第2話 魔王城の厨房

 厨房は城の地下にあった。

 煌びやかな上階とは違って生活臭漂う雰囲気の造りをした場所に、俺はつい見入ってしまった。

 魔族って人間みたいに生活しているイメージなかったけど、こうして見ると人間と何ら変わらないんだな。

 厨房は俺が通っていた高校の教室くらいの広さがある部屋で、中には竈や流し台、食材を入れた箱などが所狭しと並んでいる。

 その狭い中を総勢二十名くらいの料理人がうろついているのだから、余計に手狭に見える。

 衛兵は俺を引っ張って厨房の中に入ると、奥で他の料理人にあれこれと指示を飛ばしている一人の料理人の元へと向かった。

「シーグレット」

 シーグレット、と呼ばれた料理人は、灰色の肌に青い髪、白い瞳の少々厳つそうな顔をした魔族の男だった。

 年の頃は二十代か、三十代か……あくまで見た目の話なので実年齢は違うのだろうが、それくらいに見える。

「何だ、ロキ。衛兵がこんな場所に来るなんて、つまみ食いでもしに来たのか」

「王の命令で、新しい下働きを連れて来た」

 この衛兵、ロキって名前だったんだな。どうでもいいけど。

 ロキは俺の髪を掴んで引っ張ると、強引にシーグレットの前に立たせた。

「此処で料理をさせよとのことだ。料理長のお前に預ける」

「何だこいつ……人間じゃねぇか」

 シーグレットの淡い光を帯びた瞳が俺の全身を舐めるように見た。

 こいつ一七〇センチの俺より頭二つ分もでかいから無駄に迫力あるな。

「王も酔狂だな。人間を雇うなんざ……オレだったら遠慮するところだね。人間は食うもんであって人手にするもんじゃねぇ」

 へっと笑いを零して、シーグレットは俺に言葉を向けた。

「人間。名前は」

「……真央」

 これも隷属の首輪の効果なのか、俺はすんなりと相手の問いかけに答えていた。

「マオか。その首輪があるってことはオレの命令には逆らわねぇようになってるんだろうが、厨房(ここ)ではオレがルールだ。肝に銘じとけ」

 俺の手に填められた枷を指差して、これは外せとロキに言う。

 ロキは懐から取り出した鍵で、俺の枷を外した。

 やっと手が自由になった。ずっと何かで縛られてたもんだから手首がちょっと痛い。

 手首を摩る俺の肩を掴んで、シーグレットは厨房を見回した。

「此処では、王に出す食事の他に城で働いている兵士の食事も作っている。そういうわけで此処は常に戦場だ。お前も此処で働くからには、そのことを常に頭に入れておけ。分かったな」

 兵士って何人いるんだか知らないが、これだけ巨大な城だ。勤めている兵士の数はそれなりにいるのだろう。

 それだけの人数分の食事を作るのだから、確かに此処は戦場になるな。

「まず、お前がどれほどの腕前を持ってるのか見せてもらう」

 シーグレットは俺を調理台に連れて行くと、目の前にまな板と包丁を置いた。

「まかないを作れ。材料は此処にあるもんなら何を使ってもいい。できるな?」

 ……いきなり料理を作れときたか。

 俺は、自慢じゃないが家庭科の成績は良かった。料理をするのは嫌いではないのだ。

 魔族のために料理をするのは、勇者としては思うところがあるが……

 やってやるよ。俺がただの人間じゃないってことを、これで証明してみせるからな。

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