第14話 それは第一印象の問題

 周囲がわあっと沸き上がる。

 歓声の中に、時折人間は殺せといった声が混ざっているのが聞こえる。

 リベロは微妙に困ったような顔をしながら小首を傾げているが、女の行動を制止しようといった気配はない。

 女は俺の髪を掴んで頭を強引に持ち上げると、視線通りの冷酷な声音で言葉を発した。

「貴様は何十、何百という私の部下たちを殺した。王の恩赦がなければ、この場で引導を渡してやっているところだ」

 ……確かに、俺たちは魔王に戦いを挑んだ時、周囲にいた魔族を蹴散らした。

 技や魔法を駆使して、数え切れないほどの連中を屠った。

 魔族の中には、俺たちに恨みを持つ者は多いだろう。

 思えば、厨房の料理人たちの態度が特別だったのだ。彼らは俺を普通の同僚として扱ってくれている。

 それに慣れてしまったせいで、大多数の魔族が持つ感情を忘れてしまっていた。

 俺は魔王の隷属となったが、それで連中が持つ恨みの感情が帳消しになるわけではないのだ。

 何と言っていいか分からず無言でいると、女は乱暴に俺の頭から手を離した。

「私はお前を許さない。いつでもお前の命を喰らう準備をしているということを、覚えておけ」

 押さえつけられている腕から圧迫感が抜けたので、俺はゆっくりと身を起こした。

 微妙に砂が付いた制服をばたばたとはたいて、女を睨む。

「……そっちこそ、覚えてろよ。この首輪が外れたら真っ先に叩きのめしてやるからな」

「まあまあ。マオもカーミラも、そのくらいにしておきなよ。ね?」

 俺の肩を背後からそっと抱いて、リベロが割って入ってきた。

「マオは僕たち料理人の期待の星なんだ。今いなくなられたら困っちゃう。美味しい料理が食べられなくなったら、僕は悲しいなぁ」

「……ふん」

 女──カーミラは憮然とした様子で、俺たちの前から一歩身を引いた。

 騒いでいる周囲に目を向けて、声を張り上げる。

「お前たち、静かにしろ!」

 ぴたりと水を打ったように静まり返る兵士たち。

 カーミラは腕を組み、問うてきた。

「此処に何の用だ」

 リベロは俺から離れると、置いてある木箱のひとつに近付いて蓋を開けた。

 中に大量に入っている葉包みをひとつ取り出して、カーミラに見えるように胸の前で持つ。

「これから貴女たちは遠征に行くでしょう? その時に持って行くお弁当を届けに来たんだよ」

「……成程」

 カーミラはリベロから包みを受け取り、眉根を寄せて呟いた。

「これは……いつもの弁当と違うな。何を作ったんだ」

「マオの自信作だよ。僕も食べたけど、すっごい美味しかったから。期待しててね」

「……人間の血より美味いものがあるとは思えんがな」

 包みを木箱に戻して、言う。

「私が責任を持って兵たちに支給しておく。手間をかけさせたな」

「いいえ。これも僕たちの大事なお仕事だから」

 リベロは微笑んで、俺の傍に身を寄せた。

「それじゃあ、僕たちはこれで。遠征頑張ってね」

 マオ行くよ、と声を掛けられると同時に肩を抱かれて引っ張られて、俺はカーミラの鋭い視線を背中に浴びながら訓練場を後にした。

 廊下を歩きながら、俺はリベロに問いかけた。

「お前も……やっぱり、俺のことを憎いとか思ってるのか?」

「んー」

 リベロは視線を上向きにしてしばし考え込んだ後、答えた。

「僕はあまり実感が湧かないんだよね。マオが人間の勇者で、たくさんの仲間を殺した殺戮者だなんてさ」

 常に身を張っている兵士と違って表に立たない料理人だから、人間との戦争も身近には感じないんだよ、と彼は言った。

 確かに、料理人とは厨房に攻め入ったって状況でもない限りは戦わないと思う。

「僕が知ってるマオは、力仕事が苦手で、料理がすっごい上手で、僕みたいな奴とも話をしてくれる男の子。血なまぐさい現場とは無縁の子だよ」

「……そうか」

 第一印象ってのは凄いな。同じ人間でも此処まで持っているイメージに差が出るんだから。

 首輪を填められている間はそのイメージをなるべく壊さないように、お勤めするとしますかね。

 制服の袖を捲りながら、俺は同僚が待つ厨房に向かって歩を進めたのだった。

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