13.ネフィリム

しかし… 一昔前ならいざ知らず、今のこの現代において、これ程の数のパーペストを何処に潜ませていたのか?

そんな疑念をふと思った時、彼は見る世界を変えたのだ。


(そう言う事か…)


ダウンタウンに降り立つと身の回りに漂わせていた石を焼失させた。ルキアの所に寄ったのは無駄足になったか…

こちら側のパーペストは一転統率が取られ、待ち構えていたように静まり返っていた。そこは敵の意中の意の中に。パーペスト達が潜む只中に佇むと辺りからを次々と姿を現していった。


「これはこれは天使様。今宵は如何な用件で参られましたかな?」

口の聞ける一体が言う。囲んでいるパーペスト達は相変わらず陰湿な笑い声を立てていた。

ルシファーは構わず言う。

「奪ったモノを返すなら見逃してやってもいい」

「フッ、何を言う。私はこのまま姿を消すさ」

「そうか… 一つ聞いておきたい。なぜコイツらに人間を襲わせている?」

そいつはニタリと笑った。

「天使の力を得た今、ディエナシーの影を追う必要もなくなった。この人形たちには最後の舞台を与えてやったのさ!」

機を同時、雪崩れ込んでくるパーペストの一団に青白く輝く巨大な剣気を抜刀から放つと360度を一閃。天力を最小限に抑えて構成されたため程度は稚拙だったが、パーペストの身には余る程の一閃。

一瞬で片をつけると骸が上げた蒼炎の輪を地上に、開口したゲートの中に飛翔していくのだった。


そこはかつて楽園と呼ばれた世界の成れの果てだった。陽光の雲海が様々な大地を繋いだ階層世界の一片。元々は第十球・マルクトを成していた世界の一部だったものだ。まさかバベルの塔が浮かぶ一片に出ようとは考えもしなかった。


少し情けない話だ。ヤツが変質させたセレエの石を使った時に気付くべきだった。この世界ならば砕け散ったセレエの石の破片が残っていたとしても不思議ではない。


それは山のようにうず高く。半壊したバベルの塔の天辺に降り立つと、そこには禍々しい杖に光球を牢したエルフの姿があった。こちらの姿に慌てる様子もなく、僅かに微笑んですら見えた。

この時すでにエルフは正気を失っていた。いいや、アイレーナから天力を奪い去ったその時、既におかしくなっていたのかも知れない。

天界から漏れ出したような微か力(ディエナシー)などではない。天使の持つ神の力を支柱に収め、全てを手に入れたのだと…


「よくここが分かったな?」

「気づくのが遅すぎた…」

エルフは小さく笑った。その声は口を聞いたパーペストの語り口との裏腹に通り、内に秘めた不気味さを増すだけだった。

「…さぁ、始めようか?」

澄ました仮面を剥ぐようにエルフは身構えると、背面に回された杖から翼の像は開いた。それは淀んだ暗雲を映し出したかのように不確かな八翼を背に浮かび上がり、三対の翼はその身に渦巻いた。

「見よ!、かつて三世界を蹂躙したネフィリムの力を‼︎」

古の巨人へと変貌を遂げていく。

身の丈八メートルにも及ぶ巨躯はまるで力を誇示するように、足元に転がっている石片のひと塊りをその手で砕いた。そんな光景を目の当たりにしても、ルシファーは顔色一つ変えなかった。

振るわれる鉤爪は風を切り裂き襲いくる。それはまるで射られた矢の如く。弧を描き、刳られ、地面を砕く。牙を剥き出し開口された顎門から放たれた重力の枷に、避の一辺倒だったその身は地へと押し込まれ膝をつく。

天力の上澄みをすくう程度の愚者だと思っていたが、予想は裏切られていた。


ルシファーは考えていた。ネフィリムと化したエルフを消滅させるのは難しい事ではない。胸の中心にアストラルを突き立てて少し力を解放すればいい。いくら背伸びをしたとて、天力を宿す器なき者。仮初めの力などその程度でしかない。

だが、それでは杖に牢された彼女の天力も危うくしてしまう…


押し込められた重力の枷を解くのは造作もなかった。呪縛を解き放つと直上から振り下ろされて来た一撃に一刀で応える。

ーー⁉︎

ネフィリムの腕先は飛んだ。

しかし、思わぬ反撃にも意を返さず。それどころか立ち所に再生される身に嬉々として傲るのだ。

視覚的な像の強さに酔いしれる哀れなエルフは、相手の力量など推量れずに二翼の天使を見下すばかりだった。

「私はなぁ〜、この砕かれた世界を繋ぎ合わせ、バビロニアの王となるのだ!」

「…虚無の王か」

「なに⁉︎」

「遠い昔話さ…」

ルシファーは流れ込んで来た雲の中に姿を消すと、その後先から何かが放たれた。それは闘陣の結晶から放たれた斬影である。ネフィリムは鉤爪を剥くと、僅かばかりの手応えと裂傷を受けながらそれを切り裂く。

すると次の瞬間。

上空から新たな斬影が放たれた。靄の中で宙空に撃ち込まれた闘陣の結晶は咎とは差ほど変わらなかったが、込められた天力の質力により、帯びた光は雷光のように走っていた。

幹回りのような太い腕を二本の槍は交差して腕を貫き、その空間に射止めた。ネフィリムはグッと動きを止めると、すでにその背面に付けたルシファーの身から、残影を重ねた僅かな残光が散っていた。

そこにいとまはない。簡易的に装甲させた両腕をネフィリムの背に突き入れると、槍の拘束は力を失っていくが、その一時があれば十分だった。


(流石に引き抜く事は出来ないか…)


光球を牢した杖の球体ごと両手で鷲掴むと、色の付いた自身の天力を発した。

眩ゆい光を放ち爆発的な現象を引き起こした。

轟く衝撃波に天力で引きつけていた雲は消し飛び、地にしていた階層の一角は崩落。立ち上った粉塵は宙に止まっていたルシファーの身に届く事なく風がさらっていた。

その手には光球体が輝いている。

自身の天力で干渉する事なく胸の内に引き入れると、左眼や腹部に痛々しく突き刺さった杖の破片を抜き捨てて傷口と衣服の再生を行なった。


(放って置いても死ぬだろう…)


見下ろした先。崩壊して次の階層に落ちた瓦礫の一際で、半ば死人のように呻き声を漏らしているエルフを尻目にその世界から姿を消していった。

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