26.幼天使

ネフィリムの一撃にアナスタシアの体は壁面に叩き付けられた。

子猫を抱いた右手の重力制御は目まぐるしい攻防の中で精細を欠き途切れそうになる。訳も分からず振り回され呻き泣く姿に胸は痛くなる。

「…ごめんね、いい子で待ってるのよ」

止むに止まれず小さな小さなゲートを開くとビルの反対側へと送り出した。本当なら天界やエリスの元に送り出したかったが、地上生物が別次元に移行する際にはそれなりのゲートを開かなければ消滅してしまう。だがそんな猶予は与えてくれそうにもない。

動き出していたネフィリムと幼天使の気配に、炎のように渦巻いた翼の像を強く放つと、砕けた壁面の粉塵が冷めあらぬ間に飛翔した。左手に携えたアスカロンは構成体を重ね長剣を成すのである。


他の地域に比べその姿は一回り幼い姿だった。シンシナティのルキアは一人の幼天使を追い立てていた。砕け散ったビルの強化ガラスを抜け出すとキュリオスの一振りに突牙の斬影を込めて放った。出来れば傷付けたくはなかったが、活路を見い出さなければ手の回らない地域の被害は収まりはしない。

胸を貫いた一撃に動きは止まった。急所は外してある。すかさずに羽交締めにすると小さな胸を貫いたキュリオスは消失した。


「こんな事しなくてもいい!、大人しくしろ!」


ジタバタともがいていた幼天使は似つかわしく幼い声を漏らしていたが、諦めたように静まり返る。


「……」


何か言っている…


「…たすけて」


「⁉︎」


次の瞬間…天力を体中から発散すると轟く爆発と共に少女の幼天使はルキアの腕の中で消滅したのだ。

骨組みを僅かに残し吹き飛んだビルの傍らで、無傷だったルキアは腕の中から顔をもたげると天に向かい叫んでいた。


「ゼウス‼︎、貴様何をした〜‼︎」


その叫びを…その光景を…天界より目の当たりにした多くの天使達は次々と地上へと降り立った。

当時、地上人類の殲滅に暗黙していた天使達でさえ厭いはしない。これで拮抗は保たれるものと思っていたのだが、事態の収集に務めていた天使達は徐々に劣勢へと追いやられるのであった。

意識・情報・経験を共有していた幼天使達の戦闘学習能力は高く、目覚ましい成長を見せていたのだ。

研ぎ澄まされる刃は地力を上げ、ゼウスの雷から放たれる紫電は間隙を縫う。状況に適用していたネフィリムは、対天使形態とも言うべき姿に変化しており、その身は縮小化し巨躯に隠れて見えなくなる程度だった翼は大きく開いていた。

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