29.最後の時

「ルシフェルは、お前を救えて本望だっただろうな!」


アイレーナを打ち払ったゼウスはニタリと笑う。


「やはり聞き及んではいなかったか…」


一体何を意味しているのか分からなかったが、その見透かしたような不敵な眼差しを嫌悪せずにはいられなかった。


ゼウスが振るいしアストラル・ケーニルスは天力を糧に輝光していた。それは本来ならばバニッシュと呼ばれる瞬間的な天力解放を用いた、言わば奥義のような技なのだが、背光を背にするゼウスにとっては常に常態化できる力である。ミカエルのアロンタイドでさえ打ち合う都度に構成を繕わなければ、ケーニルスの輝光に対等は出来ぬほどだった。

己の力を誇示するようにアイレーナのディスパーションを砕きに掛かったゼウスは、ケーニルスの輝光を更に高めて振り下ろす。

激しい金属形質の音は打ち鳴る。


(軟弱なアストラルと見縊っていたが、まさか今の一撃で傷さえつかぬとはな…だが…)


剣圧で押しやったアイレーナにさらなる追撃を仕掛けると、弄ぶように何度も何度も翳される盾に打ち付ける。翻弄された身を取り直し反撃を振るうが押し切れはしない。不落の盾を支える右腕の天装衣は、衝撃に耐え切れず亀裂を走らせていた。


ラファールは堪らずに動き出したが、邪魔立ては無用と呪縛の輪を掛けて吊るし上げた。


もう片腕の感覚がなくなってきた。このまま疲弊するだけならば、せめてこの領域に取り込まれたラファールを、ミュハエル達を救いたい。


きっとそれなら…私の存在を繋いでくれたあなたも咎めはしないでしょ?

ルシファー …


「(私が隙を作ります。皆さんはこの領域から脱出して下さい)」


最後の一合と前に出たアイレーナのその姿に、漸く分かった気がした。

力が及ばずとも、立ち向かう姿を知らしめたルシファーの心が…


(今なら分かる、あなたの気持ちが…)


(今なら分かる、お前の気持ちが…)


ラファールとミュハエルは失ってしまった存在の大きさに打ちひしがれながら、その最後の時を目にするしかなかった。

盾を前面に特攻する。

アイレーナに残された攻手はその一手しかないだろう。ゼウスもその意地から決して引く事はないと分かっていた。残影を重ね迫り来る影に、その出力を最大に振るうケーニルスの差渡しは大きく伸びていた。


激しい一合…

ケーニルスの光は砕け折れた…


(…まったく、とんだ代物だ)


アイレーナは止めずに剣を突き立てていたが、寸前の所で払うと脇にそらした。胸の中心を貫く事はやはり叶わなかったが…背光の光だ。背光は言わば露出した天力の形質。この手に届きさえすれば、天力を暴走させ囚われた領域を解き放つ事が出来る。アイレーナは剣を捨て盾を捨て手を伸ばした。


もう少し…

あと少し…


…そんな決死にも、身を返したゼウスに、遠ざかる背光を見た。

手を差し伸べ、がら空きになった胴体に掌底が打ち込められると、ゼウスの雷がその身を貫き、紫電の電光は天装衣の内に激震した。地に落ちたアイレーナは起き上がる事さえできなくなった。ディスパーションを支えていた右腕は見るも無残に赤切れ、天装衣は解けていった。前に折れ萎びれた翼を踏みつけられても、アイレーナは床に落ちていたハズミ枝の柄に左手を伸ばすのを止めなかった。


「さぁ、これで終わりだ…」


そうして振り翳されたケーニルスの光。激昂したラファールは呪縛の輪の中で目を背けずに誓うのだ。


「 (アイレーナを葬り私を決闘の領域に定めるがいい…

貴様の翼を剥ぎ取り!、この世界から消し去ってくれる!!)」


「(…よかろう)」


変ね…こんな時だって言うのに、考えているのはあなたの事ばかり。

もっと話したかった…

私があの時掛けた言葉に、少し困ったように答えたあなたの表情を…もう一度見たかった。

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