隷属の勇者 -俺、魔王城の料理人になりました-

高柳神羅

第1話 勇者、奴隷になる

 俺、相田真央は勇者である。

 何言ってるんだこいつ、的な目で見ないでほしい。これは周囲の人間から望まれて与えられた肩書きなのだ。

 元々、俺は日本に住むごく普通の高校生だった。

 それが、学校の帰り道に突然謎の光に包まれて、気付いたらこの世界に来ていたのだ。

 俺を召喚という形でこの国に連れて来たのは、クロエミナ王国という国だった。

 そこの王様に「この国に攻めてくる魔族を率いている魔王を倒してほしい」と願われて、装備と仲間を与えられて国を旅立ったのがつい一ヶ月前のこと。

 召喚された時に手に入れた歴戦の戦士顔負けの戦闘技能(スキル)と魔法技術を駆使して、俺は仲間と共に魔族の国に足を踏み入れて、魔王が住む居城に辿り着いた。

 このまま、俺は魔王を倒して国を救った英雄になる──はずであった。


 予想以上に強大だった魔王の力に圧倒されて、俺たちは一人、また一人と斃れていき──

 遂に、俺一人を残して俺たちのパーティは全滅した。


 ──それが、昨日この身に起きた出来事だ。

 今の俺は、勇者という肩書きを背負ったただの人間でしかない。

 俺の首に填まったこの黒い首輪は『隷属の首輪』と言うらしい。これを填めた者は全ての能力を封じられ、力も十分の一に抑えられてしまうのだ。

 そんな感じで勇者としての力を奪われた俺は、城の奥深くにある地下牢に幽閉されていた。

 手足に繋がれた鎖が重い。元々は魔族用に作られた枷だから、人間には合わないのだ。

 これから俺はどうなるのだろう。

 俺を此処に閉じ込めたのは魔王だ。どういうわけか俺だけは他の皆と違って殺されなかったのだ。

 単なる魔王の気紛れなのだろうが、その気紛れに付き合わされている身としてはたまったものではない。

 俺は死にたがりではないが、こうして無様に生き恥を晒しているくらいならいっそのこと死んだ方がマシなのではないかと思えてくる。

 どうせなら一思いにやってほしい。いつ訪れるか分からない死を何もせずに待つのは嫌なのだ。


 その思いが届いたのかどうかは定かではないが。

 衛兵が何人もやって来て、俺を閉じ込めている牢屋の鍵を開けた。


「出ろ」

 衛兵は俺の手足を繋いでいる鎖を外すと、腕を後ろに回して枷を付けた。

 あくまで自由にはさせないか。まあ、懸命な判断ではある。逆の立場だったら俺だってそうしている。

 背中に槍の穂先を突きつけられながら、俺は牢屋を出た。

「歩け」

 そのまま、地下牢を抜けて階段を上がり、城の中に出る。

 臙脂色の絨毯が敷かれている廊下を延々と歩く。

 並んだ窓に、自分の姿が映っているのを見つける。

 全ての武器と防具を取り上げられた自分の姿は、勇者でも何でもない、ただの人間そのものだった。

 白いシャツに藍色のズボン。鎧の下に着る服として王様が武具と一緒にくれた服だ。

 これがこの世界の人々が着る一般的な服装らしいのだが、長旅にも耐えられるようにと特別な素材を使って作られた服らしいということは聞いている。

 それが幸いしているのか、結構痛めつけられているにも拘らず破れは見られなかった。

「余所見をするな」

 後ろから頭を掴まれて、強引に前を向かされた。

 何だよ、ちゃんと歩いてるんだから少しくらいあちこち見たって構わないだろ。

 俺は唇を尖らせて、前に立っている衛兵の背中を見つめた。


 俺が連れて来られたのは、城の最奥にある玉座の間だった。

 俺たちが魔王と激戦を繰り広げた部屋である。

 その時の痕跡は、綺麗に修復されて影も形も残っていない。

 柱とか、結構深く抉れたりしてたんだけどな。

 ステンドグラスが填められた窓から、七色の光が差し込んできている。

 その光が左右からぶつかる丁度中央に段差があり、椅子がひとつ誂えられている。

 その椅子に悠然と腰掛けている細面の男と、目が合った。

 奴こそが──魔王だ。

 見た目は黒い法衣に身を包んだ学者のような男だが、その姿からは想像も付かないような力を持っている。

 現に、奴一人に俺の仲間は皆殺されたのだ。

「……来たか」

 ゆっくりと、魔王が席を立った。

 俺は衛兵に引っ張られ、強引に床に跪かせられた。

「うぬの処分が決まった」

「一思いに殺せよ。俺の仲間をやった時みたいにさ」

 俺は毒づいた。

 衛兵が俺を嗜めて黙らせようとしてくるが、構うものか。

 どうせ捕まった時点で俺の命運は決まったようなものなのだ。遠慮する必要が何処にある?

 しかし、魔王は低く笑うばかりで俺の言葉に応えようとはしなかった。

 指輪を填めた人差し指をこちらに突きつけて、言う。

「うぬにはこれより厨房に行き、料理人の下働きとして働いてもらう」

 ……へ?

 料理人の、下働き?

「うぬは召喚勇者だそうだな」

 俺が訝っている間も、魔王の言葉は続いた。

「余は異世界の馳走とやらに興味がある。作ってみせよ」

 それってつまり、俺に料理をしろってことなのか?

 てっきり殺されるものだとばかり思っていたから、この展開は予想外というか、予想の斜め上をぶっとんでいて絶句ものである。

 魔王が料理に興味があるって、そんな威厳形無しみたいなことを言っていいのだろうか。

「そやつを厨房に連れて行け」

 言いたいことだけを言って、魔王は再び玉座に腰を下ろした。

 俺はそのまま強引に立ち上がらされて、引っ張られながら玉座の間を後にした。

 ……何なんだ、あの魔王。かつての宿敵を単に料理が食べたいからって理由だけで生かしといていいのかよ。

 そのお陰で俺は命が助かったわけなんだけど、どうも納得できない。

 どのみちこの首輪がある以上、俺は奴には逆らえないんだけどな。


 ……そんな感じで、俺は勇者から魔王城の料理人になった。

 これからどうなるんだ、俺の人生。

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