第20話 魔王と甘味
謁見の間。
例によってシーグレットにシュークリームの運搬を言いつけられた俺は、魔王がいる玉座の前に来ていた。
魔王は玉座にゆったりと腰掛けたまま、シュークリームをゆっくりと味わっている。
「お前の手にかかると乳もこんなに甘くなるのだな。実に上品な甘さだ」
何処かうっとりとした様子で、食べかけのシュークリームを眺めている。
……魔王は美男子だからそういう顔も妖艶の一言で済ませられるけど、そうでなかったら単純に不気味だぞ。その表情。
「これは気に入った。毎日あっても良いくらいだ」
「毎日なんて作れるわけないだろ。菓子作りは手間がかかるんだよ」
俺は溜め息をついて、魔王の手から空の皿を受け取った。
ワゴンの上に皿を置いて、ティーカップに紅茶を注ぐ。
湯気の立つそれを魔王に差し出して、続けた。
「菓子は俺が食べたいと思った時に作る。そのスタンスを変えるつもりはないからな」
「ふむ……残念だ」
魔王は俺から紅茶を受け取って、くいっと飲み干した。
「首輪の力でうぬに甘味作りを強制させることはできるが──」
カップを宙に放る魔王。
カップは手で運ばれているかのように、ゆっくりと弧を描きながらワゴンの上に着地した。
「心の篭らぬ料理ほど不味いものはない。それならば、多少間を置いても美味いものを食したいものよ」
魔王の目線が、俺の首で存在を誇示している首輪に移動する。
「勇者よ。余はひとつうぬに問う」
唐突な言葉に、俺は魔王の顔に注目した。
魔王は首輪から俺の目に視線をずらして、尋ねた。
「召喚勇者とは、皆うぬのように料理を作るのか」
それは……人次第なんじゃないかって俺は思う。
料理の仕方は学校に行っていた奴なら誰もが一度は習うものだけど、それが実際に身になっているかどうかは別の問題だからな。
俺はたまたま料理ができたけど、人によっちゃ全然料理ができない奴ってのもいるし。
それが、どうかしたのだろうか?
俺が問い返すと、魔王は腹の上で両手を組んで、扉の方に視線を向けた。
「新たな勇者が召喚された」
それはまた唐突な話だな。
「その者を捕らえてうぬと同じように首輪を填めれば、余は更に異世界の馳走を堪能できるようになろう」
こいつ、異世界の食事を食いたいからって理由だけで勇者を生け捕りにしようとしてるのか。
何か……最初は魔王らしいなって思ってたけど、どんどん残念になっていくな。
そんな奴に負けた俺って……
俺が複雑な表情をしていると、魔王は含み笑いを口の端から漏らしながら言った。
「相対する時が楽しみだ」
……俺からは何も言うまい。
俺はワゴンを引いて、謁見の間を後にした。
そろそろ夕飯の仕込みを始める時間だ。気持ちを切り替えよう。
今の俺に必要なのは、俺を必要としてくれている連中と一緒に働ける環境なのだ。
勇者から出た言葉とは思えないだろうが、それが俺にとっての現実なのである。
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