第7話 勇者、考える

「ふー」

 ちゃぽん、と湯船に浸かって俺は全身を伸ばした。

 風呂はいいね。日本人の暮らしにはやっぱり風呂がないと駄目だ。

 魔王に負けて捕まった時はどうなることかと思ってたけど、こうして人並みの暮らしをさせてもらってることに関してだけは感謝してやらないでもない。

 俺は自分の首に手を当てた。

 隷属の首輪。魔王がそう呼んでいた首輪は、今も俺の首に填まっている。

 この首輪のせいで、俺は魔王に逆らえずにこうして魔王の眷属みたいな存在になったのだ。

 勇者として、正直言って情けないとは思う。

 思うけど、魔王やその仲間に歯向かおうという気が起こらないのもまた事実だった。

 それは首輪の魔力によるものなんだろうが、こうして冷静に考えていると案外まんざらでもないんじゃないかって気になってくる。

 料理人たちがあっと驚くような料理を作ろうと思ったり、料理を教えようと思ったりしたのは紛れもない自分の意思だったからだ。

 ……俺、本当に魔族の仲間になっちゃったんだなぁ……

 俺を召喚したクロエミナ国の人たちや王様が今の俺を見たら何て言うだろう。

 新しい勇者を用意して、俺を助けようとしてくれるかな。

 それとも、魔族の軍門に下るような奴は人間じゃないとか言って、魔王もろとも俺を討伐しようとするのだろうか。

 俺はまだ人間のつもりだから、もしも新しい勇者が此処にやって来たら、言おうと思っている。

 俺は身体は魔王にいいようにされたけど、魂まで売り渡したわけじゃないって。

 今こうして魔王城の料理人になっているのは隷属の首輪のせいだって。

 事実を誤解されたまま死ぬのは、御免だ。

「おい、お前」

 一人でぼーっと考えていると、横にいた魔族が話しかけてきた。

 随分と引き締まった無駄な肉のない身体だ。おそらく城勤めの兵士だろう。

「今日の食事、お前が作ったんだってな。あれは美味かった、お陰で訓練にも力が入ったよ」

「……それはどうも」

 俺が心此処にあらずといった様子で適当な相槌を打つと、兵士は俺の肩をぽんと叩いて笑った。

「何だ、疲れてるのか? 料理人の朝は早いっていうからな、ゆっくり休めよ」

「……ああ」

「明日の食事も期待してるぞ、坊主!」

 坊主、か。俺ってそんなに若く見えるのかね?

 まあ、魔族からしたら十分若いんだろうけどさ。

 兵士は湯を蹴って風呂から上がっていった。

 ……俺もそろそろ風呂から出るか。明日の朝は早いからな。

 寝坊してグレンに叩き起こされるなんてことにはならないようにしないと。

 人に起こされるほど目覚めの悪い朝はないもんな。

 手で掬った湯を顔にぱしゃっと掛けて頬を叩き、俺は風呂から出るためにその場を立ち上がった。

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