第15話 勇者、城下町に出る
「チーズがねぇな」
昼飯作りの準備をしていたシーグレットが、食糧を詰めている箱の中を覗きながらぽつりと呟いた。
包丁を洗っていたグレンが、そちらを見て言う。
「チーズもですけど、バターもないですよ。弁当作りで大量に消費しましたから」
「マジかよ」
シーグレットの眉間に皺が寄った。
彼は髪を乱暴に掻いて、頭上の棚の扉を開いた。
羊皮紙の束とペンを取り出し、何かをつらつらと書いていく。
出来上がったものをグレンへと手渡し、言った。
「今すぐ仕入れてこい。チーズとバターがねぇんじゃ料理にならねぇからな」
「分かりました」
エプロンで濡れた手を拭き、シーグレットから羊皮紙を受け取るグレン。
と、シーグレットの視線がこちらを向いた。
「マオ、お前もグレンと一緒に行け」
「……へ?」
「必要に応じて食材の仕入れをするのも料理人の仕事の一環だ。一人でも行けるようになるように、グレンに仕入先の場所を教えてもらってこい。勉強だ」
仕入れって担当の奴がいてそいつがやるもんだとばっかり思ってたけど、違うんだな。
仕入先って……城の外に出るんだろ?
城の外には街があるのだが、思えば魔族の街をじっくり歩いたことなんてなかったな。
勇者として城に攻め入った時は、周囲の様子なんてろくに見なかったからなぁ。
グレンは俺の傍まで来ると、羊皮紙を差し出してきた。
何と書いてあるかは読めない。ただ書の雰囲気で、これが品物の注文書であろうことくらいは辛うじて分かる。
ああ、代金は城が出すからこの用紙が金の代わりなのかもな。
俺はグレンから羊皮紙を受け取った。
「早速行くぞ。迷子にならないようにしっかり付いて来いよ」
「わぁ、頑張ってね。行ってらっしゃい」
にこにことリベロが手を振っている。
俺は彼らに見送られて、グレンと共に城を出た。
城下町は俺が旅立ったクロエミナ国と似たような雰囲気で、多くの町人が行き交う賑わいのある場所だった。
煉瓦の建物の連なりに、道沿いに開かれている行商人の店。
買い物を楽しみ、交流をしている魔族たち。
此処が魔族の国だって忘れそうになるほどに、普通の町としての姿がそこにあった。
「……魔族も店を開いたり買い物をしたりするんだな」
俺がそう呟くと、何を言ってるんだと言いたげなニュアンスを込めた眼差しでグレンが俺のことを見た。
「お前は魔族を何だと思ってるんだ」
魔族にも文化や暮らしがあるんだ、と言われてしまった。
まあ……ニュアンスとしては民族の違いみたいなものなのかな。
道行く魔族たちは俺のことを珍しいものを見るような目で見てくるが、俺がグレンと同じ服装をしているからか、話しかけてくる奴はいなかった。
俺としてはその方が有難い。人間だって騒がれるのをいちいち相手にしていたら疲れるからな。
大通りから小道に入ってしばらく歩いて、視界に柵に囲まれた草原が入ったところで、グレンが立ち止まる。
「此処だ」
此処って……何もない原っぱみたいに見えるけど。
俺が小首を傾げていると、彼は草原のある一点を指差した。
彼が指し示す先に、大きな平屋があった。大きさは……此処からでははっきりとは分からないが、おそらく一般的な民家が五、六軒並んだくらいはあるだろう。
柵に沿って少し進むと、簡素な門があった。押せば簡単に開くような作りの木の門で、傍に看板が立っている。
俺はグレンに尋ねた。
「此処って何?」
「そこに看板があるだろう」
「俺が魔族の文字を読めるわけないだろ」
「……そういえばそうだったな」
悪かった、とグレンは小さく謝ってから、教えてくれた。
「牧場だ」
「牧場?」
何、魔族も牛とか飼ってるわけ?
まさか魔族が経営する牧場にお邪魔することになるとは思ってもいなかった。
チーズも、バターも、人間と同じように酪農で手に入れてたんだな。びっくりだ。
俺たちは門を開けて牧場の中に入り、建物を目指してまっすぐ進んでいった。
俺、牧場を見るのは初めてなんだよな。ちょっぴり楽しみだ。
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