19.送る言葉
「(呼び立てて済まない)」
「…」
神殿から歩いてきたミュハエルは守衛の天使を制して前に出た。中庭に降り立つたアイレーナは視線を返すだけだった。
「(君がルシフェルの掌握に降りた事は知っている。事の経緯を聞かせてもらいたい)」
「……帰るわ」
アイレーナは背を向けた。
「(貴様!ミュハエル様に向かって!)」 守衛の天使は天言を荒らげたが今一度制した。
「いい…力ずくで聞くまでだ」
十一天球を統べる実力者、十翼の天装衣・ミュハエルに喧嘩を売るようなマネをした彼女は、内心の苛立ちから引き下がろうとはしなかった。
振り向きざまに副翼を纏うと、常に帯刀している柄を手にする。左手には剣を、右手には盾(ディスパーション)を。
奥にいた天使達は彼女はの翼を眼にして一様に思うのだ。まだ年端もいかぬ若い天使だ。ミュハエル様の一合にすら耐えられまいと。
しかし、そんな事は分かっていた。
ルシファーに軽くあしらわれた私の剣圧など造作もなく打ち払われる事など…それで構わなかった。
向かって来た彼女の一太刀に、大剣のアストラル・アロンタイドを翳した受太刀の一合。思いもよらぬ光景に控えていた天使達は驚きを隠せなかたった。
剣圧に耐え切れず片膝を着いたミュハエルは、身に迫った剣身を寸前の所で止めた。
アロンタイドに重なった斬影が僅かに光を残している。
以前とは比べ物にならない程の力量に一番驚いていたのは当の本人である。
「!!?」
しかし…後から来るのは虚しさだけでしかない。
「…すみません。もう辞めましょう」
後に引いたアイレーナは気落ちした声で言うも、ミュハエルは火が着いた様子で声を上げた。
「何を言っている、これからだ!」
ミュハエルは俄然と前に出た。
蒼い火花を散らす衝撃音は空に舞い薄雲を散らす。空を駆け、宙を蹴り出す。ミュハエルはそのハズミ枝の剣身を砕いて終わらせようと思っていたが、せめぎ合う最中その剣身にシダのエッジは流れていった。
対等する二人のせめぎ合いは度合いを増し、最後の一合は月の浮島さえも揺らすほど苛烈なものであった。
(…この位で十分だろう)
アストラルを収めたミュハエルは天装衣を解くとその素顔も晒した。禁忌ではないにしろ、天界ではしきたりのように諌めされる行いである。
「話しだけでもいい、聞かせて貰えないだろうか?」
「…」
天装衣を解いても返事をしないアイレーナに、
貴様〜!と、言いかけた守衛の天使を「フィル!」と、ミュハエルは一喝した。
何も語る気などなかったが、こうまでされてはさすがに気は引ける。交わす太刀筋も私の力を推し量るようにとても寛容であった。
「……私に起こった事だけなら見せてあげるわ」
そう言うとアイレーナは天言領域の視覚を開いた。
…それは祝福の花の中で、精霊によって紡がれた天衣を受け取った鮮やかな光景からだった。
プルエルの姿がある。
どう言う事だ?
関門の天使が立合うならいざ知らず…
「さぁ、ゼウス様がお呼びよ」
………
「私には適役でしょうか?、かつては十一天球を統べていたと聞き及んでおります」
「心配など要らぬ。あヤツにはもう力など殆ど残ってはいない。最後の火に贖罪のチャンスを与えようと言うのだ。この大役、受けてくれるな?」
「…分かりました」
そうして地上へと舞い降りて行った…
………
「私は命乞いなどしないぞ!」
………
……
…
「これだけよ…」
「十分だ」
考え込むように少し俯いた姿に、アイレーナは身を引いて静かに立ち去ろとする。ふと顔を上げたミュハエルは何事もなかったように言った。
「あぁ、待て。今の手合いで天生の痕跡は消えた。跡を追える者はいないぞ」
・・・アイレーナの翼は逆立った。
ゲートを開いてすぐさま飛び込もうとしたのだが、我に返ったように立ち止まり一言口にした。
「ありがとう」
白面を消失させて振り向いたその顔を涼やかに流し、姿を消して行くのだった。
・・・
彼女が姿を消しても、暫く動こうとしなかったミュハエルが神殿に戻って来ると、素顔を目にした天使や精霊達は驚きの声を漏らして道を空けた。月の浮島から流れ落ちる伝令水路を伝って戻ってきた早足のミンディは、その形相に小さな身を更に小さくした。
落ちた表情は怒りに顰み、打ち払われた拳は石柱を砕いた。
(一体、ミュハエル様はどうなされたのだろう⁉︎)
手を携え共に内政に尽くしてきたテュラエルは天監書を両腕に抱いていた。
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