16.エルルとイルル

幼子に身をやつした双子のバンシーは、ピョンピョンと大地のうねりを跳ねながら、背に隠れるほどの小さな薄羽ねをはためかせて次の根の山へ滑空した。

「こっちだよ〜」

「ほ〜ら、ほ〜ら」

エルルとイルルは戯れるようにそのかわいらしい声を上げていたのだか、その声の先には赤色の光印を全身から発色させたゴーレムが危機として迫っていた。しかし、何も悪ふざけをしてゴーレムにちょっかいを出しているわけではなかった。

「いでぇ!」

「⁉︎、イルル‼︎」

木の根に足先を取られ転んでしまったイルル。身の危険も顧みず駆け寄ったエルル。そんな二人を天使の輪の庇護に置くと背中側へ引き付けた。

大地を刳った一撃から身を起こしたゴーレムは、創造主の翼を目にしても攻勢を止めようとはしない。一瞬何が起こったか分からなかったエルルとイルルだったが、ルシファーの肩越しに見たゴーレムに兎にも角にもエルルは言う。

「ねぇ、あのゴーレムやっつけて〜!」

「どうしてだ?」

「前にね、遠くの方でコルポックの家みんな壊しちゃったの。だからエリス様の所まで来たら、みんなの家壊されちゃうの…」

光体ではなくわざわざ幼子に身を

やつしていたのもゴーレムの気を引くためだったのか…

旧世界の番人が守護する場所をなくして彷徨い続けていたのだろう。手足の末端は失われ、苔むしった体の一部には幼木の根さえ降りていた。

意識も役目も失いディエナシーのように彷徨う…そんな姿に哀れみを感じたルシファーは、幹を打ち砕いた剛腕をワケもなく掻い潜ると、その額に手の平を当てて命じるのであった。


シドラの傘の縁。その森の先から響く音は大きくなるばかりだった。

ドン、ドン、ドン

地霊は恐れ慄き円錐屋根の小さな小さな家に身を隠した。待ち構えていたエリスは土塊のゴーレムを練り上げていたが、天使が創造したゴーレムには力及ぬ事は最初から分かっていた。

今はここから遠去ける事が出来ればそれでいい。今後の対応に付いては、現状を踏まえれば根本的な解決策はない。

いっそ東の断島大地の一角に追いやれれば…

そんな叶わぬ願いを抱きながら佇んでいた。

「エリス様〜」

人影の肩にちょこんと座っていたエルルは森から現れるなり、ニコニコ笑顔で手を振っていた。後に続いて現れたゴーレムの広い肩にはイルルの姿がある。張り詰めていたエリスの表情は一瞬呆気にとられた様子だったが、顔色は青ざめすぐに慌てふためいた。

母の先代であるお祖母様から天使様の話しはよく聞かされていた。恐れ多くも万物を統べる古の存在とされ、地を裂き、天を断ち、世界をも砕くと。その御身に計らずとも触れた者は地獄の業火に落とされ千年の苦しみ悶えるのだと言う…

そんな恐ろしげな話しばかりを聞かされていたためエリスは気が気ではなかったのだ。

「エ、エルル!、ルシファー様の肩から降りなさい!」

エルルは首を傾げた。

一体どうしたのだろう?

何を慌てているのか分からずキョトンと視線を返すと、片膝をついて頭を下げたエリスの姿に慌てて肩を降りた。

「お久しぶりでございます。その節は大変お世話になりました。二人が何か失礼を致しませんでしたでしょうか⁉︎」

「いいや。ここから引き離そうと頑張っていたよ」

「そ、そうでしたか…姿を見せなかったので心配しておりました…」

まるで何事もないようなルシファーの口振り。胸を撫で下ろしたエリスは立ち上がりいつものように手の平を前で結んだ。

「頼みがあるんだが?」

「はい」

「こいつをここに置いてやってくれないか?」

ルシファーはゴーレムを一瞥した。 「えぇ、ルシファー様がそうおっしゃられるなら私は構いません」

嫌な顔一つせずにエリスは快諾する。

「ありがとう。近くの岩場からパーツを切り出してくるよ」

小さく畳んでいた翼を広げ、飛び上がろうと動き出すと声が上がる。

「ボクも行きた〜い!」

「あ!、あたしも〜!」

イルルが手を上げるとエルルも続いた。エリスは峻拒と声を上げたのだが、一向に構わなかったルシファーは天使の輪を掛けて二人を引き上げると飛び上がっていった。


こんなに高い空は初めてだ。


二人は目をキラキラと輝かせながら天使の輪から身を乗り出していた。

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