21.結ばれる言葉
想いを傾けた意識のまどろみにいつの間にか引き込まれていた。
そこが暗いのか明るいのかさえよく分からなかった。
『…あぁ、そうだ。私の根城に連れていってあげる』
ふと思い立つといつの間にか辺りの景色は移ろっていた。
平地世界の端で口を開けている大地の亀裂。その一角で橋のように繋がれた大地が私の根城だった。
百数十メートル程の隔てた亀裂に渡された大地は、辺りの地平の線からコブのように一段突き出している。元々は浮島だったものが、空を飛べない精霊達の要望によりここに据えられたそうだ。
精霊達の沿道とは分け隔たれた上層に根城はある。根城は寝城とも比喩されるほどで、日がな一日眠るように過ごす事も珍しくない。
そこには特に壁はない。石柱だけが連ねた屋根に眠り石と中庭があるだけ。どの根城も似たようなものである。
『ここを当てがわれた時は随分荒れてたんだけど、ノームに整地を依頼しただけで見違えるようになったのよ……ここでゆっくり眠って…早く目を覚まして…』
眠り石の中空でルシファーの肩に寄り添った彼女はいつの間にか目を閉じた。
それは夢うつつ。それは穏やかに…
「⁉︎」
突然目を見開いたアイレーナは、辺りの事象の認識すらせず眠りについていた自身にハッと身を起こした。そこに現れた二人に言葉はなく、片翼が閉じられていく向こう側に見えた、ルシファーの横顔を見ていた…
彼女が居てくれなければ、苦しみの中でその最後を迎えたのだろう。
…これで良かったのかも知れない。 最後の力を背に死地なる天界へと赴くよりは、きっと穏やかな最後だったに違いない。
本来ならば天使はその最後に形骸を残したりはしないのだが、アイレーナの思いがその姿をとどめていた。
…せめて形だけでも他の天使達と同じように送りだそう。
ルキアが駆け付けた明後日、天使の輪にルシファーの亡骸を連れたアイレーナの姿は、ペントハウスの室内から開いたゲートの先にあった。
出迎えたエリスはひどく悲しみながらもその袂に導くのだった。
「花を探しに行きたいのですが…」
「…あ!、えぇ…エルル、イルル」
「…」「…」
「お花畑に案内して差し上げて」
「うん」「…」
ラファールとアナスタシアに連れ立っていたルキアは、気の抜けた様子で空に言った。
「まさかこんな形で別れが来るとは思わなかった…」
ルキアは息をついた。
気配を感じ取ったラファールは出迎えるようにそちらの方へ向いた。
先立っていたウィゼルと続くカミーユは天概から目覚めて間もないようでそれぞれの資質を色濃く放っていた。
連れ立つもう一人のセリアはアナスタシアと同様に半神のまま過ごしていようだ。
「お久しぶりで御座います。ラファール様、ルキア様。…」
ウィゼルは二人に挨拶をするとアナスタシアにジロリと目を向けた。
「な、なによ…」
「お二方にご迷惑をお掛けしていないだろうな?」
「勿論よ…」
「…」
ウィゼルはさて置くようにドライアドの袂に目を向けた。
精霊達と共に見知らぬ天使は膝をつき亡骸に花を敷き詰めている。
あんな若い天使にルシフェル様が片翼を捧げたなどと、にわかには信じがたい事だ…
それぞれは花を送り終えると、最後の献花を終え立ち戻って来たアイレーナの背をラファールは押した。
「さぁ…」
「……魂の輪廻を信じ、生まれ来るその時まで…」
結ばれる言葉。亡骸に掛けられていた天力を解き放つと光へ消えていく。崩れ落ちていく花の影にアイレーナは一筋の涙を流した。
ドライアドの大木を前に取り囲む天使達と様々な精霊達、ルシファーの光印が額に記されたゴーレムも立ち並んでいた。
私には分からない
どうしてなの…
会話さえ真面にしなかった…
心に強く残るのは、剣を差し向けたあなたの眼だけ…殺伐としたあなたの眼だけ…
それなのに…
どうしてなの…
後に残されたアイレーナは、行き場をなくした思いに憂うしかなかった。
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