15.寄り道

デトロイトから北北西に百二十キロほど。シドラの広大な地界に辿り着くと翼を背にした。すると、何処からともなく立ち込めた霧は林道の風景を一変させていた。

天使の翼は空を飛ぶ為だけの象徴ではない。数多の世界を渡り、道を開く翼なのだ。

緩衝地帯を誘うと林の中へ分け入り宙空の木々の合間を流した。ゲートを開いて味気なく出る事も出来るのだが、天力に許容はないため何をするにも制約を掛けていた。出先の空間とこちら側の空間は均衡していた方が道は開きやすいのだ。

間も無く緩衝地帯を抜け出すと、足の踏み場もないような雑木林は一転した。原風景を映し出したかのような澄んだ森へと移ろうと、木々の切れ間から空へと抜け出し、羽根を伸ばして飛び続けていった。


それはまだ、三人の女神達がベッドで眠りについていた頃の出来事である。彼女達が思わぬ形でデトロイトの一件を知ったのは、繁華街でのショッピングを済ませて帰宅した昼下がり。テレビチャンネルを回していたアイレーナであった。

パーペストに立ち回り宙を舞う姿が、携帯機器や監視カメラの映像で映し出されていた。まさかこんな大事になっていようとは思いもせず「面倒な事になってたみたいね」と、猫を膝に抱いていたラファールは軒先きの庭を望むおばあちゃん状態である。

広範囲に渡った事件現場では多くの規制線が張られ、押し寄せた多数のメディア、野次馬などで埋め尽くされていた。死傷者は数十名にも及び、事態の解明にはその事実を受け入れるかどうかだろう。

インタビューを受けた一人はまるで雲を掴むような恍惚とした瞳で語る。

「地獄の門より溢れ出した死者から、天使様が我々を救って下さったのです」

十字を切ったその姿に人々は習うのだった。


ここは流球の大地である。いつ如何なる理由で存在しているかは定かではないが、セフィロトを離れた世界で稀にではあるが発見されていた。

本来ならば接岸地であるマルクトへと引き上げられ調査されるのだが "七天使の堕天" の折、この世界に通じていたパス(天界へ繋がるある種の道のようなもの)が閉じられてしまったため引き上げには至っていない。

学士の話しによると、セフィロトが紡ぐ永劫の時を連ねた過去からの流転ではないかと推測されている。

それを裏付けるように、発見された遺跡や自生する動植物、精霊達もセフィラーのそれと大して変わりなどなく、何よりユグラシドの木片が見つかっている事もその推測を裏付けていた。

この地上に流れ着いて安定したのはもうずっとずっと前の事だろう…


こうして久遠の空を仰ぎ見れば、ケルテの空を舞っていたあの日を懐かしく思う。

…確かこれくらいの風を感じていた。平地世界の端に片膝を抱えて座っていたキミは、天衣の白にとてもよく栄えた漆黒の長髪をなびかせてた。

そんな姿が渓谷の谷間を抜け出した断崖に一瞬重なって見えた気がした。


ユグラシドの落ちた末枝に根を下ろしているシドラの精霊・エリスの居場所は渓谷を抜けた先である。一際張り出した影が湖の先、小山の袂に見えてきた。ユグラシドの超木にはとても及びはしないが、辺りの木々から比べれば十二分に巨大な樹木である。

そんな光景を眺めていると、地を打ち鳴らしたかのような衝撃音が一角から鳴り響き、鳥の一団は沸き立った。

一体何事だろうか?

………

その眼で見通すと木々の合間に潜行して姿を消した。

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