第8話 直々の指名

 ぺちぺち。

 誰かが俺の頬を叩いている。

 何だよ、人がせっかくいい気持ちで寝てるのに。

 瞼に力を込めて目を開けると、俺の顔を上から覗き込んでいるグレンの顔が視界の中央に現れた。

「起きろ、時間だぞ」

「……うー」

 俺はのろのろと上体を起こした。

 ……そうだ。俺は此処で働いてる料理人だったんだっけ……

 寝惚けた頭でそんなことを考えながら、ベッドから降りる。

 クローゼットを開くと、昨日俺が着ていた服の他に見慣れない服が入っていた。

 これは……料理人の、制服?

 シーグレットやグレンたちが着ている服と同じものだ。

 白を基調とした如何にもって感じの制服で、腰に着けるエプロンが付属している。

 俺が制服を見つめていると、着替えながらグレンが言ってきた。

「お前だけ違う服装で料理させるわけにもいかないからな。新しいのを貰ってきてやったんだ」

「……わざわざ用意してくれたのか」

 ありがとな、と言うと、照れているのかグレンはそっぽを向いた。

 こいつ、意外と可愛いところがあるんだな。

 せっかく用意してくれたものだし、これが正装だって言うんなら有難く使わせてもらおう。

 俺はグレンの見よう見真似で制服を身に着けた。

 ちょっと、大きい。袖や裾がもたついている。

 魔族は基本的に人間よりも身体が大きいからな。俺に丁度いいサイズがなかったのだろう。

 まあ、動くのに支障が出るほどのもたつきではない。

 俺はまだまだ成長期だし、そのうち丁度良くなるはずだ……多分。

 制服を身に着けた俺は、グレンに連れられるように部屋を出て厨房に向かった。

 厨房には、既に他の料理人たちが勢揃いしていた。

 どうやら俺たちが一番遅い到着だったようだ。

 皆、仕込みやら何やらで既に忙しく厨房内を動き回っている。

 俺たちも、彼らを手伝って野菜を洗ったり肉を切ったりする作業に着手した。

 そうして三十分ほど過ごした頃。羊皮紙の束を片手にシーグレットが厨房に入ってきた。

「……遅刻した奴はいねぇな。よしよし、立派だ」

 皆注目、と彼が声を張り上げたので、俺たちは作業の手を止めてそちらに注目した。

「いいか。今日は遠征がある。そのため食事の時間が普段よりも早い。気合入れて作るように、分かったな」

『はい!』

「それとマオ、お前はこっちに来い」

 名指しされたので、俺は小首を傾げながらシーグレットの前に出た。

「お前は王の食事を作れ」

「……俺が?」

「昨日の……何つったっけか、ポークピカタ? あれにえらく感激したようでな、今日の朝食も是非作ってほしいとの直々の御指名だ」

 あんな家庭料理で感激しちゃうんだ、魔王。

 意外とちょろい、じゃない。普通の料理でもいけるくちなんだな。

 何でもいいんなら……俺にはまだまだレパートリーがある。飽きさせない料理を作る自信はある。

 問題は、何を作るかだ。

 朝だから、そんなにがっつりしたものじゃなくてもいいだろう。

 あっさり系の、何か手軽に作れる料理は……

 調理台の上に置かれている大きな鶏肉に目が向いた。

 鶏肉のみぞれ煮なんか、いいんじゃないか。

 そうしよう。朝の料理は鶏肉のみぞれ煮に決定!

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