肉を焼いているシーグレットの元に、完成したケチャップを持っていった。

「できたぞ。フリカデレに掛けるソース」

「ソース?」

 竈からフライパンを下ろしてシーグレットが片眉を跳ね上げた。

 俺が手にしている鍋の中身を見て、言う。

「何だこりゃ」

「ケチャップ、っていうんだ。俺の故郷じゃ色々な料理に使ってる万能ソースなんだぞ」

「ほう」

 シーグレットは棚から小さなスプーンを取り出して、ケチャップを掬い取ると口に運んだ。

「む」

 スプーンを口から抜き取って、目を見開く。

「これは……トマトか? それにしちゃ甘い、今までに食ったことのない味だ」

 美味い、と彼は言った。

「あれだな。芋とかに掛けても美味そうなソースだな」

 そうなんだよ。フライドポテトとかに掛けると美味しいんだよな、ケチャップ。

 俺はシーグレットが作ったフリカデレにケチャップを掛けた。

「これで出来上がりだ。これなら兵士も文句言わないと思うぞ」

「成程、ソースで味を加えるのか。確かに肉だけの味よりは、食いやすいかもしれねぇな」

 ばん、と俺の背中を叩くシーグレット。

「よくやった! お前は凄ぇ料理人だな全く!」

 厨房に響くくらいの大きな声で、周囲の料理人たちに呼びかける。

「フリカデレができたら持ってこい、最後の仕上げをするぞ!」

「美味しそうだねぇ、それ」

 完成したフリカデレを載せたフライパンを片手に、リベロが唇を舐めながら近付いてくる。

「僕たちの分もフリカデレ作るから、食べさせてよ。そのソース」

「おう」

 俺は頷いた。

 どうせケチャップはまだまだ作り足さなきゃいけないし、俺たちの分の量が作る分に加わったところで大差はないからな。

 フリカデレはどんどんできてくるし、さっさと追加分を作ろう。

 ケチャップ入りの鍋をシーグレットに渡して、俺は追加のケチャップを作るべく新しい鍋に手を伸ばした。

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